人材要件の定義とスキルの共通言語
レッスン2:人材要件の定義とスキルの共通言語
このレッスンで学ぶこと
- 配置のための人材要件をどう言語化するかを理解する
- 職務記述書を社内配置に使う発想を身につける
- スキルの粒度設計と階層構造の考え方を理解する
- 汎用スキルと専門スキルを分けて扱う理由と、要件が形骸化する3つのパターンを学ぶ
前回のレッスンでは、本コースが「誰を選ぶか」ではなく「どう見えるようにするか」に重心を置くこと、そして人材データが整っていない組織で起きる具体的な不利益を確認しました。今回からは、見えるようにするための最初のステップである「人材要件の定義」を扱います。
「見える」の出発点は言葉である
人材データを整備すると聞くと、多くの人はシステムやデータベースを思い浮かべます。けれども、データベースにどんな項目を持たせるかを決める前に、必ず必要になる作業があります。それは、「どんな人材を求めているのか」を、組織の中で共通に通じる言葉で表現することです。
言葉が揃っていなければ、どれだけ高機能なシステムを導入しても意味を持ちません。ある部署が「マネジメント経験」と書くとき、そこには3人のチームを1年間まとめた経験を指す場合もあれば、100人規模の部門を5年間率いた経験を指す場合もあります。同じ言葉が違う内容を指している状態では、部署をまたいだ比較も、データベース上での検索も機能しません。
💡 ポイント 共通言語のない組織では、スキルは比較できません。システムを導入する前に、まず「言葉を揃える」作業が必要です。この作業を飛ばしてシステムだけを入れると、結局は部署ごとにバラバラな入力が並ぶだけのデータベースができあがります。
配置のための人材要件をどう言語化するか
人材要件の言語化と聞くと、採用の場面を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし本コースが扱うのは、採用のための要件ではなく、社内の配置のための要件です。すでに組織にいる人材を、どのポジションにどう動かすかを判断するために、そのポジションが何を求めているのかを言葉にする作業です。
配置のための人材要件は、大きく3つの要素に分けて整理すると扱いやすくなります。
第1に、業務内容です。そのポジションが日常的にどんな業務を担うのかを、具体的な行動レベルで書き出します。「顧客対応をする」という抽象的な表現ではなく、「新規顧客への提案資料を作成し、初回商談に同席する」というように、実際の行動が想像できる粒度で書きます。
第2に、必要なスキルと経験です。そのポジションを担ううえで欠かせないスキルと、あれば望ましいスキルを分けて整理します。スキルの粒度設計については、このあと詳しく扱います。
第3に、期待される成果と役割です。そのポジションに就いた人が、どのような成果を出すことを期待されているのか、周囲からどのような役割を求められているのかを言葉にします。業務内容が「何をするか」であるのに対し、期待される成果は「何を達成するか」にあたります。
📝 補足 この3つの要素は、後述する職務記述書の骨格にもなります。業務内容・必要なスキルと経験・期待される成果という3分類を、組織全体で統一しておくと、部署が変わっても同じ形式で人材要件を比較できるようになります。
職務記述書を社内配置に使う
職務記述書は、あるポジションに求められる業務内容・責任範囲・必要なスキルを文書化したものです。英語ではジョブディスクリプションと呼ばれ、採用の場面で候補者に求める要件を伝えるために使われることが一般的です。本コースでは、この職務記述書を採用のためではなく、社内の配置判断のために使う発想を扱います。
採用要件としての職務記述書の作り方や、コンピテンシーモデルを使った求める人物像の設計は、採用面接関連の実践コースが体系的に扱っています。本コースでは、その作り方には踏み込まず、すでにある職務記述書、あるいはこれから社内配置のために新しく作る職務記述書を、どう人材データと結びつけて使うかに焦点を当てます。
社内配置のために職務記述書を使う場合、採用のための職務記述書とはいくつかの点で性質が異なります。
第1に、社内の異動候補者を前提に書くことです。採用向けの職務記述書は、社外の未知の候補者に向けて書かれるため、業界共通の用語や資格名で説明する必要があります。一方、社内配置向けの職務記述書は、すでに社内で使われているスキルの共通言語(このあと扱います)で書くことができ、より具体的で簡潔な記述が可能です。
第2に、育成の余地を含めて書くことです。採用では即戦力を求める場合が多いのに対し、社内配置では「今は満たしていないが、半年から1年の育成で満たせる要件」を分けて示すことで、異動と育成を同時に計画できます。
第3に、更新の頻度が高いことです。採用向けの職務記述書は、募集のたびに見直されますが、社内配置向けの職務記述書は、組織変更や業務の変化に応じて年に数回見直されるべきものです。固定的な文書ではなく、生きた文書として運用します。
⚠️ 注意 社内配置向けの職務記述書を、採用向けの職務記述書をそのまま流用して作ると、社外向けの一般的な表現が多く、実際の配置判断には使いにくいものになりがちです。両者は目的が異なるため、別の文書として管理することを勧めます。
スキルの粒度設計と階層構造
人材要件を言語化するうえで、最も難しく、同時に最も重要なのがスキルの粒度をどう設計するかです。粒度が粗すぎると比較に使えず、細かすぎると運用が続きません。
粒度の目安として、3階層の構造で整理する方法があります。
第1階層はスキルカテゴリです。「営業」「エンジニアリング」「経理」「人事」といった大分類で、組織図や職種区分と近い単位です。
第2階層はスキル項目です。スキルカテゴリの下に、具体的なスキルの名前を並べます。「営業」というカテゴリの下には、「新規開拓」「既存顧客の深耕」「提案書作成」「価格交渉」といった項目が並びます。
第3階層は習熟レベルです。それぞれのスキル項目について、どの程度のレベルにあるのかを段階で表します。習熟レベルの設計は、4段階か5段階のどちらかを選ぶのが実務的です。
flowchart TD
A[スキルカテゴリ:営業] --> B[スキル項目:新規開拓]
A --> C[スキル項目:提案書作成]
A --> D[スキル項目:価格交渉]
B --> E[習熟レベル:1〜4または1〜5]
C --> E
D --> E
図1:スキルの3階層構造です。カテゴリの下に項目を置き、各項目に習熟レベルを設定します。この構造を組織全体で統一することで、部署をまたいだスキルの比較が可能になります。
習熟レベルの段階数について、4段階と5段階のどちらを選ぶべきかは、組織によって最適な選択が異なります。4段階(「未経験」「基礎」「応用」「熟達」など)は評価者の判断が揃いやすく、運用の負荷が低いという利点があります。5段階は中間的な水準を表現しやすい一方、評価者ごとの判断のばらつきが大きくなりやすいという弱点があります。迷う場合は、まず4段階で始め、運用が定着してから必要に応じて段階を増やす方が現実的です。
📖 もっと詳しく 習熟レベルの定義文を作るときは、「何ができれば、そのレベルにあると言えるか」を行動レベルで書くことが重要です。「熟達している」という抽象的な表現ではなく、「未経験者に対して、独力で指導計画を立てて実行できる」というように、観察可能な行動で定義すると、評価者による判断のばらつきを抑えられます。
汎用スキルと専門スキルの分け方
スキルを整理する際、もう1つ重要な区分があります。それは、汎用スキルと専門スキルの区分です。
汎用スキルは、職種や部署を問わず幅広く求められるスキルです。文書作成、プレゼンテーション、プロジェクトの進行管理、語学力などが該当します。汎用スキルは、部署をまたいだ異動を考えるうえで特に重要な情報になります。ある社員が営業部門から企画部門へ異動する場合、営業特有の専門スキルは直接引き継げませんが、プレゼンテーションや文書作成といった汎用スキルは異動後も活かせます。
専門スキルは、特定の職種や業務に固有のスキルです。プログラミング言語の習熟度、特定の会計基準の知識、特定の製造工程の技能などが該当します。専門スキルは、同じ職種内での配置判断や、専門性を軸にした人材の把握に使われます。
この2つを分けて管理する理由は、活用される場面が異なるからです。内部労働市場(社内公募やジョブローテーション、レッスン6で扱います)を活性化させるためには、汎用スキルの可視化が特に重要になります。専門性を軸にした配置や、専門人材の不足を把握するためには、専門スキルの可視化が重要になります。両者を同じ粒度で混在させて管理すると、どちらの目的にも中途半端にしか使えないデータになってしまいます。
💡 ポイント 汎用スキルと専門スキルを分けて設計しておくと、「今すぐ異動できる人」を汎用スキルから探し、「専門性を持つ人」を専門スキルから探すという、目的に応じた検索が可能になります。
具体的な例で確認します。ある製造業の企業で、営業部門と生産管理部門の人材要件を並べたところ、次のような整理になりました。
| 区分 | 営業部門の例 | 生産管理部門の例 |
|---|---|---|
| 汎用スキル | 文書作成、社外プレゼンテーション、進行管理 | 文書作成、社内調整、進行管理 |
| 専門スキル | 価格交渉、業界知識、既存顧客の深耕 | 生産計画の立案、在庫管理の手法、品質管理の知識 |
表2:営業部門と生産管理部門の人材要件の例。汎用スキルの多くは共通し、専門スキルは部門ごとに大きく異なることがわかります。
この表からわかるとおり、文書作成や進行管理といった汎用スキルは、部門を越えて共通の言葉で表現できます。一方、価格交渉や生産計画の立案といった専門スキルは、部門固有の内容になります。異動の候補者を探すときは、まず汎用スキルで「土台となる力を持つ人」を広く洗い出し、そのうえで専門スキルの習熟度や、専門スキルを新たに習得する意欲を確認する、という2段階の探し方が実務的です。汎用スキルと専門スキルを混在させたまま検索しようとすると、どちらの軸でも中途半端な結果しか得られません。
要件が形骸化する3パターン
人材要件を丁寧に設計しても、時間が経つと形骸化してしまうことがあります。よくある3つのパターンを整理します。
1つ目は、作った時点で更新が止まるパターンです。プロジェクトとして人材要件の整備に取り組み、完成した時点で担当者の関心が離れてしまうケースです。組織や業務は変化し続けるため、要件も継続的に見直す必要がありますが、更新の担当と頻度を決めておかないと、いつの間にか古い要件のまま放置されます。
2つ目は、現場の実態と乖離するパターンです。人事企画が机上で設計した要件が、実際の業務内容とずれてしまうケースです。要件を作る際に現場の管理職を巻き込まず、人事側だけで完結させると、このずれが起きやすくなります。
3つ目は、細かくしすぎて誰も使わなくなるパターンです。網羅性を追求するあまり、1つのポジションに何十項目もの要件を並べてしまうと、入力する側も参照する側も負担が大きくなり、結局は形式だけが残って実質的に使われなくなります。
⚠️ 注意 3つのパターンに共通するのは、「作ること」自体が目的化してしまう点です。人材要件は、配置の判断に実際に使われて初めて価値を持ちます。作成後の運用体制と、定期的な見直しの仕組みをセットで設計することが欠かせません。
3つのパターンに対しては、それぞれ具体的な対策があります。更新が止まるパターンには、要件の見直しを人事評価の年間サイクルに組み込み、評価の時期に合わせて必ず点検する運用が有効です。現場と乖離するパターンには、要件の初版を人事側だけで完成させず、必ず現場の管理職とのすり合わせを経てから確定させる手順が有効です。細かくしすぎるパターンには、1つのポジションあたりのスキル項目数に上限の目安を設け、必須のスキルと望ましいスキルを明確に分けて記載量を抑える工夫が有効です。いずれの対策も、要件を「作って終わり」にせず、継続的に運用する体制を最初から組み込んでおくという点で共通しています。
講師の現場メモ
上場メーカーの人事企画に着任してまもない頃、私は各部門の管理職に依頼して、担当ポジションの人材要件を書いてもらう取り組みを始めました。テンプレートを配布し、3か月後にはすべての部門から要件が集まりました。数だけ見れば、立派な取り組みに見えました。
けれども、実際にその要件を使って異動候補者を探そうとしたとき、大きな壁にぶつかりました。ある部門は「コミュニケーション能力が高いこと」という抽象的な一文だけを書いており、別の部門は業務手順を1つずつ列挙した数十行の要件を書いていました。粒度がまったく揃っておらず、要件同士を比較することができませんでした。
私はここで、要件を集めることと、要件を使えるようにすることは別の作業だと痛感しました。そこで、いったん集めた要件をすべて一度差し戻し、3階層のスキル構造というひな形を用意したうえで、各部門の管理職と1対1で30分ずつ面談しながら要件を書き直す作業を進めました。半年かけて全部門の要件をひな形に合わせて整え直したことで、ようやく部署をまたいだ比較ができるデータになりました。
この経験から学んだのは、テンプレートを配って集めるだけでは、共通言語は生まれないということです。共通の粒度で書くための型を先に用意し、現場と一緒に対話しながら埋めていく手間を惜しまないことが、結局は近道になります。急いで数を集めることよりも、比較できる質を確保することを優先すべきだと、今でも支援先の企業に伝えています。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 人材データを整備する前に、組織で共通に通じる言葉を揃えることが出発点になる
- 配置のための人材要件は、業務内容・必要なスキルと経験・期待される成果と役割の3要素で整理する
- 職務記述書は社内配置のためにも使え、採用向けとは異なり社内の共通言語で簡潔に書ける
- スキルはスキルカテゴリ・スキル項目・習熟レベルの3階層で整理し、習熟レベルは4段階か5段階で設計する
- 汎用スキルと専門スキルは目的が異なるため、分けて管理する
- 人材要件が形骸化する3パターンは、更新が止まる、現場と乖離する、細かくしすぎるというもの
次のレッスンでは、この人材要件を土台にした「スキルの可視化」を扱います。スキルマップの設計、自己申告と上長評価の使い分け、鮮度管理の方法を学びます。
確認クイズ
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