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スキルアップカレッジ

トップメッセージの設計

レッスン2:トップメッセージの設計

このレッスンで学ぶこと

  • 経営の言葉がそのままでは届かない理由を理解する
  • 抽象的な経営の言葉を、社員にとって具体的な意味に翻訳する技法を身につける
  • 社長が書きたいことと、社員が知りたいことのずれを埋める発想を持つ
  • 平時と有事でメッセージの設計をどう変えるか、原稿づくりの実務プロセスを理解する

前回のレッスンでは、インターナルコミュニケーションの全体像と、コースを貫く 6 個の中核メッセージを確認しました。今回は、社内向け発信の中でもっとも影響力が大きく、もっとも難しい「トップメッセージの設計」に踏み込みます。

なぜ経営の言葉は届かないのか

多くの会社で、経営陣のメッセージは丁寧に作られています。それでも社員には届いていない、というすれ違いがよく起こります。理由は主に 3 つあります。

理由 1:抽象度が違う

経営が語る言葉は、会社全体を見渡す立場から生まれます。「成長戦略」「事業ポートフォリオの再構築」「持続可能な価値創造」といった言葉は、経営の視点では具体的な意味を持っていますが、日々の業務に向き合う社員にとっては、自分の仕事とどうつながるのかが見えにくい言葉です。

理由 2:関心の対象が違う

経営が語りたいのは、多くの場合「会社がどこに向かうか」です。一方で社員が知りたいのは、「自分の仕事がどう変わるか」「自分の評価や処遇にどう影響するか」「これから何をすればよいか」です。同じ話題について語っていても、関心の焦点がずれているため、経営の話が「自分ごと」として届きません。

理由 3:言葉の重みに差がある

経営陣にとっては、何度も議論を重ねてきた末にたどり着いた言葉であっても、社員にとっては初めて耳にする言葉です。経営の側では「もう十分に説明した」と感じていても、社員の側では「まだ一度しか聞いていない」ということがよく起こります。この重みの差を理解しないまま発信の頻度を減らすと、届く前に忘れられてしまいます。

💡 ポイント 経営の言葉が届かないのは、経営陣の説明が下手だからではなく、抽象度・関心の対象・言葉の重みという 3 つの構造的なずれがあるからです。この構造を理解することが、翻訳という仕事の出発点になります。

翻訳という仕事——抽象を具体に落とす技法

経営の言葉を社員に届く言葉に変える作業を、本コースでは「翻訳」と呼びます。翻訳は、単に言葉をやさしくすることではありません。次の 3 つの問いに答える作業です。

問い 1:誰にとっての意味か

経営方針の中身を、部署やチームの単位まで具体的に落とし込みます。「事業ポートフォリオの再構築」という言葉であれば、「営業部門にとっては、扱う商品の構成がこう変わる」「製造部門にとっては、こういう投資が増える」というように、聞き手ごとに意味を変換します。全社員に同じ言葉で語りかけるだけでは、翻訳は完成しません。

問い 2:何をすればよいのか

方針の説明で終わらせず、その方針を受けて社員が具体的にどう行動すればよいのかまで示します。「顧客志向を徹底する」という抽象的な方針だけでは、社員は何をすればよいかわかりません。「問い合わせへの一次回答までの時間を意識する」のように、行動として想像できる水準まで具体化して初めて、方針が仕事に接続されます。

問い 3:なぜ今なのか

方針が語られるタイミングの背景を説明します。同じ内容でも、なぜこのタイミングで語られているのかがわかると、社員の受け止め方は大きく変わります。突然の方針転換のように見える発信も、背景の説明が添えられていれば、納得感を持って受け止められます。

📝 補足 3 つの問いすべてに完璧に答える必要はありません。しかし、経営メッセージの原稿を書く前にこの 3 つを自問するだけで、抽象的な言葉のまま発信してしまう失敗をかなり防げます。

翻訳の具体例——抽象な一文をどう書き換えるか

言葉だけではわかりにくいので、実際の書き換え例を見てみましょう。

翻訳前:「当社は今期、事業ポートフォリオの再構築を通じて、持続可能な成長基盤を確立してまいります」

この一文は、経営方針としては誤りではありませんが、社員が読んでも、自分の仕事にどう関わるのかが見えません。これを 3 つの問いに沿って翻訳すると、次のようになります。

翻訳後:「今期は、成長が見込みにくい一部の事業から人と投資を移し、伸びている事業に重点的に振り向けます。営業部門は新しい重点商品の研修を来月から始めます。製造部門は新しい生産ラインの立ち上げに人員を回すため、一部の応援体制をお願いすることになります。この再編は、来期以降の給与や賞与の原資を安定させるための投資だと考えてください」

翻訳後の文章は、誰にとっての意味か(営業部門・製造部門それぞれへの影響)、何をすればよいか(研修、応援体制)、なぜ今なのか(来期以降の原資の安定という理由)が明確になっています。文章としての長さは増えますが、社員にとっての「自分ごと度」は大きく変わります。

⚠️ 注意 翻訳の過程で、経営が意図していない断定や約束を書き加えてしまわないよう注意が必要です。原稿づくりの担当者は、経営者の意図を正確に確認しながら翻訳を進める必要があります。わからない点は、憶測で埋めずに経営者に確認します。

社長が書きたいことと社員が知りたいことのずれ

トップメッセージの原稿づくりで頻繁に起こる摩擦が、社長が書きたいことと、社員が読みたいことのずれです。

経営者が語りたいのは、多くの場合、ビジョンへの熱意や、これまでの成果への誇り、将来への決意です。これらは経営者にとって本心であり、軽んじるべきものではありません。一方で、社員が知りたいのは、もう少し実務的な内容です。自分の部署はどうなるのか、人員は増えるのか減るのか、今の仕事のやり方は変わるのか——こうした問いへの答えが見えないまま、熱意や決意だけが語られると、社員は「立派な話だが、自分には関係がない」と受け止めてしまいます。

このずれを埋める役割を担うのが、原稿づくりに関わる広報や経営企画の担当者です。経営者の熱意や言葉づかいを尊重しながら、社員が知りたい実務的な内容を、原稿のどこかに必ず組み込む——この編集判断が、トップメッセージの質を左右します。

⚠️ 注意 経営者の言葉を「実務的な内容ばかり」に書き換えてしまうと、今度は熱意が伝わらない、人間味のない原稿になります。熱意と実務のどちらかに偏らせるのではなく、両方を原稿の中に共存させる編集が求められます。

トップメッセージの型——背景・意味・行動の 3 層構造

原稿づくりを進めやすくするために、トップメッセージを 3 つの層で組み立てる型を紹介します。

第 1 層:背景

なぜこの話をするのか、何が起きているのかを説明します。市場の変化、会社の状況、これまでの経緯など、話の前提を共有する層です。

第 2 層:意味

その背景が、会社にとって、そして社員にとってどういう意味を持つのかを説明します。ここが、前述した「翻訳」の作業がもっとも生きる層です。

第 3 層:行動

社員に期待する行動、あるいは経営として今後実施する対応を示します。抽象的な決意で終わらせず、具体的な次の一歩を示すことで、メッセージが「読んで終わり」にならず、行動につながります。

背景から入り、意味を経て、行動で締める——この順序を守るだけで、トップメッセージのわかりやすさは大きく変わります。順序を逆にして行動から語り始めると、社員は「なぜそうするのか」がわからないまま指示だけを受け取る形になり、納得感が生まれにくくなります。

平時のメッセージ設計——頻度・長さ・チャネル

平時のトップメッセージは、無理のない頻度と長さで、継続的に発信することが重要です。

頻度

月に 1 回程度の定例的な発信が、多くの会社で実務上のボリューム帯です。頻度が低すぎると、社員の記憶に残らないまま次の発信までの間隔が空いてしまいます。逆に頻度が高すぎると、1 回あたりの重みが薄れ、社員が読み飛ばすようになります。

長さ

文章であれば、1 回あたり数百字から千字程度が、無理なく読み切れる目安です。動画であれば数分程度に収めるのが実務的です。長くなるほど、最後まで読んでもらえる割合は下がります。伝えたいことを絞り込む編集の力が問われます。

チャネル

文章だけでなく、動画や、全社集会での語りかけなど、複数のチャネルを組み合わせることで、読む・見る・聞くという異なる受け取り方に対応できます。ただし、チャネルを増やしすぎると「どこを見ればよいかわからない」という状態を招きます。主となるチャネルを 1 つ決め、他は補完的に使う設計が実務的です。

有事のメッセージ設計の違い

平時とは異なり、業績の急変、組織の大きな変更、トラブルの発生など、有事の局面では、トップメッセージの設計原則が変わります。

速さを優先する

有事では、正式な発表を待つ間に、社内で憶測や不安が広がります。詳細が固まりきっていなくても、「今、何が起きていて、いつまでに詳細を伝えるか」という一報を早く出すことが、憶測の拡大を防ぎます。

率直さを優先する

有事のメッセージで曖昧な表現を使うと、社員は「何かを隠しているのではないか」と感じます。わかっていることとわかっていないことを分けて伝え、わかっていないことは正直に「わかっていない」と伝える方が、結果的に信頼を保ちます。

繰り返しを恐れない

有事の局面では、社員の不安が強く、一度の発信では届き切りません。同じ内容であっても、形を変えて複数回発信することが必要です。平時であれば「もう伝えた」と考えるタイミングでも、有事ではまだ足りていないことがほとんどです。

🔰 初学者の方へ 有事のメッセージ設計は、平時の延長ではなく、別の原則で動くものだと捉えてください。平時のペースのまま有事に対応しようとすると、発信が後手に回り、社員の不安がさらに広がってしまいます。

平時と有事の設計の違いを、まとめて確認しておきます。

観点 平時 有事
優先事項 完成度とわかりやすさ 速さと率直さ
頻度 月 1 回程度の定例 状況が動くたびに複数回
内容が固まっていない場合 固まってから発信する わかっている範囲で先に発信する
繰り返しへの姿勢 過度な繰り返しは避ける 繰り返しをためらわない

表 1:平時と有事のトップメッセージ設計の違い。同じ経営者の言葉でも、局面によって優先すべき原則が変わります。

原稿づくりの実務プロセス

トップメッセージの原稿は、経営者が一人で書き上げるものではなく、多くの場合、広報や経営企画の担当者が伴走して作り上げます。実務の流れを整理します。

ステップ 1:ヒアリング

経営者に、何を伝えたいのか、なぜ今なのかを聞きます。この段階では、経営者の言葉をそのまま受け止め、整理しすぎずに聞くことが大切です。整理を急ぐと、経営者の本心がこぼれ落ちてしまいます。

ステップ 2:ドラフト作成

ヒアリングした内容を、背景・意味・行動の 3 層構造に沿って整理し、原稿の形にします。この段階で、経営者が書きたいことと社員が知りたいことのずれを埋める編集を行います。

ステップ 3:すり合わせ

ドラフトを経営者に見せ、言葉づかいや強調したい点を確認します。経営者の言葉として不自然な部分がないか、逆に社員に届きにくい表現が残っていないかを、双方の視点で調整します。

ステップ 4:発信

チャネルとタイミングを決めて発信します。有事でない限り、発信直後に反応をすべて把握することは難しいため、後述する効果測定の仕組み(レッスン 8 で扱います)と組み合わせて、届き方を継続的に確認していきます。

📖 もっと詳しく 経営者の言葉を尊重しながら編集するという作業は、口で言うほど簡単ではありません。担当者が経営者の意図を正確につかめていないと、無難で当たり障りのない原稿になりがちです。日頃から経営者の考え方や口ぐせを理解しておくことが、良い原稿づくりの土台になります。

よくある失敗パターン

トップメッセージの原稿づくりで、繰り返し見られる失敗のパターンを 3 つ紹介します。

第 1 に、方針の説明だけで終わり、行動が示されない失敗です。何が変わるかは説明されているのに、では自分は何をすればよいのかが最後までわからない原稿は、読み終えた社員に宙ぶらりんな印象を残します。

第 2 に、熱意だけが先行し、実務的な情報が抜け落ちる失敗です。決意や期待の言葉ばかりが並び、社員が知りたい具体的な内容が一切触れられていないと、「立派だが空虚」という受け止められ方をします。

第 3 に、一度発信して満足してしまう失敗です。特に有事でない場合でも、重要な方針は一度の発信では浸透しません。形を変えながら繰り返し発信する意識を持つことが必要です。

第 4 に、原稿の言葉づかいが経営者の人柄と合っていない失敗です。担当者が型どおりに整えすぎた結果、普段の話し方とかけ離れた原稿になると、社員は違和感を覚えます。「本人の言葉に聞こえない」メッセージは、内容が正しくても届きにくくなります。ヒアリングの段階で経営者の口ぐせや言い回しを拾っておき、原稿の随所に活かすことが、この失敗を防ぐ工夫になります。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 経営の言葉が届かないのは、抽象度・関心の対象・言葉の重みという 3 つの構造的なずれがあるため
  • 翻訳とは、誰にとっての意味か、何をすればよいか、なぜ今なのかという 3 つの問いに答える作業
  • 社長が書きたいことと社員が知りたいことのずれを、編集の力で埋める
  • トップメッセージは背景・意味・行動の 3 層構造で組み立てる
  • 平時は頻度・長さ・チャネルを無理なく設計し、有事は速さ・率直さ・繰り返しを優先する
  • 原稿づくりはヒアリング・ドラフト作成・すり合わせ・発信という実務プロセスで進める

次のレッスンでは、トップメッセージという 1 つの発信から視野を広げ、社内報・社内メディア全体をどう編集し、企画するかを扱います。


確認クイズ

このレッスンの理解度をチェックしましょう。