本文へスキップ
スキルアップカレッジ

SIer との契約設計と人月見積の査定

レッスン3:SIer との契約設計と人月見積の査定

このレッスンで学ぶこと

  • 国内 SIer の業界地図(ティア別・得意領域)を扱う
  • SES /準委任/請負の使い分け 4 判断軸を組み立てる
  • 人月単価の相場感と見積査定の 5 チェックを持つ
  • 偽装請負回避・下請法/フリーランス新法の情シス発注側リスク・賠償額上限を持ち帰る

前のレッスンの振り返り

RFI /RFP 選定プロセスは類型別に深化させる必要があります。SIer 向け RFP は 8 項目の差分、MSP 向け RFP は KPI 契約設計が中心。複数見積は 3 社が実務標準、選定評価シートは 4 軸重み付け、決裁稟議は 5 要素を必ず含めます。本レッスンでは選定した SIer との契約設計と、SIer 発注で最も難易度が高い人月見積の査定を扱います。


国内 SIer の業界地図

日本の IT サービス市場は約 27 兆円(2024 年経産省 特定サービス産業実態調査)で、SIer は次のティアに整理できます。

ティア 1:国内大手 SIer

  • NRI(野村総合研究所):金融系に強い、コンサル一体型の提案力、株主が野村ホールディングス系
  • NTT データ:官公庁・金融・大手企業のミッションクリティカル案件、グローバル展開(旧 Everis 等の買収)
  • 富士通:官公庁・大手製造業、ハードウェアからサービスへ事業構造転換中
  • NEC:官公庁・通信・製造業、独自の生体認証・映像分析技術
  • 日立製作所:社会インフラ・製造業、Lumada 事業でデータ活用ソリューション

いずれも売上規模数千億〜数兆円、従業員数万人、業界別セクター営業体制、複数年の大型案件を主戦場とします。単価は上級 SE 月 150〜200 万円レンジ、大手企業の基幹系プロジェクトでは相場標準。

ティア 2:中堅 SIer

  • 独立系:TIS(Sansan 系)、SCSK(住友商事系)、伊藤忠テクノソリューションズ(伊藤忠系)、大塚商事、日本ユニシス(BIPROGY)、電通国際情報サービス(ISID)
  • 専業系:DTS 、ネットワンシステムズ、日鉄ソリューションズ、フューチャー、シンプレクス

売上規模数百億〜数千億、従業員 3,000〜10,000 人、業界別または技術領域別の特色を持ちます。単価は上級 SE 月 100〜150 万円レンジ。

ティア 3:Web 系・スタートアップ寄り

  • Web 系:クラスメソッド、Cloudflare Japan、AWS パートナーの Serverworks 、GCP パートナーの G-gen 、DX 支援のリブセンス
  • スタートアップ寄り:Sun*, ゆめみ、Fusic 、モンスターラボ

売上規模数十億〜数百億、従業員 100〜3,000 人、クラウド・アジャイル・DX 案件に強い。単価はスキルクラス上級で月 100〜140 万円レンジだが、Web 系専門知識を要する案件では割高になる。

選定の実務判断

案件規模と難易度で選定します。大型基幹系(数億円以上・24 か月以上)ではティア 1 、中堅規模(数千万〜数億円・6-18 か月)ではティア 2 、クラウド/モダン開発案件ではティア 3 が実務パターン。1 社だけでなく複数ティアを組み合わせる「ハーフサイズ SIer 戦略」(大型案件をティア 1 メイン+ティア 2/3 サブで組む)も広がっています。

SES /準委任/請負の使い分け 4 判断軸

SIer との契約形態は SES /準委任/請負の 3 種類が中心です。使い分けは次の 4 判断軸で判定します。

判断軸 1:成果責任

  • 請負:成果物(システム・機能)の完成責任を SIer が負う。契約不適合責任も SIer 側
  • 準委任:業務遂行の善管注意義務を SIer が負う。成果物の完成責任はなし
  • SES:業務遂行の指揮命令下に技術者を派遣、成果物責任なし

判断軸 2:指揮命令

  • 請負:指揮命令は SIer 側 PM が行う。発注側は成果物受入時に評価
  • 準委任:指揮命令は SIer 側だが、発注側と協業する場面が多い
  • SES:指揮命令は SIer 側(違反すると偽装請負になる)

判断軸 3:リスク配分

  • 請負:SIer 側にリスクが集中(工数超過・品質不足・遅延ペナルティ)
  • 準委任:発注側と SIer 側でリスク分担
  • SES:発注側にリスクが集中(要員のスキル不足・稼働率低下)

判断軸 4:価格モデル

  • 請負:固定価格(金額を最初に決めるフィックス)が中心
  • 準委任:時間単価×工数(実費精算)
  • SES:時間単価×工数(実費精算)

要件が明確で成果物が定義できる案件は請負、要件が流動的な PoC /新規開発は準委任、既存システムの継続保守・追加開発は SES というのが実務パターン。SES と偽装請負の境界は特に注意が必要で、次項の偽装請負判断基準で判定します。

人月単価の相場感

2026 年時点の人月単価の相場(首都圏・オンショア・常駐またはハイブリッド勤務)は次のレンジ。

  • PM(プロジェクトマネジャー):月 130〜200 万円(大手 SIer では月 180〜250 万円)
  • アーキテクト:月 130〜180 万円
  • 上級 SE:月 100〜150 万円(大手 SIer では月 130〜200 万円)
  • 中級 SE:月 80〜120 万円
  • 初級 SE /PG:月 60〜90 万円
  • テストエンジニア:月 70〜100 万円
  • インフラエンジニア:月 90〜140 万円

地方・リモート・オフショアで 20〜40 % ディスカウント、Web 系専門技術(React /TypeScript /Kubernetes /機械学習)では 20〜30 % プレミアム。

常駐率と稼働管理

SES /準委任契約では、要員の常駐率(月間稼働時間に占める発注元での作業時間)と稼働管理が実務論点です。

  • 常駐率 100 %(フル常駐):発注元オフィス勤務中心。指揮命令の意味合いが強くなり偽装請負リスク
  • 常駐率 60〜80 %(ハイブリッド):発注元とベンダー拠点のハイブリッド勤務が実務標準
  • 常駐率 0 %(リモート):ベンダー拠点勤務のみ。コミュニケーションコストと引き換えに指揮命令問題を回避

稼働時間は月次で報告書を出させ、時間外労働の割合、稼働ピーク時期、休暇取得状況を管理します。契約時に月間標準工数(例:160 h )を定め、上限(例:180 h )と下限(例:140 h )を設定するのが実務標準。上下限を超えた月は次月精算します。

見積査定の 5 チェック

SIer から提示された見積書を精査する際、次の 5 チェックが基本です。

1. 工数根拠

各機能/モジュールの工数(人月)の根拠。ファンクションポイント法、類似案件比較、ボトムアップ積算のいずれかで見積算出根拠を示させます。「エイヤ見積り(勘に基づく概算)」で受けないこと。

2. 単価根拠

要員体制表と単価表の整合性。上級 SE として単価計上している人物が実際は中級レベルであれば単価修正が必要。要員個別の経歴・スキルクラス判定を確認。

3. リスクバッファ

工数見積のうちリスクバッファ(コンティンジェンシー)の割合。実務標準は 10〜20 % で、これを超える場合は要件不確実性の見直しか、契約形態の変更(請負 → 準委任)を検討。

4. 保守料率

システムリリース後の保守費用率。開発費用の 15〜25 % が実務レンジ。保守内容(バグ修正のみ/機能追加込み/24 時間監視込み)で料率が変わる。

5. 変更管理費

要件変更が発生した際の追加費用ルール。「変更管理単価×工数」で計算するのが標準。契約段階で変更管理単価を固定(開発時単価の 1.0〜1.2 倍)しておくと、追加交渉が楽になります。

偽装請負回避の実務

偽装請負とは、契約形式は請負/準委任だが実態は労働者派遣として発注元が指揮命令を行うケース。労働者派遣法違反となり、労働局是正指導・処分の対象になります。厚生労働省告示 37 号(1986 年制定)が判断基準を示しています。

4 判断基準

  • 1. 業務遂行の指揮命令:発注元が直接指示していないか。日常の業務指示は SIer 側 PM を経由すること
  • 2. 業務遂行の独立性:発注元と切り離された業務単位で成果を出しているか。発注元の業務プロセスに組み込まれていないか
  • 3. 資金力・設備:SIer 側が自らの設備・PC ・ネットワークで業務遂行しているか。全て発注元支給ではないか
  • 4. 業務遂行の技能:SIer 側が独自の技能・ノウハウを提供しているか。単なる労働力提供になっていないか

これら 4 項目を全て満たす場合は請負/準委任、いずれかを欠く場合は労働者派遣扱いとなり派遣法適用の対象。

実務のポイント

  • 発注元は SIer 側 PM とのやり取りに徹し、常駐エンジニア個人への直接指示を避ける
  • 業務範囲を明確化し、発注元業務との境界を作る
  • SIer 側の勤怠管理・給与支払・労災保険加入を SIer 側に留める
  • SES 契約は「客先常駐」の実態を伴うことが多いため、業務内容と成果責任を契約書で明記する

下請法/フリーランス新法の情シス発注側リスク

情シス発注側は、下請取引の場合に下請代金支払遅延等防止法(下請法・1956 年制定・数次改正)の遵守義務があります。

下請法の適用条件

  • 発注元が資本金 3 億円超、下請事業者が資本金 3 億円以下(役務/情報成果物作成の場合は資本金 5,000 万円超 vs 以下)
  • 委託内容:製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託

情シス発注は多くの場合「情報成果物作成委託」「役務提供委託」に該当し、下請法適用の可能性があります。

下請法 4 大禁止事項

  • 60 日ルール:受領日から 60 日以内に代金支払
  • 書面交付義務:契約書または発注書の書面交付(3 条書面)
  • 買いたたき禁止:通常支払われる対価に比べ著しく低い代金設定の禁止
  • 返品禁止・受領拒否禁止:受領後の返品・受領拒否の禁止

違反すると公正取引委員会の勧告・課徴金対象となり、企業名公表もあります。

フリーランス新法(2024/11/1 施行)

正式名称「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」。フリーランス(個人事業主・一人会社)への発注に適用され、下請法をよりフリーランス寄りに強化した内容です。

  • 書面交付義務(電磁的方法可):12 項目の必要記載事項
  • 60 日以内の支払
  • ハラスメント防止措置
  • 就業条件の明示

情シス発注では、SIer からの再委託先にフリーランスが含まれることが多いため、間接的に影響を受けます。契約書で SIer 側にフリーランス新法遵守義務を明記するのが実務対応です。

賠償額上限

SIer との契約における賠償額上限は、次のレンジが業界標準です。

  • 無制限責任:SIer 側が受け入れないケースが大半
  • 契約金額の 1 倍:業界標準の下限
  • 契約金額の 2 倍:業界標準の上限
  • 契約金額の 3 倍以上:大手企業の交渉力次第で交渉可

損害の類型別上限も交渉論点です。

  • 間接損害・逸失利益・データ滅失:これらを賠償対象外とする条項が SIer 側から提示されるケースが多い
  • 人格権侵害・生命身体侵害:これらは賠償額上限適用外とするのが公序良俗の要請

契約金額 1 億円のプロジェクトで賠償額上限 2 倍(2 億円)、間接損害・逸失利益は除外——といった折衷案が実務標準。

まとめ

  • 国内 SIer は 3 ティア(ティア 1 大手/ティア 2 中堅/ティア 3 Web 系)で整理し、案件規模と技術領域で選定
  • 契約形態は請負/準委任/SES の 3 種類、4 判断軸(成果責任・指揮命令・リスク配分・価格モデル)で使い分け
  • 人月単価の相場は PM 月 130〜200 万円、上級 SE 月 100〜150 万円、初級 SE /PG 月 60〜90 万円
  • 見積査定の 5 チェック:工数根拠・単価根拠・リスクバッファ・保守料率・変更管理費
  • 偽装請負回避は厚労省告示 37 号(1986 年制定)4 判断基準(指揮命令/独立性/資金力設備/技能)で判定
  • 下請法は 4 大禁止事項(60 日ルール/書面交付/買いたたき禁止/返品禁止)、フリーランス新法 2024/11/1 施行
  • 賠償額上限は契約金額の 1 倍または 2 倍が業界標準、無制限責任は SIer 側が受け入れない

次のレッスンでは、クラウドの契約実務——EDP ・プライベートオファー・True-up 監査を扱います。


講師の現場メモ

私が金融業の情シス部長時代に扱った、上場地銀の勘定系リプレース案件でのエピソードです。当初、既存ベンダーが提示した金額は約 42 億円。私は「相場感を持たない」まま契約更新するのは危険と判断し、複数ベンダーへの相見積を実施しました。結果、別のティア 1 SIer から約 32 億円の提案があり、これを既存ベンダーに開示して交渉、最終的に既存ベンダーが 34 億円に減額。8 億円のコスト削減となりました。ただし、単に安値をぶつけて交渉する手法ではなく、機能適合・信頼性・運用適合の 4 軸で比較し、既存ベンダーの優位性(金融業界の類似案件実績・保守要員の継続性)も認めた上での交渉でした。ベンダーマネジメントの価値は「相場感を持って対等に交渉すること」で、単なる安値交渉ではないことを学んだ案件です。


確認クイズ