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スキルアップカレッジ

企業価値評価の考え方

レッスン4:企業価値評価の考え方

このレッスンで学ぶこと

  • 企業価値を見る 3 つの視点と、それぞれの限界を理解できる
  • 単独価値と統合効果を織り込んだ価値の違いを説明できる
  • 統合効果を織り込みすぎないことの重要性を理解できる
  • 価格と価値の違いを説明できる
  • 企業価値評価が、資金調達の値付けとは別の考え方であることを理解できる

前のレッスンでは、デューデリジェンスの設計と運営を扱いました。本レッスンでは、DD で明らかになった情報をもとに、対象会社の価値をどう見積もるかという「企業価値評価」の考え方を扱います。企業価値評価は、精緻な計算式を使う場面もありますが、その計算が「唯一の正解」を導き出すわけではないという前提を、まず押さえておく必要があります。

企業価値を見る 3 つの視点

企業価値の評価には、大きく分けて 3 つの視点があります。実務ではこの 3 つを、広く使われている整理にならって「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」「コストアプローチ」と呼びます。

インカムアプローチ——将来の稼ぎから見る

インカムアプローチは、対象会社が将来生み出すと見込まれる利益やキャッシュフローをもとに、現在の価値を算出する考え方です。代表的な手法が DCF 法(Discounted Cash Flow、割引キャッシュフロー法)です。対象会社が将来生み出すキャッシュフローを予測し、それを一定の割引率で現在の価値に割り引いて合計します。割引率には、対象会社の事業リスクに応じた資本コスト(資金を調達する際に期待される収益率)が用いられます。

DCF 法の考え方は理論的に洗練されていますが、将来のキャッシュフローの予測そのものに、大きな不確実性が伴います。予測期間が長くなるほど、予測の前提となる成長率や利益率の見立てが、評価額に大きな影響を与えます。

マーケットアプローチ——似た会社や取引と比べる

マーケットアプローチは、対象会社と類似する上場企業や、過去の類似した M&A 取引の実績と比較して、価値の目安をつける考え方です。上場している類似会社の株価と、その会社の利益や売上との倍率(マルチプル)を算出し、対象会社の利益や売上にその倍率を当てはめて価値を推計する「類似会社比較法」が代表的です。過去に成立した類似の M&A 取引における取引価格の倍率を参考にする「類似取引比較法」も、同じ考え方に基づいています。

マーケットアプローチの利点は、市場で実際についた価格を参照するため、DCF 法のような長期の予測に依存しない点です。一方で、対象会社と本当に似た会社や取引を見つけられるかどうかが、評価の精度を左右します。事業内容が完全に一致する会社は存在しないため、どの会社を比較対象に選ぶか自体に、評価者の判断が入り込みます。

コストアプローチ——資産の積み上げから見る

コストアプローチは、対象会社が保有する資産と負債を個別に評価し、その差額(純資産)を会社の価値とみなす考え方です。貸借対照表に計上されている資産・負債を、時価に置き直して積み上げる方法が代表的です。

コストアプローチは、計算の考え方が比較的わかりやすく、事業の将来性を予測する必要がない点が利点です。一方で、会社の価値には、将来の収益力や、目に見えない無形の強み(ブランド力、顧客との関係、技術力など)が含まれることが多く、コストアプローチだけでは、こうした要素を十分に反映できません。事業が継続的に利益を生み出している会社ほど、コストアプローチによる評価額は、実際の取引価格から大きく乖離しやすくなります。

視点 考え方 強み 限界
インカムアプローチ 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く 対象会社固有の将来性を反映できる 予測の前提次第で結果が大きく変わる
マーケットアプローチ 類似会社や類似取引と比較する 市場の実勢を反映できる 真に類似した比較対象を見つけにくい
コストアプローチ 資産と負債の時価を積み上げる 計算の前提がわかりやすい 将来の収益力や無形の強みを反映しにくい

💡 ポイント 実務では、この 3 つの視点のいずれか一つだけで評価を確定させることはまれです。複数の視点で算出した金額を並べ、それぞれの前提や限界を踏まえたうえで、交渉の材料として使うのが実務の型です。

それぞれの限界を踏まえた使い方

3 つの視点には、それぞれ得意な場面と、不得意な場面があります。安定した収益基盤を持つ成熟した事業であれば、将来予測の確度が高いため、インカムアプローチが有効に機能しやすくなります。一方で、成長段階にあり将来の収益予測が難しい事業や、類似する上場会社が多く存在する業界では、マーケットアプローチの方が実態に近い評価につながることがあります。資産の保有が中心で、事業からの収益が限定的な会社では、コストアプローチが参考になる場面もあります。

⚠️ 注意 どの視点にも共通する注意点として、「計算結果は、前提を変えれば大きく動く」という事実があります。DCF 法の割引率をわずかに変えるだけで評価額は大きく変わりますし、マーケットアプローチで参照する比較対象を変えるだけでも、算出される倍率は変わります。企業価値評価の数字を見るときは、その数字がどのような前提のもとで算出されたのかを、常に確認する姿勢が欠かせません。

対象会社が複数の事業を営んでいる場合は、会社全体を一括りに評価するのではなく、事業ごとに分けて評価し、それを合算する考え方も実務では使われます。事業ごとに収益性や成長性、リスクの水準が大きく異なる場合、会社全体を単一の前提で評価すると、実態とかけ離れた金額になりやすいためです。買収の目的が特定の事業領域にある場合は、なおのこと、その事業単位での評価の精度が重要になります。

企業価値評価の実務プロセス

3 つの視点の考え方を理解したところで、実際に評価作業がどのような手順で進むかを見ておきます。企業価値評価は、一度の計算で完結するものではなく、次のような段階を経て、レンジ(幅を持った金額の範囲)として固まっていきます。

第 1 段階:正常収益力への修正

DD で明らかになった財務情報をもとに、対象会社の収益力を「正常な状態」に修正します。過去の決算には、一時的な要因(臨時の収益や費用、特殊な取引条件など)が含まれていることがあり、これらをそのまま将来予測の土台にすると、評価がゆがみます。財務 DD の報告内容と連携しながら、将来も持続すると見込める収益力の水準を見極める作業です。

第 2 段階:複数の視点での試算

正常化した収益力をもとに、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチのそれぞれで試算を行います。この段階では、1 つの手法で 1 つの金額を出すのではなく、前提を変えた複数のシナリオ(楽観的な前提、保守的な前提など)で試算し、金額に幅を持たせます。

第 3 段階:レンジの統合

複数の視点・複数のシナリオで得られた試算結果を、1 つの図表に並べます。実務では、横軸に金額を取り、各手法で算出されたレンジを帯状に並べて可視化する方法がよく使われます。複数の手法のレンジが重なる範囲は、評価の信頼度が相対的に高いと考えられる領域であり、交渉における足場になります。

第 4 段階:交渉レンジとしての位置づけ

統合されたレンジをもとに、買い手として提示できる価格の上限、期待したい価格の水準、最低限確保したい条件などを、社内で事前に整理します。この整理があることで、交渉の場で相手の提示額に対して、根拠を持って応答できるようになります。

flowchart LR
  A["正常収益力への修正"] --> B["複数視点での試算"]
  B --> C["レンジの統合"]
  C --> D["交渉レンジとしての位置づけ"]

図1:企業価値評価の実務プロセス。計算は一度で終わらず、レンジとして固めていく段階的な作業です

📝 補足 企業価値評価の作業は、会計士やフィナンシャルアドバイザーといった外部専門家が計算の実務を担うことが多いですが、経営企画や事業開発の担当者は、計算の詳細を自ら手を動かして行う必要は必ずしもありません。むしろ重要なのは、専門家が提示したレンジの前提を理解し、経営陣に説明できる形に翻訳する役割です。

単独価値と統合効果の価値の違い

企業価値評価を行うとき、忘れてはならない区別が「単独価値」と「統合効果を織り込んだ価値」の違いです。

単独価値とは、対象会社が、これまでと同じように独立した状態で事業を続けた場合に生み出す価値です。一方、統合効果を織り込んだ価値とは、買い手のもとで統合された後に見込まれる、追加的な収益改善やコスト削減などの効果まで含めた価値です。統合効果には、両社の販売網を組み合わせることによる売上の増加、重複する機能を統合することによる費用の削減、技術やノウハウの相互活用による新たな収益機会などが含まれます。

買い手が支払ってよい金額の上限を考えるとき、この 2 つの価値を混同すると、判断を誤ります。対象会社の単独価値に対して、統合効果による価値の上乗せ分をどこまで買収価格に織り込むかは、慎重な判断が必要です。

統合効果を織り込みすぎない

統合効果を織り込んだ価値を前提に価格を決めてしまうと、実際に統合効果が計画通りに実現しなかった場合、買い手は「価値に見合わない価格を支払った」状態になります。統合効果は、あくまで「実現できれば得られる可能性がある効果」であり、確実に実現する保証はありません。

統合効果を織り込みすぎないための実務上の工夫として、次のような考え方があります。

  • 統合効果の見積もりを、楽観的なシナリオだけでなく、保守的なシナリオでも試算する
  • 買収価格の交渉では、統合効果の上乗せ分の一部を、買い手の取り分として残す(統合効果のすべてを価格に反映させない)
  • 統合効果の実現には、一定の期間と、統合作業への投資が必要であることを、価格の検討に織り込む

中核メッセージの 1 番目「M&A は買う瞬間ではなく、統合し終えたときに成否が決まる」は、この場面にも直結します。統合効果を過大に見込んで高い価格を支払ってしまうと、統合作業そのものが「見込んだ効果を実現しなければならない」という重圧のもとで進むことになり、無理な統合を招きやすくなります。

統合効果を見積もる主体にも注意が必要です。買収を提案する側の担当者が、自ら統合効果の見積もりを作成すると、案件を成立させたいという動機が、無意識のうちに見積もりを楽観的な方向に押し上げることがあります。統合効果の見積もりは、案件を推進する担当者とは別に、現場の実務を理解している部門にも確認を求め、複数の視点でチェックする体制を持つことが望まれます。

🔰 初学者の方へ 「統合効果をできるだけ高く見積もった方が、案件を進める説得材料になるのではないか」と考えたくなる場面があります。しかし、統合効果を過大に見積もることは、案件を進めた後の自分たちを苦しめる結果につながります。統合効果は、控えめに見積もっておき、実際にそれ以上の効果が出れば喜ばしいことだ、というくらいの姿勢が、長期的には健全です。

価格と価値は違う

企業価値評価によって算出される金額は、あくまで「価値」の目安であり、実際に取引が成立する「価格」とは、性質が異なるものです。価格は、計算によって一意に決まるものではなく、買い手と売り手の交渉の中で決まります。

中核メッセージの 3 番目「価格は計算で出るのではなく、交渉の中で決まる。計算はその材料である」は、この違いを端的に表しています。企業価値評価の計算は、交渉における「言い分の根拠」を提供する材料であり、計算結果そのものが自動的に取引価格になるわけではありません。売り手が複数の買い手候補と交渉している場合、買い手候補どうしの競争によって価格が押し上げられることもありますし、逆に、買い手に有利な市場環境であれば、価値の目安より低い価格で合意に至ることもあります。

📝 補足 企業価値評価の計算結果を、経営陣に「これが正しい価格です」と説明してしまうと、後の交渉で計算結果と異なる価格になった際に、なぜ違うのかを説明できなくなります。企業価値評価は「交渉のレンジを把握するための材料」であるという位置づけを、社内でも共有しておくことが大切です。

企業価値評価と資金調達の値付けは別物

企業価値評価という言葉は、M&A の場面だけでなく、会社が外部から資金を調達する場面でも使われます。しかし、この 2 つは、目的も考え方も異なるものです。

資金調達の場面での値付けは、将来の成長余地に対する期待を織り込みながら、投資家との交渉で決まるものであり、その考え方は、創業者が投資家と交渉する視点を扱う教材の領域です。一方、M&A における企業価値評価は、既存の事業の実態と、統合による効果を踏まえて、買い手と売り手が交渉するためのものです。同じ「企業の値段」を扱っていても、前提とする情報の性質や、交渉の当事者の関係が異なるため、混同しないよう注意が必要です。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 企業価値を見る視点には、将来の稼ぎから見るインカムアプローチ、似た会社や取引と比べるマーケットアプローチ、資産の積み上げから見るコストアプローチの 3 つがある
  • それぞれの視点には限界があり、実務では複数の視点を組み合わせて交渉の材料とする
  • 対象会社の単独価値と、統合効果を織り込んだ価値は区別して考える必要がある
  • 統合効果は、実現できれば得られる可能性がある効果であり、織り込みすぎると統合後の重圧を招く
  • 価格は計算で一意に決まるものではなく、買い手と売り手の交渉の中で決まる
  • M&A の企業価値評価は、資金調達の場面での値付けとは目的も考え方も異なる

次のレッスンでは、企業価値評価と交渉を踏まえて、実際の取引をどのような法的な形式で進めるかという「スキームの選択」を扱います。


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