後継者パイプラインと人員ポートフォリオ
レッスン5:後継者パイプラインと人員ポートフォリオ
このレッスンで学ぶこと
- 「1 ポジション 1 人」では機能しない理由と、複数ポジションを同時並行で描く後継者パイプラインを理解する
- 育成アサインの設計方法を学ぶ
- 3〜5 年の人員ポートフォリオという中期的な視点を扱える
- 採用・育成・異動・外部登用の 4 手段の使い分けと、人が足りないときの優先順位を学ぶ
前回のレッスンでは、複数の課長を評価するメタ評価を扱いました。今回は、評価の先にある「次のリーダーをどう育てるか」というテーマを、部門全体を見渡す視点で扱います。
「1 ポジション 1 人」では機能しない理由
自分の後継者や、課長級のポジションの後継候補を考えるとき、多くの部長が最初に陥りやすい発想が「このポジションには、この人」という 1 対 1 の対応です。しかし、この発想は中規模組織では機能しにくくなります。
理由は 3 つあります。第 1 に、候補者本人の異動や離職です。唯一の後継候補として想定していた人材が、本人の意向で異動を希望したり、社外に転じたりすることは珍しくありません。第 2 に、タイミングのずれです。ポジションが空くタイミングと、候補者の準備が整うタイミングが一致するとは限りません。第 3 に、複数ポジションの連動です。部門内には課長級のポジションが複数あり、1 つのポジションの後継が決まると、それに連動して玉突き的に別のポジションが動きます。1 つずつ個別に考えていては、この連動を扱いきれません。
💡 ポイント 後継者は 1 人では足りません。自部門内の課長級ポジション 3〜5 人分を同時並行で見渡し、「誰が、いつ、どのポジションに動けるか」を面として描くのが、部長に求められる後継者パイプラインの発想です。
「1 対 1」の発想がどのようにつまずくかを、具体的な場面で見てみます。ある部長は、着任時に前任者から「このポジションの後継はこの人で決まりだ」と、1 名だけを紹介されていました。半年後、その候補者本人が家庭の事情で退職を申し出たとき、部長の手元には次の候補が一切ありませんでした。急きょ社外から中途採用で埋めることになりましたが、採用活動と引き継ぎに 4 か月を要し、その間、該当ポジションは実質的に空席のまま部門運営に支障をきたしました。この経験から、部長は着任後すぐに、すべての課長級ポジションについて複数の候補者を洗い出す後継者マップの作成に着手しています。
複数ポジションを同時並行で描く後継者マップ
後継者マップとは、自部門内の課長級ポジション(3〜5 名分を想定)それぞれについて、複数の候補者を準備状況とともに整理したものです。
マップを作る手順を整理します。第 1 に、対象となるポジションを列挙します。第 2 に、各ポジションについて、直近で動ける候補者、1〜2 年で育成すれば動ける候補者、まだ時間がかかるが将来性のある候補者を、それぞれ複数名挙げます。第 3 に、候補者が複数のポジションに重複して挙がっている場合、その候補者が実際にどのポジションに進む可能性が高いかを検討します。
📝 補足 後継候補の準備度合いを段階で分類する制度的なフレームワークは、人事制度として体系化されている組織もあります。その制度設計自体は人事制度関連の実践コースの領域とし、本レッスンでは、部門長が自部門の複数ポジションを面として描く実務の発想に絞って扱います。
具体的なイメージをつかむために、4 つの課長級ポジションを持つ部門を例に考えます。
flowchart LR
P1[第1課長ポジション]
P2[第2課長ポジション]
P3[第3課長ポジション]
P4[第4課長ポジション]
A[候補者A・直近で動ける]
B[候補者B・1〜2年で育成すれば動ける]
C[候補者C・将来性はあるが時間が必要]
D[候補者D・直近で動ける]
A --> P1
A --> P3
B --> P2
B --> P3
C --> P4
D --> P1
図 1:候補者と課長級ポジションの重なりを示す後継者マップの例。候補者 A は 2 つのポジションに、ポジション P3 には 2 名の候補者が重なっている。
この図が示すように、候補者 A は P1 と P3 の両方の候補に挙がっており、実際にどちらに進むかはまだ決まっていません。一方、ポジション P4 には候補者 C しか挙がっておらず、しかも C はまだ時間が必要な段階です。この部門の部長がまず着手すべきは、P4 に対する育成の前倒しか、外部からの登用の検討です。もし候補者 A が P1 に進むと決まれば、P3 は候補者 B のみとなり、B の育成を加速する必要が生じます。1 つのポジションの決定が、別のポジションの緊急度を連鎖的に変えていく様子が、この面としてのマップから読み取れます。
育成アサインの設計
後継者マップで見えた偏りに対して、部長は候補者に意図的な経験を積ませる「育成アサイン」を設計します。代表的な手法を 3 つ紹介します。
第 1 に「越境」です。現在の担当領域とは異なる課やプロジェクトに一時的に関わらせ、視野を広げる経験です。異動を伴わない範囲でも、兼務や横断プロジェクトへの参加という形で設計できます。
第 2 に「タフアサインメント」です。本人にとって難度の高い課題を意図的に任せる経験です。難度の高い顧客対応、新規領域の立ち上げ、問題を抱えた案件の立て直しなどが該当します。困難な経験を乗り越えることで、次の階層で必要になる胆力や判断力が育ちます。
第 3 に「代行経験」です。課長が休暇や出張で不在の間、一時的に課の代表を任せる経験です。短期間でも意思決定の重さを体験することで、本人の自己認識が変わります。
⚠️ 注意 タフアサインメントは、育成効果が高い一方でリスクも伴います。本人が明らかに準備不足の状態で難度の高すぎる課題を与えると、失敗体験がその後の成長を妨げることもあります。難度と本人の準備状況のバランスを見極めることが、部長の設計力です。
3 つの手法を、先ほどの候補者 B の例に当てはめてみます。B は現在、特定の商品分野の担当業務に強みを持つものの、他分野の経験がほとんどありません。部長はまず「越境」として、B を四半期に一度の全社横断プロジェクトに兼務の形で参加させ、他分野の担当者との接点を作りました。半年後、B が新しい環境にも順応できると見えたところで、「タフアサインメント」として、長らく赤字が続いていた小規模顧客の立て直しを任せました。これは B にとって初めての採算改善案件で、当初は苦戦しましたが、四半期を通じて黒字化にこぎつけました。さらに、担当課長が長期出張で不在になった 2 週間、部長は B に「代行経験」として課の代表を任せ、部長会への出席や他課との調整も経験させました。3 つの手法を半年から 1 年かけて順に組み合わせることで、B は着実に課長としての視座を広げていきました。
3〜5 年の人員ポートフォリオ
後継者パイプラインが「特定のポジションを誰が担うか」という視点であるのに対し、人員ポートフォリオは「部門全体として、どの領域にどれだけの人員を配分するか」という、より広い視点です。
3〜5 年という中期的な時間軸で考える理由は、採用や育成には時間がかかるためです。今期の人員配分だけを見ていると、将来必要になる人材の準備が間に合いません。
人員ポートフォリオを設計する際の視点を 2 つ整理します。第 1 に、成長領域への重点配分です。今後 3〜5 年で事業として伸ばしたい領域には、早い段階から人員を厚く配分し、経験を積ませておきます。第 2 に、縮小領域からの異動誘導です。将来的に縮小が見込まれる領域からは、本人のキャリアも考慮しながら、段階的に別の領域への異動を促します。
📖 もっと詳しく 中期の人員構成をどう設計するかという、より広い人事戦略の視点に関心がある方は、人事制度関連の実践コースを参照してください。本レッスンでは、部門長として自部門の人員配分をどう構想するかという実務判断に絞って扱っています。
数字で確認してみます。60 名の部門で、成長領域とされる新規事業関連の課には現在 8 名しか配置されていませんが、3 年後には市場の拡大を見込んで 20 名規模まで増やしたいという事業方針があります。一方、既存の主力事業を担う課には 30 名が在籍していますが、業務の効率化が進んだ結果、3 年後には 22 名程度で運営できる見通しが立っています。この部門の部長は、主力事業の課で今後退職や定年を迎えるメンバーの補充を一部見送り、そこで生まれた余力を新規事業の課へ段階的に振り向ける計画を立てました。急激な異動は現場の混乱を招くため、初年度は 3 名、2 年目は 4 名というように、緩やかなペースで人員を移していく設計です。3〜5 年という時間軸を持つからこそ、こうした緩やかな移行が可能になります。
採用・育成・異動・外部登用の 4 手段の使い分け
人員ポートフォリオを実現する手段は、大きく 4 つに分けられます。
| 手段 | 特徴 | 適した場面 |
|---|---|---|
| 採用 | 即戦力または将来性のある人材を外部から獲得 | 社内に候補が不足し、時間的余裕がある場合 |
| 育成 | 既存メンバーに経験と学習機会を与える | 中長期の後継者パイプラインを厚くしたい場合 |
| 異動 | 社内の他部署から人材を招く | 特定のスキルが社内の別部署に存在する場合 |
| 外部登用 | 管理職ポジションに外部から即戦力を迎える | 社内に適任者がおらず、緊急度が高い場合 |
表 1:人員確保の 4 手段。それぞれコスト・時間・リスクの性質が異なる。
4 つの手段は、単独で使うのではなく組み合わせて使います。例えば、中期的には育成で後継者を厚くしつつ、直近のポジションの空白には異動や外部登用で対応する、という組み合わせが実務では一般的です。
💡 ポイント 4 手段の使い分けを誤ると、育成に時間をかけるべき場面で焦って外部登用に頼り、既存メンバーの成長機会を奪ってしまう、あるいは緊急度が高い場面で悠長に育成を待ち、組織の機能が滞る、といった事態を招きます。時間軸と緊急度を見極めた選択が求められます。
4 手段を組み合わせた実際の判断を見てみます。ある部門で、データ分析を担う課長が急な家庭の事情で退職することになりました。後継者マップを確認したところ、育成中の候補者はいましたが、専門性の面でまだ 1 年ほど時間が必要な段階でした。この状況で部長が取った判断は、次の 3 つを組み合わせるものでした。まず、即座に埋めるべき緊急度の高い課長ポジションには、社内の別部署で同種の分析業務に携わっていた人材を「異動」で迎え入れました。同時に、育成中だった候補者には「これまで通り育成を続け、2 年目には主任クラスとして今回異動してきた課長を支える立場に就いてほしい」と伝え、育成の手を緩めませんでした。さらに、中期的な人員の厚みを持たせるため、翌年度の新卒・中途採用計画にデータ分析職の「採用」枠を追加しました。緊急度の高い穴は異動で塞ぎつつ、中長期の育成と採用は並行して進める——この組み合わせが、4 手段を使い分ける実務の姿です。
人が足りないときの優先順位
人員ポートフォリオを設計していても、現実には人が足りない場面が生じます。そのときの優先順位の考え方を 3 つ整理します。
第 1 に、戦略的に重要な領域を優先することです。すべての課に均等に人を配分しようとすると、どの課も中途半端になります。レッスン 6 で扱う予算配分と同様、人員配分もゼロサムであるという前提に立ちます。
第 2 に、業務の削減・簡素化を先に検討することです。安易に増員を求める前に、業務そのものを削減・効率化できないかを検討します。
第 3 に、短期の代替策と中期の解消策を分けて考えることです。目の前の人手不足には外部委託や応援体制といった短期の代替策で対応しつつ、中期的には育成や採用で根本的に解消する計画を並行して持ちます。
優先順位付けが実際に問われた場面を挙げます。ある部門で、繁忙期を前にして 2 つの課が同時に「増員してほしい」と要望を出してきました。予算と採用枠の都合上、両方に応えることはできません。部長がまず確認したのは、それぞれの課が今期の戦略上どれだけ重要かという点でした。片方は主力事業を支える課で欠員が出れば事業継続に直結する一方、もう片方は繁忙期特有の一時的な業務量増加でした。ここで部長は、主力事業の課には正社員の増員枠を割り当て、もう一方の課には期間限定の応援要員や外部委託で乗り切る方針を伝えました。「増員してほしい」という要望をそのまま数だけ足し合わせるのではなく、戦略的重要度と、業務量増加が一時的か恒常的かという 2 つの軸で優先順位を判断したことになります。
後継者パイプライン設計でよくある失敗
後継者パイプラインと人員ポートフォリオの設計では、共通して陥りやすい失敗のパターンがあります。
第 1 の失敗は、お気に入りの 1 人だけを後継候補にすることです。特定の優秀なメンバーに目をかけるあまり、そのメンバーだけを後継者として育成し、ほかの候補を検討しないまま時間が過ぎてしまうケースです。本レッスンの冒頭で扱った通り、唯一の候補が異動や離職で抜けた瞬間に、部門は後継者不在に陥ります。
第 2 の失敗は、育成アサインを与えっぱなしにすることです。タフアサインメントを任せた後、本人の状況を確認せず放置してしまうと、難度が高すぎた場合に本人が孤立し、失敗体験だけが残ります。定期的な 1on1 で進捗と心理的な負荷を確認する伴走が欠かせません。
第 3 の失敗は、人員ポートフォリオを一度作ったきり更新しないことです。3〜5 年の計画は、事業環境の変化に応じて見直す前提で作るべきものです。年に一度は成長領域・縮小領域の見立てを棚卸しし、計画を更新する機会を持つことが実務的です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 「1 ポジション 1 人」の発想は候補者の異動や離職、タイミングのずれ、複数ポジションの連動によって機能しにくく、部門内の複数ポジションを面として描く後継者パイプラインが必要
- 後継者マップは、複数の課長級ポジションについて、準備度合いの異なる複数の候補者を整理して作る
- 育成アサインには越境・タフアサインメント・代行経験があり、難度と本人の準備状況のバランスを見極める
- 人員ポートフォリオは 3〜5 年の中期視点で、成長領域への重点配分と縮小領域からの異動誘導を設計する
- 人員確保の手段は採用・育成・異動・外部登用の 4 つで、時間軸と緊急度に応じて組み合わせる
- 人が足りないときは、戦略的重要度による優先順位付け、業務削減の検討、短期と中期の対策の切り分けで対処する
次のレッスンでは、部門予算の最終配分と、複数課長間の部門内政治の裁き方を扱います。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。