ユーザビリティの原則とヒューリスティック評価
レッスン2:ユーザビリティの原則とヒューリスティック評価
このレッスンで学ぶこと
- ニールセンの 10 のユーザビリティ原則を、それぞれ実務の例とともに説明できる
- 複数人で独立に評価してから突き合わせる、ヒューリスティック評価の進め方を理解する
- 見つかった問題に重大度を付ける発想を身につける
- ヒューリスティック評価の限界と、行動経済学のヒューリスティックとの違いを把握する
レッスン1では、使いやすさを学習しやすさ・効率・記憶しやすさ・エラー・満足度の 5 つの見方に分解し、感想ではなく観察によって使いにくさを特定する発想を学びました。このレッスンでは、観察の前段階として、専門知識を持つ評価者が画面を構造的に点検する「ヒューリスティック評価」という手法を扱います。利用者を集めなくても、短時間で多くの問題を洗い出せる、実務上たいへん使い勝手のよい手法です。
ヒューリスティック評価とは
ヒューリスティック評価とは、ユーザビリティの原則にもとづいて、評価者が画面を 1 つずつ点検し、原則から外れている箇所を洗い出す手法です。ここでの「ヒューリスティック」とは、経験にもとづいて作られた、判断のための目安という意味です。
この手法の大きな利点は、利用者を集める必要がなく、短時間で実施できる点にあります。レッスン3で扱うユーザビリティテストが、実際の利用者の行動を観察する手法であるのに対し、ヒューリスティック評価は、評価者自身の専門知識を頼りに問題を洗い出す手法です。両者は代わりになるものではなく、補い合う関係にあります。ヒューリスティック評価で見えやすい問題と見えにくい問題があり、その限界については、このレッスンの終盤で改めて扱います。
ニールセンの 10 のユーザビリティ原則
ヒューリスティック評価で最も広く使われている評価軸が、ヤコブ・ニールセン氏が 1994 年に整理した 10 のユーザビリティ原則です。日本語訳はいくつか流通していますが、本コースでは次の訳語に統一して使います。
- システム状態の可視性(Visibility of System Status)
- システムと実世界の一致(Match Between the System and the Real World)
- 利用者の主導権と自由度(User Control and Freedom)
- 一貫性と標準(Consistency and Standards)
- エラーの防止(Error Prevention)
- 記憶よりも認識(Recognition Rather Than Recall)
- 柔軟性と効率性(Flexibility and Efficiency of Use)
- 美的で最小限のデザイン(Aesthetic and Minimalist Design)
- エラーの認識・診断・回復の支援(Help Users Recognize, Diagnose, and Recover from Errors)
- ヘルプとマニュアル(Help and Documentation)
以降、1 つずつ実務の例とともに確認していきます。
1.システム状態の可視性
システムがいま何をしているかを、利用者に常に伝える原則です。データを送信中なのか、処理が完了したのか、利用者は画面を見るだけでわからなければなりません。送信ボタンを押しても画面に変化がなければ、利用者は何度もボタンを押してしまい、意図せず二重に送信してしまうことがあります。
2.システムと実世界の一致
利用者が日常で使う言葉や考え方に、システム側の表現を合わせる原則です。社内でしか通じない専門用語や、開発の都合で決まった項目名をそのまま画面に出すと、利用者は意味を推測しなければならなくなります。
3.利用者の主導権と自由度
誤って進んでしまった操作から、利用者が自分の意思で引き返せるようにする原則です。入力を取り消す手段や、前の画面に戻る手段がなければ、利用者は誤操作のたびに最初からやり直すことになります。
4.一貫性と標準
同じ意味の操作には、同じ見た目と同じ言葉を一貫して使う原則です。ある画面では「送信」と表記され、別の画面では同じ操作が「確定」と表記されていると、利用者はそれが同じ操作なのか、違う操作なのかを毎回考えなければならなくなります。
5.エラーの防止
エラーメッセージを丁寧にすることよりも、そもそもエラーが起きない設計を優先する原則です。取り返しのつかない操作の前に確認を挟む、入力形式が誤っていたらその場で知らせる、といった工夫が該当します。
6.記憶よりも認識
利用者に記憶を頼らせるのではなく、必要な情報をその場で見せる原則です。前の画面で見た内容を、次の画面でも覚えていることを前提にした設計は、利用者に負担を強います。選択肢を一覧で見せる設計は、空欄に自由入力させる設計より、この原則に沿っています。
7.柔軟性と効率性
初めて使う利用者にもわかりやすく、かつ、慣れた利用者には近道を用意する原則です。すべての利用者に同じ手順を強いるのではなく、頻度の高い操作にはショートカットや一括操作の手段を用意します。
8.美的で最小限のデザイン
いまの操作に関係のない情報を画面に詰め込まない原則です。情報が多すぎると、利用者は本当に必要な情報を見つけにくくなります。装飾のための要素よりも、目的の達成に役立つ要素を優先します。
9.エラーの認識・診断・回復の支援
エラーが起きてしまったときに、原因と対処法を利用者にわかる言葉で伝える原則です。「エラーが発生しました」とだけ表示するのではなく、「電話番号は数字のみで入力してください」のように、何が誤りで、どう直せばよいかを具体的に示します。
10.ヘルプとマニュアル
説明を読まなくても操作できる設計が理想ですが、それでも必要になる場面のために、探しやすい場所に説明を用意しておく原則です。長大なマニュアルを 1 冊用意するより、いまの操作に関係する範囲だけを、その場で確認できる形が望まれます。
💡 ポイント 10 の原則は、暗記することが目的ではありません。画面を見たときに「この原則に照らすとどうか」と当てはめて考える道具として使います。慣れないうちは、原則の一覧を手元に置きながら 1 つずつ確認する進め方で十分です。
ヒューリスティック評価の進め方
ヒューリスティック評価は、1 人だけで行うよりも、複数人で行うほうが効果的であることが知られています。評価者によって気づく問題が異なるためです。標準的な進め方は、次の 3 段階です。
flowchart LR
A[各評価者が独立に点検する] --> B[問題点を持ち寄る]
B --> C[重複を整理し重大度を付ける]
C --> D[改善の優先順位を合意する]
この図は、複数人で行うヒューリスティック評価の標準的な流れを示しています。重要なのは、最初の点検を独立に行う点です。最初から集まって話し合いながら点検すると、声の大きい人の指摘に引っ張られ、ほかの視点が埋もれてしまいます。まず 1 人ずつ静かに画面を操作しながら問題点を書き出し、そのあとで持ち寄って突き合わせる進め方が推奨されます。
評価者の人数については、少人数でも一定の効果があるとされていますが、1 人だけの評価では見落としが多くなりやすいため、可能であれば 3 人から 5 人程度で行うことが望まれます。人数を増やすほど新しい問題が見つかりやすくなる一方、増やしすぎると持ち寄りの調整に時間がかかるため、現実的な範囲で人数を決めましょう。評価者全員がユーザビリティの専門家である必要はありません。10 の原則を理解していれば、担当業務の異なるメンバーが加わることで、かえって多様な問題が見つかることもあります。
🔰 初学者の方へ 初めてヒューリスティック評価を行う場合は、10 の原則すべてを一度に確認しようとせず、まずは画面を上から下まで一通り操作しながら気になった箇所をメモし、あとから該当する原則を当てはめる進め方でも構いません。慣れてきたら、原則ごとに画面を見直す進め方に移行しましょう。
重大度の付け方
複数の評価者から問題点が持ち寄られると、多くの場合、数十件におよぶ指摘が集まります。すべてを同時に直すことは現実的ではないため、重大度を付けて優先順位をつける作業が欠かせません。
重大度を判断する際の目安として、次の 2 つの観点を組み合わせる考え方が広く使われています。
- 頻度:その問題に、どれだけ多くの利用者が遭遇するか
- 影響度:その問題に遭遇したとき、利用者の作業がどれだけ止まるか
この 2 つを組み合わせ、問題ではない・見た目だけの軽微な問題・時々起きる軽い問題・繰り返し起きる重い問題・利用そのものを妨げる致命的な問題、という 5 段階程度で整理する考え方が一般的です。致命的な問題は最優先で対応し、見た目だけの軽微な問題は、余力があるときにまとめて対応する、という判断がしやすくなります。
| 段階 | 目安 | 対応の優先度 |
|---|---|---|
| 0:問題ではない | 原則には触れるが、利用者の作業に影響しない | 対応不要 |
| 1:軽微な問題 | 見た目上の違和感はあるが、作業は完了できる | 余力があるときに対応 |
| 2:軽い問題 | 一部の利用者が、時々つまずく | 次回の改善時に対応 |
| 3:重い問題 | 多くの利用者が繰り返しつまずく | 優先して対応 |
| 4:致命的な問題 | 利用者が目的の作業を完了できない | 最優先で対応 |
この表はあくまで目安であり、組織によって段階の呼び方や数は異なります。大切なのは段階の名前ではなく、頻度と影響度という 2 つの観点で判断し、対応の順序を関係者で合意できる状態を作ることです。
📝 補足 重大度の判断は、評価者どうしで意見が割れることがあります。ある評価者は軽微だと感じても、別の評価者は重大だと感じる場合、その場で無理に 1 つの数字にそろえる必要はありません。判断が割れたこと自体を記録し、レッスン3で扱う利用者の観察で裏付けを取る対象として残しておくのも有効な進め方です。
原則が競合する場面
10 の原則は、常にすべてが同時に満たせるとは限りません。例えば「一貫性と標準」を優先して既存の表記をそのまま使い続けると、「システムと実世界の一致」の観点では、利用者にとってわかりにくい言葉が残ってしまうことがあります。逆に、利用者にとってわかりやすい言葉に変えようとすると、社内のほかの画面との一貫性が崩れることもあります。
このような競合が起きたときは、どちらの原則を優先するかを、利用者への影響の大きさで判断します。多くの利用者が頻繁に触れる画面であれば、わかりやすさを優先して表記を見直す価値が高くなります。逆に、利用者にとって影響が小さく、社内の運用コストが大きい変更であれば、一貫性を保つ判断もあり得ます。原則は絶対のルールではなく、判断のための物差しとして使うことが大切です。
具体的な場面で確認しましょう。ある社内システムでは、長年「起票」という社内独自の言葉で申請の作成を表していました。この言葉は、システムと実世界の一致という原則からすると、新しく入った利用者にはわかりにくい表現です。しかし、社内のほかの複数の画面や、関連する紙の書類にも同じ言葉が広く定着していました。この場合、画面上の表記だけを「申請の作成」に変えると、かえって紙の書類や口頭でのやり取りとの間に新たなずれが生まれてしまいます。このようなときは、表記そのものを変えるのではなく、初めて触れる利用者向けに、その言葉の意味をその場で確認できる説明を添えるという判断も選択肢になります。原則どうしの競合には、どちらか一方を選ぶ以外にも、両方の原則をできる範囲で満たす第三の対応がないかを探る姿勢が役立ちます。
⚠️ 注意 原則どうしが競合したとき、評価者個人の好みで結論を決めてしまうと、結局は感想の域を出ません。次のレッスンで扱うユーザビリティテストで、実際の利用者がどちらの表現をより早く理解できるかを観察し、判断の裏付けにする姿勢が大切です。
行動経済学のヒューリスティックとの違い
ここで、混同されやすい用語について整理しておきます。「ヒューリスティック」という言葉は、意思決定や行動経済学関連の入門コースでも登場する言葉ですが、指している内容はまったく異なります。
行動経済学でいうヒューリスティックとは、人が意思決定をする際に無意識に使う、思考の近道のことです。少ない情報から素早く判断を下せる一方で、思い込みや偏りにつながることもあり、判断のゆがみを指す文脈で語られることが多い概念です。
一方、本レッスンで扱ったヒューリスティック評価のヒューリスティックとは、評価者が画面を点検する際に使う、経験にもとづく判断の目安を指します。利用者の思考の近道を分析する概念ではなく、評価者が画面の良し悪しを判断するための道具です。同じ言葉が使われていますが、意味する対象が異なるため、混同しないよう注意してください。
ヒューリスティック評価の限界
ヒューリスティック評価には大きな利点がある一方で、限界もあります。評価者がどれだけ経験を積んでいても、実際の利用者がどこで迷うかを完全に予測することはできません。評価者自身がその画面や業務に詳しくなりすぎていると、初めて触れる利用者の視点を見落とすことがあります。これはレッスン1で触れた「知識の呪い」と同じ構造です。
また、ヒューリスティック評価は「原則から外れている箇所」を見つけることには強い一方で、「利用者が実際にどれだけ困るか」という度合いまでは正確にはわかりません。重大度の判断はあくまで評価者の推測であり、実際に利用者を観察して確かめる必要があります。この限界を補うのが、次のレッスンで扱うユーザビリティテストです。ヒューリスティック評価で当たりをつけ、ユーザビリティテストで裏付けを取るという組み合わせが、実務では効果的です。
💡 ポイント 2 つの手法は、どちらか一方を選ぶものではありません。限られた予算と時間の中では、まずヒューリスティック評価で明らかな問題を洗い出し、残った疑問点をユーザビリティテストで確かめる、という順序で組み合わせるのが現実的です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- ヒューリスティック評価は、評価者がユーザビリティの原則にもとづいて画面を点検する手法である
- ニールセンの 10 のユーザビリティ原則は、システム状態の可視性から始まり、ヘルプとマニュアルまでの 10 項目で構成される
- 評価は独立した点検から始め、持ち寄って突き合わせる進め方が効果的である
- 見つかった問題には、頻度と影響度にもとづいて重大度を付け、優先順位をつける
- 原則どうしが競合する場面では、利用者への影響の大きさで判断する
- ヒューリスティック評価のヒューリスティックと、行動経済学のヒューリスティックは、同じ言葉でも指す対象が異なる
- ヒューリスティック評価には限界があり、実際の利用者を観察する手法と組み合わせることが望ましい
次のレッスンでは、実際の利用者を観察する「ユーザビリティテスト」の設計と実施を扱います。タスクの設計方法や、思考発話法という観察の技法、そして少人数の観察でも重大な問題が見えやすい理由とその前提について学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。