UX とは何か——使いやすさを測れるものにする
レッスン1:UX とは何か——使いやすさを測れるものにする
このレッスンで学ぶこと
- UI と UX の違いを、自分の言葉で説明できるようになる
- 使いやすさを 5 つの見方(学習しやすさ・効率・記憶しやすさ・エラー・満足度)に分解できるようになる
- 「感想」と「観察」の違いを理解し、使いにくさを事実として扱う発想を持つ
- 本コースが扱う範囲と、扱わない範囲を把握する
「このサイト、なんとなく使いにくい」。仕事の現場で、こうした感想を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。しかし、この感想だけでは、次に何を直せばよいのか誰にもわかりません。ある担当者は文字の大きさを疑い、別の担当者は色使いを疑い、また別の担当者はそもそも問題ではないと感じる。感想は人それぞれで、議論はしばしば平行線をたどります。
本コースは、この状況を変えるための入門コースです。UX(ユーザー・エクスペリエンス)という言葉を、ふわりとした感性の話としてではなく、観察と基準によって扱える技術として学びます。最初のレッスンでは、UX という言葉の輪郭をはっきりさせ、本コースがどこまでを扱うのかを明確にしたうえで、コース全体を貫く 6 つの考え方を確認します。
本コースが扱うこと、扱わないこと
UX という言葉は扱う範囲が広く、書籍やコースによって重心が大きく異なります。学び始める前に、本コースがどこに重心を置くのかをはっきりさせておきます。
本コースの重心は、次の一文に集約されます。UX とは、感性の話ではなく、測って直す話である。使いにくさは意見ではなく、観察と基準によって特定できます。この立場から、本コースはユーザビリティの評価方法・情報の構造設計・アクセシビリティ・裏側の業務まで含めた設計という、実務ですぐに使える 4 つの技法を扱います。
一方で、UX という言葉が扱う範囲には、本コースが意図的に扱わない話題もあります。契約前から契約後までの長い道のりを 1 枚の地図として描く技法や、満足度を指標として点数化する話題は、顧客体験関連の入門コースが扱います。新しい事業の種を見つけるための思考の進め方や、利用者への聞き取りを設計する手順は、新規事業関連の実践コースが扱います。話の組み立て方やスライドの見せ方といった視覚表現の技法は、プレゼンテーション関連の入門コースが扱います。画面をコードとして組み上げる技術的な手順は、Web 制作関連の入門コースが扱います。
なお、利用者像(ペルソナ)を具体的な人物像として描く作法についても、新規事業関連の実践コースが扱う話題であるため、本コースでは深く立ち入りません。
こうした線引きは、本コースの範囲を狭めるためのものではありません。むしろ、1 本のコースであれもこれもを浅く扱うより、情報設計・ユーザビリティ評価・アクセシビリティ・サービスブループリントという 4 つの技法を、実務で使える深さまで掘り下げるための判断です。すでに触れたことのある話題が出てきた場合は、本コースでは一言だけ触れて先に進みますので、詳しく学びたい方はそれぞれの話題を扱うコースにあたってください。
💡 ポイント 本コースが繰り返し使う「利用者」という言葉は、サイトやアプリ、社内システムを実際に操作する人を指します。「顧客」よりも広く、社内の別部署の担当者や、無償で使う人も含めて呼ぶための言葉として使います。以降のレッスンでも、この言葉を一貫して使います。
UI と UX の違い
UX を学ぶうえで、最初につまずきやすいのが UI(ユーザー・インターフェース)との違いです。この 2 つの言葉は、しばしば混同されたまま使われます。
UI は、利用者が画面上で実際に触れる部分そのものを指します。ボタンの形、文字の大きさ、色の組み合わせ、画面の並び方など、目に見え、手で触れる接点が UI です。
一方の UX は、利用者がその接点を通じて何を感じ、何を達成できたかという、体験全体の質を指します。同じボタンでも、押しやすい位置にあれば快適な体験になり、押しづらい位置にあれば不快な体験になります。つまり UI は UX を左右する要素の 1 つですが、UX そのものではありません。
この違いを、簡単な比喩で確認しましょう。UI が「道具の形」だとすれば、UX は「その道具を使ったときの一連の出来事」です。使いやすい取っ手の付いたドアが UI であるのに対し、そのドアを押して部屋に入り、目的の作業を終えて出ていくまでの一連の流れ全体が UX にあたります。UI が優れていても、目的の部屋にたどり着くまでの案内が不親切であれば、UX 全体としては不満の残る体験になります。
📝 補足 UI と UX を厳密に切り分けようとすると、境界が曖昧に感じられる場面もあります。実務では、無理に切り分けるよりも「いま話しているのは、見た目や操作感(UI)の話か、それとも目的を達成できたかどうか(UX)の話か」を意識するだけでも、議論がかみ合いやすくなります。
なぜ使いやすさを測る必要があるのか
「使いにくくても、慣れれば済む話ではないか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、使いにくさを放置すると、目に見えにくい形で損失が積み重なっていきます。利用者は操作に迷うたびに、目的の作業を諦めて離脱するか、周囲の人や窓口に助けを求めます。後者が増えれば、問い合わせ対応の負担が増え、対応する担当者の時間も奪われます。
さらに厄介なのは、使いにくさの多くが「担当者には気づかれない」という性質を持つ点です。日々その画面を操作している担当者は、すでに操作の手順を覚えてしまっているため、初めて触れる利用者がどこで迷うかを想像しにくくなります。この状態を「知識の呪い」と呼ぶこともあります。自分が知っていることを前提に、相手も同じように理解できるはずだと思い込んでしまう現象です。
使いやすさを測るという行為は、この思い込みを外し、担当者の目線ではなく利用者の目線に立ち返るための手段です。感覚に頼った改善は、担当者の想像の範囲でしか行われません。一方、観察にもとづく改善は、担当者が想像もしなかった問題を見つけ出せる可能性を持っています。
📖 もっと詳しく 初めて見る画面で操作方法を推測しようとするとき、利用者の頭の中で一時的に処理すべき情報が増えます。この負荷は「認知負荷」と呼ばれ、高いほど利用者は迷いやすくなります。以降のレッスンで扱う設計技法の多くは、この負荷を小さく保つ工夫として読み替えることができます。
使いやすさを 5 つの見方に分解する
「使いやすい」という言葉は便利ですが、あまりに漠然としています。この言葉を実務で扱える単位に分解する考え方が、ユーザビリティという概念です。ユーザビリティとは、ある利用者が、ある状況のもとで、ある目的を達成する際の、使いやすさの度合いを指します。
ユーザビリティを測るための代表的な枠組みとして、次の 5 つの見方に分解する考え方が広く使われています。
- 学習しやすさ:初めてその画面に触れた利用者が、基本的な操作をどれだけ簡単に覚えられるか
- 効率:操作を覚えたあとの利用者が、目的の作業をどれだけ早く終えられるか
- 記憶しやすさ:しばらく使わずに間があいたあと、利用者がどれだけ早く元の使い方を思い出せるか
- エラー:利用者がどれだけ誤操作を起こしやすいか、そして誤操作からどれだけ簡単に立ち直れるか
- 満足度:その画面を使うこと自体が、利用者にとってどれだけ心地よいか
この 5 つの見方が役立つのは、「使いにくい」という一言では見えなかった問題の所在を、具体的に指し示せるようになるからです。例えば新人利用者にとっては迷いやすいが、慣れた利用者にとっては効率よく使えている、という状態は珍しくありません。この場合、問題は学習しやすさにあり、効率にはありません。逆に、覚えるのは簡単だが操作の回数が多くて時間がかかる、という状態であれば、問題は効率にあります。
🔰 初学者の方へ 「使いにくい」という感想を聞いたら、まずこの 5 つのどれに当てはまりそうかを考える習慣をつけてみましょう。それだけで、次に何を確認すればよいかの見当がつきやすくなります。
5つの見方ごとに、現場でよく見られる症状と、対応の方向性を整理すると次のようになります。
| 見方 | よく見られる症状 | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 学習しやすさ | 初回利用者が最初の一歩を踏み出せない | 最初の操作だけを案内する導入表示を用意する |
| 効率 | 慣れた利用者でも毎回同じ手順を繰り返している | 頻度の高い操作への近道を用意する |
| 記憶しやすさ | 久しぶりに開いた利用者が手順を忘れている | 前回の状態を保持し、次に何をすべきかを示す |
| エラー | 特定の入力欄で間違いが繰り返される | 入力の形式をその場で確認できるようにする |
| 満足度 | 操作は完了できるが不満の声が多い | 完了までの手間や待ち時間そのものを見直す |
この表からわかるとおり、症状に応じて対応の方向性はまったく異なります。「使いにくい」という感想だけを頼りに改善を進めると、症状と対応がかみ合わず、遠回りになりがちです。
5つの見方は、互いにトレードオフの関係になることもあります。例えば、初めて使う人向けに丁寧な説明を画面に表示すると学習しやすさは高まりますが、その説明が毎回表示され続けると、慣れた利用者にとっては効率を下げる要因になります。優れた設計とは、5 つすべてを同時に最大化することではなく、利用者の状況に応じて、どの見方を優先するかを判断することです。
感想と観察の違い
冒頭で紹介した「なんとなく使いにくい」という感想には、決定的な弱点があります。それは、誰が、どの場面で、何につまずいたのかが具体的に示されていない点です。この弱点を克服する鍵が、感想と観察を区別する発想です。
感想とは、ある人が自分の経験や好みにもとづいて下す主観的な評価です。「なんとなく使いにくい」「もっとおしゃれにしたほうがよい」といった発言は、その人にとっては真実であっても、ほかの利用者にも当てはまるとは限りません。
一方の観察とは、実際に利用者が操作している様子を見て、何が起きたかを記録することです。「利用者は申し込みボタンを探して画面を 3 往復した」「利用者は入力欄の説明文を読まずに、誤った形式で電話番号を入力した」といった記述は、誰が見ても同じ事実として確認できます。
この違いは、社内での合意形成に大きく影響します。感想をぶつけ合う会議では、声の大きい人や役職の高い人の意見が通りやすくなります。一方、観察された事実にもとづく会議では、「利用者が実際にこう行動した」という共通の土台の上で議論できるため、立場に関係なく建設的な話し合いが進みやすくなります。
⚠️ 注意 観察といっても、記録者の解釈が混ざり込むことがあります。「利用者は迷っているようだった」という記述は、すでに観察者の解釈です。「利用者は画面を見たまま 7 秒間操作をせず、その後もう一度トップに戻った」のように、行動そのものを記述することを意識しましょう。解釈と事実を分けて記録する習慣は、レッスン3で扱うユーザビリティテストの記録でも重要になります。
具体的な場面で確認してみましょう。ある社内システムの申請画面について、担当者から「入力欄が多くて使いにくい」という声が上がったとします。この段階ではまだ感想です。ここで実際に利用者の操作を観察すると、「入力欄の数自体には迷っていないが、必須の項目と任意の項目の区別がつかず、すべての項目を埋めようとして時間がかかっている」という事実が見えてきたとします。この場合、直すべきは入力欄の数ではなく、必須と任意を見分けられる表示です。感想だけを頼りに項目数を減らす対応をしていたら、本当の原因は残ったままになっていたでしょう。
もちろん、感想がまったく無価値というわけではありません。感想は「どこかに問題がありそうだ」という当たりをつける出発点として役立ちます。大切なのは、感想で議論を終わらせず、観察によって裏付けを取るという順序です。本コースの後半で扱うヒューリスティック評価とユーザビリティテストは、まさにこの「感想を観察に変える」ための具体的な手順です。
6 つの中核メッセージ
ここまでの内容を踏まえ、本コース全体を貫く 6 つの中核メッセージを提示します。この 6 つは、レッスンが進むごとに形を変えて繰り返し登場します。いまの時点で完全に理解できていなくても構いません。まずは全体像として頭に置いておいてください。
| No. | 中核メッセージ |
|---|---|
| 1 | 使いにくさは、感想ではなく観察できる事実である |
| 2 | 迷う原因の多くは見た目ではなく、構造にある |
| 3 | 利用者は説明を読まない。読まなくても済む形にするのが設計である |
| 4 | 少人数を丁寧に観察すると、大きな問題は早い段階で見える |
| 5 | アクセシビリティは特別な配慮ではなく、設計の前提である |
| 6 | 提案は「良くなる」ではなく「何が、どれだけ変わるか」で通す |
1つ目は、このレッスンで扱った内容そのものです。2 つ目は、レッスン4で扱う情報設計の考え方につながります。見た目を整えるだけでは解決しない迷いの多くは、情報の構造そのものに原因があります。3 つ目は、レッスン5で扱う仕様の書き方の前提になります。利用者は説明文を読み込んでから操作するのではなく、見た瞬間の印象で操作を始めるものです。4 つ目は、レッスン3で扱うユーザビリティテストの中核となる考え方です。5 つ目は、レッスン6で扱うアクセシビリティの位置づけそのものです。特別な対応ではなく、設計の前提として組み込む発想を学びます。6 つ目は、レッスン8で扱う、改善提案を組織で通すための書き方につながります。
💡 ポイント 6 つの中核メッセージに共通するのは、どれも「感覚」ではなく「手順」として扱える点です。本コースは、センスを磨くコースではありません。観察し、構造化し、基準に照らして判断する手順を身につけるコースです。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- UI は利用者が触れる接点そのものであり、UX はその接点を通じた体験全体の質を指す
- 使いやすさは、学習しやすさ・効率・記憶しやすさ・エラー・満足度の 5 つの見方に分解して扱える
- 感想は議論の出発点にはなるが、観察された事実による裏付けがなければ次の一歩につながらない
- 本コースは情報設計・ユーザビリティ評価・アクセシビリティ・サービスブループリントに重心を置き、体験全体の道のりを描く技法や視覚表現の技法はほかの入門コース・実践コースに委ねる
- 本コースは 6 つの中核メッセージを軸に、感覚ではなく手順として使いやすさを扱っていく
次のレッスンでは、ユーザビリティを専門家の視点で評価する「ヒューリスティック評価」を扱います。ニールセンの 10 のユーザビリティ原則という、実務で広く使われている評価軸を 1 つずつ確認しながら、限られた時間と人数でも問題を洗い出せる方法を学びます。感想を観察に変える最初の一歩として、専門家自身の目で構造的に点検する手順から始めましょう。この土台があると、以降のレッスンで扱う情報設計やアクセシビリティの理解も、格段にスムーズになります。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。