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スキルアップカレッジ

スキームの選択

レッスン5:スキームの選択

このレッスンで学ぶこと

  • 株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割・株式交換の使い分けを説明できる
  • それぞれのスキームで、何が引き継がれ何が引き継がれないかを理解できる
  • 手続きの重さと、現場の負担という視点でスキームを比較できる
  • 段階取得という選択肢の考え方を持てる

前のレッスンでは、企業価値評価の考え方を扱いました。本レッスンでは、価格や条件の大枠が固まりつつある段階で検討する「スキームの選択」を扱います。スキームとは、取引をどのような法的な形式で実行するかという枠組みのことです。同じ買収であっても、選ぶスキームによって、手続きの重さや、対象会社に及ぶ影響は大きく変わります。

スキーム選択は三つ巴の判断

スキームの選択は、単に「どの方法が一番簡単か」で決めるものではありません。中核メッセージの 4 番目「スキームの選択は、税と手続きと現場の負担の三つ巴である」が示すとおり、次の 3 つの視点をバランスさせる判断です。

  • 税務上の扱い:スキームによって、売り手側に生じる税負担や、買い手側で将来使える税務上の取り扱いが異なります
  • 手続きの重さ:スキームによって、必要な社内外の手続き(株主総会の決議、債権者への対応、行政上の届出など)の量と複雑さが異なります
  • 現場の負担:スキームによって、対象会社の従業員や取引先が受ける影響、契約の巻き直しの要否などが異なります

この 3 つは、しばしばトレードオフの関係にあります。手続きが軽いスキームが、必ずしも現場の負担が軽いとは限りませんし、税務上有利なスキームが、手続き面で複雑になることもあります。以下、代表的な 5 つのスキームを順に見ていきます。

株式譲渡

株式譲渡は、対象会社の株式を買い手が取得することで、対象会社の経営権を獲得するスキームです。対象会社という法人格そのものは変わらず、株主だけが入れ替わります。

株式譲渡の最大の特徴は、対象会社が持つ契約、許認可、資産、負債が、原則としてそのまま引き継がれることです。対象会社と取引先との契約を、個別に巻き直す必要が基本的にありません。この点が、株式譲渡が実務でもっとも多く選ばれる理由の一つです。

一方で、対象会社が抱えるすべての負債や、認識されていない偶発的な債務(訴訟のリスクなど)も、株式とともに引き継がれます。DD で発見しきれなかったリスクが、後になって表面化する可能性がある点は、株式譲渡特有の留意点です。

事業譲渡

事業譲渡は、対象会社という法人格ではなく、その会社が営む事業の一部または全部を、買い手が個別に譲り受けるスキームです。

事業譲渡の特徴は、引き継ぐ対象を、買い手が選んで決められることです。買収したい事業や資産だけを取得し、不要な資産や負債を対象から外すことができます。この柔軟性は、株式譲渡にはない事業譲渡ならではの利点です。

一方で、事業譲渡では、契約や許認可が自動的には引き継がれません。取引先との契約は、原則として個別に相手方の同意を得て巻き直す必要があり、許認可も、事業内容によっては買い手が新たに取得し直す必要があります。対象事業の規模が大きく、契約の数が多いほど、この巻き直しの作業量は膨らみます。

⚠️ 注意 事業譲渡で「必要なものだけを引き継げる」という利点は、裏を返せば「引き継ぐものを一つひとつ明確にしなければならない」という作業の重さでもあります。契約書の一覧を作成し、相手方への説明と同意取得を計画的に進めないと、クロージングの直前になって、想定していた契約が引き継げないという事態に陥ります。

合併

合併は、複数の会社が 1 つの会社になるスキームです。実務で多いのは、一方の会社が存続し、もう一方の会社が消滅して存続会社に吸収される「吸収合併」の形です。

合併の特徴は、消滅する会社の権利義務が、包括的に存続会社へ引き継がれることです。株式譲渡と同様、契約を個別に巻き直す必要は原則としてありません。加えて、合併後は法人格そのものが 1 つになるため、組織の統合を、より徹底した形で進めやすくなります。

一方で、合併は、株主総会での特別な決議や、債権者への公告・催告といった、法律上定められた手続きを要します。対象会社の従業員にとっても、所属する法人格そのものが変わる、あるいは消滅するという、心理的な影響の大きい出来事です。手続きの重さと、現場への影響の大きさの両面で、ほかのスキームより慎重な準備が必要になります。

会社分割

会社分割は、会社の事業の一部を切り出し、既存の会社(吸収分割)または新たに設立する会社(新設分割)に承継させるスキームです。事業譲渡と似た効果を持ちますが、法律上の手続きとしては、事業譲渡とは異なる枠組みで進められます。

会社分割の特徴は、事業譲渡とは異なり、契約上の地位が包括的に承継される点にあります。個別の契約の巻き直しが原則として不要になる一方で、労働契約の承継については、対象となる従業員への説明と協議の手続きが法律上求められており、この点への配慮が欠かせません。

会社分割は、買い手が対象事業を取得する場面だけでなく、売り手が非中核事業を切り出して整理する場面でも使われるスキームですが、その活用の実務は、経営陣が事業構成そのものを組み替える意思決定の領域であり、中期経営計画関連の実践コースがより詳しく扱っています。

株式交換

株式交換は、買い手が自社の株式を対価として、対象会社の株式を取得するスキームです。現金を対価とする株式譲渡とは異なり、対象会社の株主が、買い手の株式を受け取ることになります。

株式交換の特徴は、買い手が多額の現金を用意しなくても、対象会社を完全子会社化できる点です。買い手にとって手元資金への負担が小さい一方、対象会社の株主にとっては、現金ではなく買い手の株式を受け取ることになるため、買い手の株式の価値や将来性に対する納得感が、取引成立の前提になります。上場企業どうしの取引で用いられることが多いスキームです。

何が引き継がれ、何が引き継がれないか

スキームを選ぶ判断で、実務上もっとも重要なのが「何が引き継がれ、何が引き継がれないか」という視点です。ここまで見てきた特徴を、具体的な項目に落とし込んで整理します。

  • 雇用契約:株式譲渡、合併では、従業員との雇用契約は原則としてそのまま維持されます。事業譲渡では、対象となる従業員一人ひとりから個別に転籍への同意を得る必要があります。会社分割では、対象事業に従事する従業員の労働契約は包括的に承継されますが、対象となる従業員への事前の説明と協議の手続きが法律上求められています
  • 許認可:株式譲渡、合併、会社分割では、対象会社や対象事業が保有する許認可は、原則として引き継がれます。事業譲渡では、許認可の性質によっては、買い手が新たに取得し直す必要があり、この手続きに時間を要する場合、クロージングのスケジュールに影響します
  • 訴訟や偶発債務:株式譲渡、合併では、対象会社が抱える訴訟や、認識されていない偶発的な債務も、包括的に引き継がれます。事業譲渡や会社分割では、引き継ぐ債務の範囲を、契約上ある程度限定できる場合があります
  • ブランドや商号:いずれのスキームでも、ブランドや商号そのものの扱いは、契約上の取り決めによって決まります。買収後も従来のブランドを維持するか、買い手のブランドに統一するかは、スキームの選択とは別に検討すべき経営判断です
  • 取引先との契約:株式譲渡、合併、会社分割では、原則として契約上の地位がそのまま引き継がれます。事業譲渡では、個別の契約ごとに、相手方の同意(承諾)を得る手続きが必要になり、同意が得られない契約は、引き継げない可能性があります

⚠️ 注意 「原則として引き継がれる」という表現は、あらゆる契約が無条件に引き継がれることを意味しません。契約書の中に、経営権の異動があった場合に相手方が契約を解除できるという条項(チェンジ・オブ・コントロール条項と呼ばれることがあります)が含まれている場合、株式譲渡や合併であっても、相手方の同意や通知が必要になることがあります。DD の段階で、主要な契約にこうした条項が含まれていないかを確認しておくことが欠かせません。

5 つのスキームの比較

ここまで見てきた 5 つのスキームの特徴を、一覧で整理します。

スキーム 引き継ぐ対象 契約の扱い 対価
株式譲渡 会社全体(資産・負債を包括的に) 原則そのまま引き継ぐ 現金が一般的
事業譲渡 選んだ事業や資産のみ 個別に同意を得て巻き直す 現金が一般的
合併 消滅会社の権利義務を包括的に 原則そのまま引き継ぐ 現金または存続会社の株式
会社分割 切り出した事業を包括的に 原則そのまま引き継ぐ 現金または分割先の株式
株式交換 会社全体(株式の入れ替えのみ) 原則そのまま引き継ぐ 買い手の株式
flowchart TD
  A["スキームの選択"] --> B{"会社全体を取得するか<br/>事業の一部を取得するか"}
  B -->|会社全体| C{"対価は現金か株式か"}
  B -->|事業の一部| D["事業譲渡 または 会社分割"]
  C -->|現金| E["株式譲渡"]
  C -->|株式| F["株式交換 または 合併"]

図1:スキーム選択の大まかな分岐。実際の判断では、税務や手続きの重さなど、ほかの要素も合わせて検討します

📝 補足 実務では、これらのスキームを単独で使うだけでなく、組み合わせて使うこともあります。例えば、会社分割で対象事業を切り出したうえで、その切り出した会社の株式を株式譲渡で取得するといった、複数の手続きを段階的に組み合わせる設計が行われることもあります。

手続きの重さを比較する

スキームごとに必要となる社内外の手続きの重さも、選択を左右する要素です。一般的な傾向として、次のように整理できます。

スキーム 対象会社側の株主総会決議 債権者保護の手続き 現場への説明の重さ
株式譲渡 原則不要(株主間の取引) 原則不要 比較的軽い
事業譲渡 重要な事業の譲渡では必要になる場合がある 個別の債務ごとの対応 契約の巻き直しの分だけ重い
合併 必要(特別な決議) 必要 もっとも重い
会社分割 必要な場合が多い 必要な場合が多い 労働契約承継の説明協議が必要
株式交換 必要な場合が多い 原則不要 比較的軽い

この一覧はあくまで一般的な傾向であり、対象会社の定款の定めや、取引の規模、株主構成によって、実際に必要となる手続きは変わります。具体的な手続きの要否は、案件ごとに弁護士に確認しながら進める必要があります。

手続きの重さは、そのままスケジュールの長さに直結します。合併や会社分割のように、株主総会の決議や債権者保護の手続きを要するスキームでは、必要な手続きを踏むための期間を、あらかじめクロージングの目標日から逆算してスケジュールに組み込んでおく必要があります。この進行管理の具体的な進め方は、次のレッスンで詳しく扱います。

段階取得という選択

株式譲渡や株式交換では、対象会社の株式を一度にすべて取得するのではなく、一定の比率だけを取得し、その後段階的に取得比率を高めていく「段階取得」という選択肢もあります。

段階取得を選ぶ理由には、次のようなものがあります。

  • 買い手にとって、一度に大きな資金を投じるリスクを分散できる
  • 売り手側の経営陣や従業員に、一定期間、経営への関与を残してもらうことで、事業の引き継ぎを円滑に進められる
  • 買い手と売り手の双方が、統合後の関係性を見極めながら、最終的な取得比率を判断できる

段階取得は、特に、対象会社の経営者や中核メンバーの継続的な関与が、事業の価値そのものに直結するような案件で選ばれることがあります。最初から全株式を取得してしまうと、経営者の関与が失われるリスクを、買い手自身が高めてしまう場合があるためです。

📖 もっと詳しく 段階取得を選ぶ場合は、将来の追加取得の条件(取得の時期、価格の決め方など)を、初回の取引の段階であらかじめ取り決めておくことが一般的です。この条件をあいまいにしたまま進めると、将来の追加取得の場面で、価格をめぐる交渉が難航する原因になります。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • スキームの選択は、税務上の扱い・手続きの重さ・現場の負担という三つ巴の判断である
  • 株式譲渡は契約が原則そのまま引き継がれる一方、負債やリスクも包括的に引き継がれる
  • 事業譲渡は引き継ぐ対象を選べる柔軟性がある一方、契約や許認可の個別の巻き直しが必要になる
  • 合併は法人格が一体化し組織統合を進めやすい一方、手続きと現場への影響がもっとも大きい
  • 会社分割は事業を包括的に切り出せるが、労働契約の承継には従業員への説明と協議が必要である
  • 株式交換は買い手の資金負担を抑えられるが、対価となる株式の価値への納得感が前提になる
  • 段階取得は、資金リスクの分散や、経営者の継続的な関与の確保を目的に選ばれる選択肢である

次のレッスンでは、選んだスキームを前提に、規制対応からクロージングまでをどう進行管理するかを扱います。


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