本文へスキップ
スキルアップカレッジ

セルフコーチングとピアコーチング

レッスン6:セルフコーチングとピアコーチング

このレッスンで学ぶこと

  • セルフコーチングという発想と、オートクラインという現象を理解する
  • 書くセルフコーチングの具体的なやり方を身につける
  • 同僚同士のピアコーチングの組み方と約束事を理解する
  • 上下関係がないことの強みと弱みを理解し、対処できるようになる

前回のレッスンでは、ダイレクティブとノンディレクティブという姿勢のスペクトラムを学びました。ここまでは、コーチが相手に向けて関わる場面を扱ってきましたが、今回からは対象を広げます。まず、自分自身に向けるセルフコーチングと、対等な同僚同士で行うピアコーチングを扱います。

社内にコーチング的な関わりを広げたいと考えたとき、いきなり全社研修から始めようとすると、うまくいかないことがあります。まず自分自身で使ってみる、次に信頼できる同僚と少人数で試してみる、という小さな規模から始めるほうが、実際には定着しやすいものです。本レッスンで扱うセルフコーチングとピアコーチングは、この小さな一歩の中身にあたります。

自分に問いを向ける——セルフコーチングの発想

中核メッセージの 5 つ目は、人に使う前に、自分に使えるかどうかを確かめる、というものでした。これまで学んできたラポール、型の使い分け、姿勢の選択は、すべて自分自身に対しても使えます。

セルフコーチングとは、コーチという他者を置かず、自分で自分に問いを向け、答えを探る営みです。日常の中で誰もが無意識に行っている面もありますが、意図的に行うと精度が上がります。決断に迷ったとき、「本当はどうしたいのか」と自分に問いかける瞬間は、多くの人が経験しています。セルフコーチングは、この問いかけを場当たり的にではなく、意図的な技術として使う発想です。

💡 ポイント 人に対してコーチングを行う力を高めたいなら、まず自分自身に向けて使ってみることをおすすめします。相手にどう響くかを想像するだけでなく、自分がその問いにどう反応するかを体感することで、問いの質そのものへの理解が深まります。

セルフコーチングが特に有効なのは、判断に迷っていて、しかも今すぐ誰かに相談できない場面です。通勤の途中、寝る前の数分、大きな決断の前夜など、一人で考える時間はいくらでもあります。この時間を、ただ悩むのではなく、意図的な問いかけの時間に変えることが、セルフコーチングの実践です。

セルフコーチングの問いは、他者に向ける問いと基本的な発想は同じですが、自分に向けるからこそ生まれる難しさもあります。他者に問いを向けるときは、答えを急かさず待つことができますが、自分に向けるときは、都合の悪い答えから逃げるために、つい別の問いにすり替えてしまうことがあります。「本当はどうしたいのか」と自分に問いながら、答えが見え始めた瞬間に「でも現実的には」と別の思考に逃げてしまう。これは自然な反応ですが、セルフコーチングを続けるうえでは、この逃げに気づく力もあわせて育てる必要があります。

⚠️ 注意 セルフコーチングは、一人で抱え込むこととは違います。自分に向けた問いを重ねても答えが出ない場合や、考えるほど気持ちが沈んでいく場合は、無理に一人で解決しようとせず、次に扱うピアコーチングや、信頼できる相手との対話に切り替える判断も必要です。

オートクライン——話すことで自分が気づく現象

セルフコーチングを支える現象の一つに「オートクライン」があります。日本のコーチングの実務でよく使われる言葉で、自分が話した言葉を自分の耳で聞くことによって、話す前には気づいていなかったことに気づく現象を指します。

誰かに相談しているとき、相手がまだ何も言っていないのに、話しているうちに自分で答えを見つけてしまった経験がある方も多いはずです。これがオートクラインです。相手からの助言によってではなく、自分の言葉を自分で聞くという行為そのものが、気づきを引き起こします。

この現象は、コーチングという関わり方の土台そのものを説明しています。コーチが優れた助言を持っているから相手が変わるのではなく、相手が自分の言葉を自分で聞く機会を、コーチが場として用意しているから変化が起こる。オートクラインを知っておくと、コーチングという営みの仕組みそのものへの理解が深まります。

📝 補足 オートクラインが起きるためには、必ずしも聞き手が優れた助言をする必要はありません。むしろ、聞き手が黙って耳を傾けているだけのほうが、話し手は遮られずに自分の考えを最後まで言葉にでき、オートクラインが起きやすくなります。これは、レッスン 2 で扱った「存在感を示す」という視点とも重なります。

セルフコーチングでは、話す相手がいません。しかし、声に出して独り言のように話す、あるいは次に扱う「書く」という行為に置き換えることで、オートクラインに近い効果を自分一人でも起こせます。自分の考えを外に出し、それを自分自身が受け取り直すという構造は、相手が人間であっても紙であっても、同じように働きます。

実際の場面で考えてみます。ある人が、転職するかどうかを一人で何日も悩んでいたとします。友人に相談しようと電話をかけ、状況を説明し始めた途端、「あ、私、本当は転職したいわけじゃなくて、今の職場の特定の人間関係が嫌なだけかもしれない」と、話しながら気づいたとします。友人はまだ「うんうん」としか言っていません。それでもこの人は、自分の言葉を自分で聞くことによって、悩みの正体が変わったことに気づいています。これがオートクラインの典型的な起こり方です。

💡 ポイント オートクラインを狙って人に相談するとき、相手に求めるべきは、鋭い助言ではなく、最後まで遮らずに聴いてくれる姿勢です。相談する前に「今日は意見はいらなくて、聞いてくれるだけでいいです」と伝えておくと、相手も安心して聴く役割に徹することができます。

書くセルフコーチング

書くという行為は、セルフコーチングの中でも特に扱いやすい方法です。話すことと違い、形に残るため、後から読み返して振り返ることもできます。

やり方は難しくありません。まず、今悩んでいることや迷っていることを、頭に浮かんだままの言葉で書き出します。次に、自分に問いを立てます。「本当はどうしたいのか」「一番怖いと感じているのは何か」「もし誰かに相談するなら、何と聞かれたいか」といった問いを、自分で書いて、自分で答えます。答えを書き終えたら、それを声に出さずに読み返し、違和感がある箇所や、書いてみて初めて気づいた部分に印をつけます。

🔰 初学者の方へ 書き始めるときは、きれいな文章にしようとする必要はありません。誰かに見せるものではないので、単語の羅列でも、途中で文章が変わっても構いません。大切なのは、頭の中だけで堂々巡りしていた考えを、いったん外に出すことです。

書くセルフコーチングで使える問いをいくつか挙げておきます。状況に応じて選び、答えを書き出してみてください。

場面 問いの例
決断に迷っているとき 一番怖いと感じているのは何か。その怖さは、何を守ろうとして生まれているか
同じ悩みを繰り返しているとき この悩みについて、これまでとは違う考え方をするとしたら、どんな見方があるか
気持ちが沈んでいるとき 今日一日の中で、少しでも心が動いた瞬間はいつだったか
行動に移せずにいるとき 最初の一歩を、誰にも見せなくてよいとしたら、何から始めるか

表 1:書くセルフコーチングで使える問いの例。すべてを一度に使う必要はなく、今の状況に近いものを一つ選ぶだけで十分です。

書くセルフコーチングをさらに深める方法として、「未来の自分に手紙を書く」というやり方もあります。半年後、あるいは 1 年後の自分に宛てて、今の状況と、今考えていることを書きます。未来の自分という架空の読み手を想定するだけで、今の自分では気づかなかった視点が生まれることがあります。

書いたものは、その場で結論を出すためのものというより、時間を置いてから読み返すことに価値があります。1 週間後、1 か月後に読み返すと、当時は見えていなかった自分の思考の癖に気づくことがあります。「いつも同じ場面で同じ言葉を使って自分を止めている」といった気づきは、一度書いたものを読み返して初めて見える場合が多くあります。

同僚同士のピアコーチングの組み方

セルフコーチングの次の広がりが、対等な同僚同士で行う「ピアコーチング」です。上司でも部下でもない、同じような立場の同僚が、互いにコーチ役とクライアント役を交代しながら対話を行う仕組みです。

組み方の基本形は、2 人一組で定期的に時間を取り、前半はどちらか一方がコーチ役、後半は役割を交代する形です。1 回あたり 30 分程度を確保し、前半 15 分、後半 15 分でそれぞれの役割を務めます。頻度は、隔週から月 1 回程度が現実的です。

相手を選ぶ際には、いくつかの観点があります。同じ部署の同僚は、状況を説明する手間が省ける一方、業務上の利害が絡みやすく、率直な話がしにくくなることもあります。部署の異なる同僚は、利害が絡みにくい分、状況の説明に時間がかかりますが、かえって新しい視点をもらいやすくなります。どちらが良いかは一概には言えず、自分がどんな話をしたいかによって選び分けるとよいでしょう。

📖 もっと詳しく ピアコーチングを始める際は、いきなり深いテーマから扱おうとせず、まず「最近気になっていること」程度の軽いテーマから始めると、互いに慣れやすくなります。回を重ねるうちに、扱うテーマは自然と深まっていきます。

ピアコーチングを機能させるには、いくつかの約束事が必要です。第 1 に、コーチ役のときは、自分の意見や経験談を差し挟みたくなっても、まず相手の話を最後まで聴くことを優先します。第 2 に、話した内容を、対話の外で第三者に伝えないという約束を、最初にはっきり交わします。第 3 に、役割を交代する時間を事前に決めておき、話が盛り上がっても時間で区切ります。第 4 に、評価や優劣に関わる話題(人事評価や昇進の可能性など)は扱わないという線引きを、あらかじめ共有しておきます。

flowchart LR
  A[前半 15 分<br/>Aさんがコーチ役]
  B[役割を交代]
  C[後半 15 分<br/>Bさんがコーチ役]
  A --> B --> C

図 1:ピアコーチングの基本形。1 回のセッションの中で役割を交代することで、双方が話す側と聴く側の両方を体験できます。

ピアコーチングを始めるまでの手順

実際に始めるまでの手順を整理しておきます。第 1 に、相手を一人決め、趣旨を簡潔に伝えます。「お互いに聴き役になって、最近考えていることを話す時間を、定期的に持ちませんか」という程度の誘い方で十分です。第 2 に、頻度と時間を具体的に決めます。「隔週の水曜日、昼休みに 30 分」というように、あいまいにせず予定として確保します。第 3 に、約束事を口頭で確認し、できれば簡単なメモに残します。第 4 に、最初の 1 回を実際にやってみて、終わった後に「やってみてどうだったか」を 5 分ほど話し合います。

🔰 初学者の方へ 最初の 1 回は、ぎこちなくて当然です。役割の交代を忘れる、つい助言してしまう、沈黙が気まずくて話を続けてしまう、といったことが起こります。これらは失敗ではなく、練習の一部です。3 回目、4 回目と回を重ねるうちに、役割に慣れていきます。

上下関係がないことの強みと弱み

ピアコーチングの最大の特徴は、上下関係がないことです。この特徴には、強みと弱みの両方があります。

強みは、評価する側とされる側という緊張関係がないため、率直な言葉が出やすいことです。上司には言いにくい迷いや弱音も、対等な同僚になら話しやすいという声はよく聞かれます。互いにコーチ役を務めることで、聴く技術そのものへの理解も深まります。

弱みは、双方がコーチングの技術に不慣れな場合、対話が単なる愚痴の言い合いや、お互いへの助言合戦になりやすいことです。上司と部下の関係であれば、上司が意識的に構造を守ろうとする力が働きますが、対等な関係では、その役割を誰も引き受けないまま、なし崩しになることがあります。

強みと弱みは、表裏一体の関係にあります。評価がかかっていないからこそ率直になれる一方、評価がかかっていないからこそ、真剣に向き合う緊張感を保ちにくい面もあります。この両面を理解したうえで、約束事という形で意図的に構造を補うことが、ピアコーチングを長く続けるための鍵になります。

⚠️ 注意 ピアコーチングが雑談に流れてしまうことは、失敗ではなく、よくある通過点です。雑談そのものが悪いわけではありませんが、コーチ役の時間なのか、対等な雑談の時間なのかが曖昧なまま進むと、双方の期待がずれていきます。回の冒頭で「今日はコーチングの時間として使いたいです」と、目的を一言確認するだけで、この曖昧さは大きく減らせます。

ピアコーチングがうまくいかないとき

ピアコーチングがうまくいかなくなる兆候はいくつかあります。毎回同じ話題が繰り返される、コーチ役が我慢できずに助言を挟むようになる、どちらか一方だけが話す時間が長くなる、役割の交代がなし崩しになる、といった変化です。

これらの兆候に気づいたら、対話の中身を変えようとする前に、まず約束事そのものを見直すことが有効です。「最近、時間配分が崩れてきている気がするので、もう一度 15 分ずつに戻しませんか」というように、対話の構造そのものを話題にすることを、コーチングの世界では「プロセスに言及する」と呼びます。中身の話をいったん脇に置き、進め方そのものについて話す時間を取ることで、多くの場合は立て直せます。

もう一つ有効なのが、定期的な「振り返り回」を設けることです。数か月に一度、通常のセッションとは別に 15 分ほど時間を取り、「このピアコーチングは今、自分たちにとって役立っているか」「約束事は今のままでよいか」を率直に話し合います。関係が長く続くほど、最初に決めた約束事が形骸化しやすくなるため、定期的な棚卸しが必要になります。

それでも改善が難しい場合は、無理に続けようとせず、いったん休止するという選択も健全です。ピアコーチングは義務ではなく、双方にとって役立つ間だけ続ける営みです。休止することは失敗ではなく、関係を大切にするための一つの判断です。

セルフコーチングとピアコーチングは、どちらも一人か二人で完結する、小さな規模の実践です。この小さな規模で技術を磨いておくことが、次のレッスンで扱う、より複雑な対象への土台になります。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • セルフコーチングとは、自分自身に問いを向け、答えを探る、意図的な技術である
  • オートクラインとは、自分の言葉を自分で聞くことによって、話す前には気づいていなかったことに気づく現象である
  • 書くセルフコーチングは、頭の中の考えを外に出し、自分で読み返すことで振り返りを深める方法である
  • ピアコーチングは、対等な同僚同士がコーチ役とクライアント役を交代しながら行う対話である
  • 上下関係がないことは率直さという強みを生む一方、構造がなし崩しになりやすいという弱みも持つ
  • うまくいかなくなったときは、対話の中身より先に、約束事そのものを見直すことが有効である

次のレッスンでは、対象をさらに広げ、複数人を相手にするチームコーチングを扱います。


確認クイズ

このレッスンの理解度をチェックしましょう。