立場と利害を切り分ける——原則立脚型交渉の4原則
レッスン4:立場と利害を切り分ける——原則立脚型交渉の4原則
このレッスンで学ぶこと
- 原則立脚型交渉の4原則を理解し、説明できる
- 立場の裏側にある利害を掘り下げる問いかけができる
- 利害の「対立」と「相違」の違いを理解する
- 客観的基準の探し方を身につける
レッスン3では、BATNAと留保価格という「降りる基準」の作り方を学びました。本レッスンでは、本コースのもう1つの核心である原則立脚型交渉に入ります。中核メッセージの3つ目、「立場は1つでも、その裏にある利害はいくつもある」という考え方を、具体的な4つの原則として掘り下げていきます。
原則立脚型交渉とは何か
原則立脚型交渉とは、レッスン1で紹介したハーバード交渉プロジェクトが体系化した交渉の考え方です。相手を打ち負かす駆け引きでも、無条件に譲り合う馴れ合いでもなく、一定の原則に沿って合意を組み立てていく交渉のスタイルを指します。その骨格は、次の4つの原則にまとめられます。
- 人と問題を分ける
- 立場ではなく利害に注目する
- 複数の選択肢を発明する
- 客観的基準を使う
この4原則は、それぞれが独立した技術ではなく、互いに補い合う一体の考え方です。順番に見ていきましょう。
原則1:人と問題を分ける
交渉の場では、しばしば「相手の主張」と「相手という人間」が一体のものとして扱われてしまいます。相手の提案に反対することが、まるで相手個人を否定することであるかのように受け取られる場面は珍しくありません。この混同は、交渉を感情的な対立に変え、本来解決すべき問題から意識をそらしてしまいます。
人と問題を分けるとは、相手個人への敬意を保ちながら、扱っている問題そのものには厳しく向き合うという姿勢です。「あなたの提案には同意できません」ではなく「この条件には同意できません」という言い方に置き換えるだけでも、相手が受け取る印象は大きく変わります。相手を非難する言葉を避け、問題に焦点を当てた言葉を選ぶことが、この原則の実践です。
💡 ポイント 「人には柔らかく、問題には厳しく」というのが、この原則を一言で表す言い方です。相手個人への配慮と、問題に対する厳しい姿勢は、両立できます。むしろ両立させることで、相手も感情的な防御反応を起こさずに、問題そのものに向き合いやすくなります。
人と問題を分けることが特に重要になるのは、感情が高ぶりやすい場面です。相手が強い口調で主張してきたとき、それに対して感情的に反応してしまうと、交渉は「誰が正しいか」の言い争いに変わってしまいます。そうではなく、「その点について、もう少し詳しく伺えますか」と、問題の中身に意識を戻す一言が、交渉を建設的な方向に引き戻します。
社内の交渉でも、この原則は同じように働きます。予算配分をめぐって他部門の担当者と意見が対立したとき、「あの人はいつも自部門の都合しか考えない」という人物評に意識が向いてしまうと、話し合いは感情的な溝を深めるだけになります。そうではなく、「今回の予算配分の判断基準は何にすべきか」という問題そのものに焦点を当て直すことで、相手個人への不満と、扱うべき論点を切り離せます。長く一緒に仕事をする相手との交渉では、この切り分けができるかどうかが、その後の関係の質を大きく左右します。
原則2:立場ではなく利害に注目する
4原則の中でもっとも中心的な考え方が、この立場と利害の切り分けです。立場とは、相手が表に出して主張する要求そのものを指します。「単価を10円下げてほしい」「納期を1週間早めてほしい」といった、具体的な要求が立場です。一方、利害とは、その立場の裏側にある、相手が本当に実現したいこと、守りたいことを指します。
立場だけを見て交渉すると、双方が示した数字や条件のあいだで押し引きするしかなくなります。しかし、立場の裏にある利害まで見えてくると、まったく異なる解決策が見つかることがあります。ある有名な例え話があります。図書館で2人が1つのオレンジを取り合っているとします。立場だけを見れば「オレンジを半分ずつに分ける」のが公平な解決に見えます。しかし、一方は果肉を食べたいだけで、もう一方は皮を使ってお菓子を作りたいだけだとわかれば、果肉をまるごと一方に、皮をまるごともう一方に渡すという、双方にとってより満足度の高い解決策が見えてきます。立場だけでは「取り合い」に見えたものが、利害まで見えると「両方とも満たせる」余地に変わるのです。
🔰 初学者の方へ 「立場」と「利害」の違いをつかむコツは、「何を要求しているか」と「なぜそれを要求しているか」を分けて考えることです。「なぜ」を1段掘り下げるだけで、思いがけない解決策が見えてくることがあります。
立場の裏側を掘る問いかけ
立場の裏にある利害を引き出すには、いくつかの問いかけが役立ちます。
- 「その条件がなぜ重要なのか、詳しく伺ってもよいですか」
- 「もしその条件が満たせない場合、どのような影響がありますか」
- 「その条件の背景には、どのような事情があるのでしょうか」
- 「今回、特に譲れないと感じている部分はどこでしょうか」
これらの問いかけに共通するのは、相手の主張を否定せず、その理由を丁寧に確認する姿勢です。相手の立場をそのまま受け止めつつ、その奥にある事情を尋ねることで、対立しているように見えた要求の中に、実は交換可能な余地が隠れていることに気づけます。
自分自身の立場についても、同じ問いを自分に向けてみることが有効です。「なぜ自分はこの条件にこだわっているのか」を掘り下げると、実は別の条件でも同じ利害を満たせることに気づく場合があります。レッスン2で扱った「自分の利害の棚卸し」は、この作業の準備にあたります。
利害の「対立」と「相違」の違い
利害を見ていくと、それが完全に対立しているのか、それとも単に異なっているだけなのかを見極める必要があります。利害の対立とは、一方が得れば他方が必ず損をする関係を指します。価格そのものは、多くの場合この対立に近い性質を持ちます。売り手が高く売れば、買い手はその分多く払うことになるからです。
一方、利害の相違とは、単に重視するものが異なっているだけで、必ずしも取り合いにならない関係を指します。ある論点は自分にとって重要でも相手にとってはさほど重要でない、逆のパターンもある、という状態です。レッスン2で扱った論点の重みづけは、この相違を見つけるための準備です。
すべての利害を「対立」だと決めつけてしまうと、交換によって双方が得をする余地を見逃します。逆に、本当に対立している利害まで「相違にすぎない」と楽観視してしまうと、譲れない一線をあいまいにしたまま交渉を進めてしまいます。利害を1つずつ、対立なのか相違なのかを丁寧に見分ける作業が、この原則の実践です。
📝 補足 対立と相違の見分け方に、絶対の公式はありません。テーブルの上で相手に丁寧に尋ね、反応を見ながら見極めていく作業です。準備段階で立てた仮説を、交渉の中で検証し、修正していく姿勢が求められます。
対立と相違を見分ける作業は、レッスン2の論点の重みづけと組み合わせると、より精度が上がります。ある論点について、自分にとっての重要度と、相手にとっての重要度の仮説を並べてみたとき、双方とも高い重要度を付けている論点は対立の可能性が高く、一方が高く一方が低い論点は相違の可能性が高いと見当をつけられます。この見当をもとに、テーブルの上でどの論点から確認していくかの順序を組み立てておくと、交渉の進め方に無駄が少なくなります。
原則3:複数の選択肢を発明する
3つ目の原則は、合意に至る道筋を1つに絞り込まず、複数の選択肢を用意することです。交渉の場でよくある失敗は、最初に思いついた案に固執し、それが通らなければ交渉が行き詰まってしまうという展開です。
複数の選択肢を発明するには、いったん評価を保留し、思いつく限りの案を出してみる時間を意識的に作ることが有効です。「この条件でだめなら、どんな組み合わせがありうるか」を、実現可能性を気にせずに一度洗い出してみます。案を出す段階と、案を評価し絞り込む段階を分けることで、最初から実現可能性の低い案を切り捨ててしまうことを防げます。
この原則は、レッスン5で扱う統合的交渉の技術と深く関わっています。複数の論点を組み合わせた案を、いくつも用意しておくことで、テーブルの上で相手の反応を見ながら、もっとも受け入れられやすい組み合わせを提示できるようになります。
案を発明する作業は、1人で行うより複数人で行うほうがうまくいくことがあります。社内の関係者を交えて「もしこの条件が使えないとしたら、ほかにどんな組み合わせがありうるか」を出し合うと、自分1人では思いつかなかった案が出てくることがあります。このとき重要なのは、出てきた案をその場ですぐに否定しないことです。「それは無理だろう」とすぐに評価してしまうと、案を出す側が萎縮し、選択肢の幅が狭まってしまいます。まず量を出し、その後で実現可能性を検討するという順序を守ることが、この原則を実践するコツです。
テーブルの上でも、同じ発想を使えます。相手が最初に示した提案を拒否するだけで終わらせず、「その方向性を活かしつつ、こういう形にできないか」という代案をその場で組み立てられると、交渉は行き詰まりにくくなります。1つの案がだめなら次の案、次の案がだめならさらに次の案、というように、複数の選択肢を手元に持っておくことは、テーブルの上での柔軟さそのものにつながります。
💡 ポイント 「選択肢は複数用意する」という姿勢そのものが、交渉における心理的な余裕にもつながります。1つの案に固執していると、それが拒まれた瞬間に手詰まりになりますが、複数の案があれば、次の提案にすぐ移ることができます。
原則4:客観的基準を使う
4つ目の原則は、条件の妥当性を、どちらか一方の意向ではなく、双方が納得できる客観的な基準に照らして判断することです。「私がそう思うから」「相手がそう言うから」ではなく、市場相場・前例・専門家の評価・法令といった、第三者的な基準を持ち出すことで、交渉は「力比べ」から「妥当性の確認」に性質が変わります。
客観的基準の探し方
客観的基準として使えるものには、いくつかの種類があります。
市場相場:業界団体が公表している統計、公的機関が発表する物価指数、同種の取引の一般的な水準などです。原材料の価格改定であれば、公的な物価統計や業界紙の相場情報が手がかりになります。
前例:過去に同様の条件で成立した取引や契約の実績です。「前回はこの条件で合意した」という実績は、双方にとって受け入れやすい基準になります。
専門家の評価:第三者の専門家による査定や評価です。不動産取引における不動産鑑定士の評価額はその代表例です。
法令:法律や公的な規制によって定められた基準です。労働条件や取引条件の一部には、法令によって最低限の基準が定められている場合があります。
客観的基準を使う利点は、どちらか一方が恣意的に条件を決めているという印象を避けられることです。「相手の言い値だから受け入れがたい」という感覚は、「公表されている統計に基づく水準だから納得できる」という感覚に変わります。
⚠️ 注意 客観的基準は、都合よく選ぶと本来の効果を失います。自分に有利な基準だけを持ち出すと、相手からは「都合のいい数字を選んでいるだけだ」と見透かされます。複数の基準を比較し、双方が納得できるものを選ぶ姿勢が重要です。
客観的基準は、こちらから一方的に押し付けるものではなく、相手にも同時に問いかける形で使うと効果が高まります。「この条件について、何か参考にできる基準はありますか」と相手にも尋ねることで、相手が持っている基準と自分が持っている基準をすり合わせる作業になります。もし双方の基準が食い違う場合は、どちらの基準がより妥当かを、さらに一段客観的な視点から検討します。例えば、社内の従来の取引条件を基準にしたい側と、直近の市場価格を基準にしたい側が対立するなら、直近数年の推移や、複数の情報源を突き合わせて、どちらがその時点の実態をより正確に反映しているかを確認する、といった具合です。
4原則を組み合わせて使う
ここまで見てきた4つの原則は、単独で使うものではなく、組み合わせて使うことで効果を発揮します。人と問題を分けることで感情的な対立を避け、立場ではなく利害に注目することで奥にある本当の狙いを見つけ、複数の選択肢を発明することで解決策の幅を広げ、客観的基準を使うことで条件の妥当性を双方が納得できる形にする——この4つが揃って初めて、原則立脚型交渉が機能します。
原則立脚型交渉は、相手に譲歩を強いる技術ではありません。むしろ、双方が納得できる合意にたどり着くための、共同作業のための枠組みです。「相手を説得する」のではなく「一緒に答えを探す」という姿勢が、この交渉スタイルの土台にあります。
原則立脚型交渉に対するよくある誤解
原則立脚型交渉について、しばしば2つの誤解が見られます。
誤解1:原則立脚型交渉は「優しい交渉」である。 4原則は、相手に対して常に譲歩的・友好的に振る舞うことを求めるものではありません。人には柔らかく接しつつ、問題そのものには厳しく向き合う姿勢が原則の核心です。客観的基準に照らして妥当でない要求には、はっきりと同意しない姿勢を取ることも、この交渉スタイルの一部です。
誤解2:利害さえ見つければ、必ず双方が満足する解決策が見つかる。 利害を掘り下げることで解決策の幅は広がりますが、すべての交渉で双方が完全に満足する答えが見つかるとは限りません。最終的には、レッスン6で扱う分配的な話し合いが必要になる場面も残ります。原則立脚型交渉は、分配的な話し合いを不要にする魔法ではなく、分配の前に取り分の総量を増やす余地を最大限探る、という位置づけで理解してください。
📖 もっと詳しく 原則立脚型交渉に対しては、「理想論にすぎず、実際の交渉では通用しない」という批判が向けられることもあります。しかし、4原則は「必ず双方が満足する結論に至る保証」ではなく、「合意の質を高める確率を上げる考え方の枠組み」として理解するのが実務的です。
講師の現場メモ②:オレンジの奥にあったもの
私(江藤)が調達部長を務めていた頃、ある部品メーカーとの間で仕様変更をめぐる交渉がありました。先方は「この仕様変更には応じられない、応じるなら大幅な追加コストが発生する」という立場を崩さず、こちらは「品質基準は絶対に譲れない」という立場を崩さず、話し合いは何度も平行線をたどりました。
ある日、雑談の延長で先方の担当者に「なぜそこまでコストがかかるのか」と聞いてみたところ、意外な答えが返ってきました。コストが増える理由は、仕様変更に対応するための設備投資ではなく、既存の生産ラインの検査工程を新しい仕様に合わせて作り直す必要があるからだ、というのです。こちらが本当に必要としていたのは、最終製品の品質基準を満たすことであり、検査工程そのものに強いこだわりがあったわけではありませんでした。そこで、最終製品の抜き取り検査の頻度を引き上げることで品質基準を担保できないか、先方の生産ラインの検査工程は現状のまま維持できないか、という代替案を提示しました。
先方の担当者は驚いた様子でしたが、「それなら追加コストはほとんど発生しない」と即答しました。それまで何か月も平行線をたどっていた交渉が、たった1つの問いかけで動いた瞬間でした。振り返ってみると、双方とも「仕様変更」という立場のレベルで議論しており、「品質基準を満たすこと」という利害と、「検査工程を作り直したくない」という利害の両方が見えていなかったのです。オレンジの果肉と皮の話が、机上の理論ではなく実際に起こりうるということを、身をもって学んだ交渉でした。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 原則立脚型交渉は、人と問題を分ける・立場ではなく利害に注目する・複数の選択肢を発明する・客観的基準を使うという4原則から成る
- 人と問題を分けるとは、相手個人への敬意を保ちながら、問題そのものには厳しく向き合う姿勢である
- 立場は表に出た要求、利害はその奥にある本当の狙いであり、「なぜ」を掘り下げる問いかけで見えてくる
- 利害には、必ず対立する「対立」と、単に重視するものが異なるだけの「相違」がある
- 複数の選択肢を発明することで、1つの案への固執による手詰まりを避けられる
- 客観的基準は、市場相場・前例・専門家の評価・法令などから、双方が納得できるものを選ぶ
次のレッスンでは、統合的交渉の技術を具体的に掘り下げます。複数の論点を組み合わせて取り分の総量を増やす、パイの拡大という考え方を学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。