借り物メンバーの動機づけと評価
レッスン6:借り物メンバーの動機づけと評価
このレッスンで学ぶこと
- 評価権を持たない相手をどう動機づけるかという課題の全体像をつかむ
- Deci & Ryanの自己決定理論に基づく内発的動機の3つの欲求を学ぶ
- 役割設計・成長機会の提示・原隊の上司への還元という具体的な動機づけの手段を身につける
- 温度差のあるメンバーへの3段階対処を習得する
前回のレッスンでは、複数のラインマネジャーとの交渉を通じてメンバーを獲得する技術を学びました。今回は、獲得したメンバーを、評価権を持たないままどう動機づけるかを扱います。中核メッセージの4つ目「評価権がなくても動機づけはできる」を、具体的な手段として学ぶレッスンです。
評価権のない相手をどう動機づけるか
プロジェクトリーダーは、メンバーの人事評価に直接関与できないことがほとんどです。昇給や昇格を約束することもできません。この制約の中で、それでもメンバーに意欲的に取り組んでもらう必要があります。
一見すると難しい課題に思えますが、実は組織行動研究の蓄積が、この課題への手がかりを与えてくれます。人の意欲は、外部からの評価や報酬(外発的動機)だけでなく、活動そのものから生まれる満足感(内発的動機)によっても支えられているという知見です。評価権を持たないプロジェクトリーダーは、外発的動機に頼れない分、内発的動機を意識的に高める工夫が求められます。
具体的な場面を考えてみます。あるメンバーが、プロジェクトの依頼に対して「はい、やっておきます」と答えるものの、実際の仕上がりは最低限の水準にとどまり、自発的な改善提案も出てこないという状態が続いていたとします。プロジェクトリーダーが理由を尋ねると、「頑張っても、評価してくれるのは結局、原隊の上司ですから」という本音がこぼれました。この言葉は、多くのプロジェクトリーダーが直面する現実を端的に表しています。評価という外発的動機に頼れない以上、別の動機づけの経路を持つ必要があります。
ライン管理職であれば、評価や昇給、時には注意や叱責といった手段で行動を方向づけることができます。プロジェクトリーダーには、そのどれもがありません。しかし、これは動機づけの手段がゼロになることを意味しません。評価という「外から与える」経路が使えないぶん、活動そのものに意味を感じてもらう「内から湧き上がる」経路を太くしていく、という発想の転換が必要になります。
Deci & Ryanの自己決定理論と3つの欲求
内発的動機の研究で広く参照されるのが、心理学者エドワード・L・デシとリチャード・M・ライアンが1985年に体系化した自己決定理論です。2人は、人が内発的に動機づけられるためには、3つの心理的欲求が満たされる必要があると示しました。
1つ目は自律性(オートノミー)への欲求です。自分の行動を自分で選び取っているという感覚です。2つ目は有能感(コンピテンス)への欲求です。自分の能力が発揮され、成長しているという感覚です。3つ目は関係性(リレイテッドネス)への欲求です。周囲とのつながりや、他者から認められているという感覚です。
3つの欲求を、満たされていないときのサインとあわせて整理すると、次のようになります。
| 欲求 | 満たされていないときのサイン | 満たすための工夫の例 |
|---|---|---|
| 自律性 | 指示待ちが増え、自発的な提案が出てこない | 進め方の細部を指示せず裁量を委ねる |
| 有能感 | 「これで合っていますか」という確認が過剰に増える | 強みが発揮できるタスクを割り当てる |
| 関係性 | 会議での発言が減り、孤立して見える | 協力し合う場面を意図的に作る |
💡 ポイント この3つの欲求は、評価権や報酬権を持たないプロジェクトリーダーでも、日々の関わり方の工夫で満たすことができます。指示の出し方、役割の任せ方、成果の伝え方といった、権限とは関係のない場面に応用の余地があります。
3つの欲求は、常にすべてを同時に満たそうとする必要はありません。着任直後で信頼関係がまだ薄い段階では、まず有能感を満たす小さな成功体験を積んでもらい、そのあとで自律性の裁量を広げていく、という順序が現実的です。関係性は、プロジェクトの体制が固まり、メンバー同士が顔を合わせる機会が増えるにつれて自然と育つ面もありますが、意図的に場を作らなければ後回しにされがちな欲求でもあります。メンバーの状況に応じて、どの欲求から満たすかの優先順位を変える柔軟さが有効です。
プロジェクト内の役割設計と成長機会の提示
3つの欲求を満たす具体的な手段として、まず役割設計を工夫します。
自律性を満たすには、タスクの進め方の細部までを指示するのではなく、目的とゴールを示した上で、進め方の裁量をメンバーに委ねます。有能感を満たすには、メンバーの強みが発揮できるタスクを割り当て、達成できたことを具体的にフィードバックします。関係性を満たすには、メンバー同士が協力し合う場面を意図的に作り、孤立して作業する時間を減らします。
具体的な場面で見てみます。自律性を満たす関わり方の例としては、「この機能のテスト方法は、こちらで細かく指定しません。〇〇さんが最も効率的だと思うやり方で進めてください。困ったときだけ相談してもらえれば十分です」という伝え方があります。有能感を満たす関わり方の例としては、「先週の分析、想定していなかった切り口からの指摘があって、とても助かりました。ぜひ次のフェーズでも同じ視点で見てもらえますか」という具体的なフィードバックがあります。関係性を満たす関わり方の例としては、個別に作業しがちなタスクを、あえて2人1組のペア作業にして、進捗を共有し合う時間を設ける工夫があります。
さらに、成長機会の提示も有効な手段です。プロジェクトは、原隊では得られない経験を積める場になり得ます。新しい技術領域への挑戦、他部門との協働経験、部門横断での発言機会などが該当します。これらをあらかじめメンバーに伝えておくことで、参加への意欲が高まります。
具体的には、プロジェクトの立ち上げ時に、メンバー一人ひとりと簡単な対話の時間を持ち、「このプロジェクトを通じて、どのような経験を積みたいですか」と尋ねます。ある若手メンバーが「これまで社内の会議で発言する機会がほとんどなかったので、経営層への報告を経験してみたいです」と答えたとします。プロジェクトリーダーは、その後の進捗報告の場で、あえてそのメンバーに一部の説明を任せる機会を作ります。小さな機会であっても、本人が望んでいた経験と重なっていれば、意欲は大きく変わります。
📝 補足 ここで扱う内発的動機の考え方は、日々の1対1の対話や心理的な安心感の作り方といった、対人関係の技法とは別の切り口です。1対1での対話技法や、チームの心理的な安心感の作り方について詳しく学びたい場合は、それらを専門に扱う別の実践的な教材を参照してください。本レッスンでは、権限を持たない立場からでも設計できる、役割と機会という具体的な手段に絞って扱います。
原隊の上司へのフィードバック還元
内発的動機を高める工夫だけでは、限界もあります。多くのメンバーにとって、最終的な評価は原隊の上司が握っているという事実は変わりません。ここで有効なのが、プロジェクトでの働きぶりを、原隊の上司に還元する仕組みです。
具体的には、プロジェクトの節目ごとに、メンバーの貢献をまとめて原隊の上司に報告します。「〇〇さんは、△△の課題に対して独自の解決策を提案し、プロジェクトの進行に大きく貢献しました」というように、具体的な行動と成果を伝えます。この報告は、原隊の上司が人事評価の際に参照できる材料になります。
実際の報告文は、次のようなイメージになります。
「〇〇部長、プロジェクトの中間報告を兼ねてご連絡します。△△さんは、当初想定していなかったデータの不整合を早期に発見し、原因を分析した上で、修正の提案まで自主的に行ってくださいました。おかげで、後工程での手戻りを防ぐことができました。プロジェクトメンバー一同、大変助かっています。今後の評価の参考にしていただければ幸いです」
このように、具体的な行動(不整合の発見、原因分析、修正提案)と、それがもたらした効果(手戻りの防止)をセットで伝えることで、原隊の上司にとっても評価に反映しやすい情報になります。
⚠️ 注意 フィードバック還元は、良い評価だけを恣意的に伝える印象操作であってはなりません。実際の働きぶりに基づいた、正確で具体的な事実を伝えることが前提です。誇張した報告は、原隊の上司との信頼関係を損ね、以降のリソース獲得(レッスン5)にも悪影響を及ぼします。
この仕組みは、中核メッセージの4つ目「評価権がなくても動機づけはできる——原隊への還元が最大の報酬」を体現するものです。プロジェクトリーダー自身が評価しなくても、評価する立場の人に正確な情報を届けることで、間接的に評価へ貢献できます。
還元のタイミングにも工夫の余地があります。プロジェクトが終わった時点でまとめて報告するだけでは、原隊の上司が期中の評価面談で参照できません。多くの企業では、半期や四半期ごとに評価のタイミングがあるため、その少し前に還元を行うと、報告内容が実際の評価プロセスに反映されやすくなります。プロジェクトの節目と、原隊側の評価サイクルの両方を意識してタイミングを合わせることが、還元の効果を高めます。
プロジェクト報告書への貢献記載と表彰
原隊の上司への個別の報告に加えて、プロジェクト全体の報告書にメンバーの貢献を記載することも有効です。ステアリングコミッティやスポンサーへの報告資料に、個々のメンバーの貢献を具体的に書き添えることで、貢献が組織の中で可視化されます。
具体的には、ステアリングコミッティへの報告資料の末尾に「メンバーからの主な貢献」という項目を設け、「△△さんの提案により、当初のスケジュールを2週間短縮できました」のように、成果と個人名を結びつけて記載します。
プロジェクトの節目で、簡易な表彰や感謝の場を設けることも、関係性への欲求を満たす手段になります。大がかりな制度である必要はなく、チーム内での共有や、成果発表の場での紹介といった小さな工夫で十分に機能します。表彰についても、賞状や賞金は必要なく、プロジェクトの定例会議の冒頭で「今週は〇〇さんのこの取り組みを紹介したいと思います」と数分間紹介するだけでも、十分に機能します。
温度差のあるメンバーへの3段階対処
複数の部門から集まったメンバーの間では、プロジェクトへの熱意に温度差が生じることが避けられません。積極的に関わるメンバーもいれば、義務的に参加しているメンバーもいます。この温度差への対処を、3段階で整理します。
第1段階は、背景の理解です。熱意が低く見えるメンバーも、原隊での業務量や、プロジェクトへの参加自体に納得感を持てていないなど、背景には理由があります。まずは対話を通じて背景を把握します。
第2段階は、役割の再設計です。背景を理解した上で、そのメンバーの状況や強みに合わせて役割を調整します。負担が重すぎる場合はタスクの範囲を見直し、意義を感じにくい場合は本人の関心に近いタスクへの配置転換を検討します。
第3段階は、必要に応じたエスカレーションです。役割の再設計を試みても改善が見られない場合、あるいはプロジェクト全体に悪影響が及んでいる場合は、レッスン7で扱うエスカレーションの枠組みに沿って、スポンサーや原隊の上司に相談します。
具体的な場面で、3段階の対処を追ってみます。あるメンバーが、会議での発言が減り、依頼したタスクの提出も遅れがちになっていたとします。
第1段階では、プロジェクトリーダーが「最近、少し負担が大きいのではないかと感じているのですが、率直にどうですか」と声をかけます。対話の中で、「実は原隊の繁忙期と重なっていて、正直こちらに時間を割く余裕がありません」という背景がわかりました。
第2段階では、この背景を踏まえて役割を見直します。「今の時期は、負担の大きいタスクではなく、〇〇さんの専門知識を活かせる、週1回のレビューだけをお願いする形に変えられませんか」と提案し、タスクの範囲を縮小します。
第3段階では、それでも状況が改善しない場合、あるいは別のメンバーへの悪影響が出ている場合に、原隊の上司やスポンサーへ相談します。「△△さんの現在の負荷状況について、部署としてもご確認いただけないでしょうか」と、個人を責めるのではなく、状況の共有として伝えます。
この一連の対応を通じて、メンバーの熱意の低さを「性格の問題」ではなく「状況の問題」として扱う姿勢が、温度差への対処の基本になります。
陥りやすい失敗パターンは、温度差のあるメンバーに対して、一律に「もっと頑張ってください」と精神論だけで働きかけてしまうことです。背景を確認しないまま鼓舞するだけでは、負荷の問題も納得感の問題も解消されず、かえって「理解してもらえていない」という不満を強めてしまいます。
🔰 初学者の方へ 温度差のあるメンバーをすぐに「やる気がない人」と決めつけないことが大切です。多くの場合、温度差の背景には、レッスン2で扱った「二人のボス」問題や、本人にはどうにもできない業務量の問題があります。まずは背景を理解する姿勢が、対処の第一歩になります。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 評価権を持たないプロジェクトリーダーは、外発的動機に頼れない分、内発的動機を意識的に高める工夫が必要である
- デシとライアンの自己決定理論(1985年)は、自律性・有能感・関係性という3つの心理的欲求を満たすことが内発的動機を支えると示した
- 役割設計や成長機会の提示によって3つの欲求を満たし、原隊の上司への正確なフィードバック還元によって評価への橋渡しを行う
- プロジェクト報告書への貢献記載や簡易な表彰も、関係性への欲求を満たす手段になる
- 温度差のあるメンバーには、背景の理解・役割の再設計・必要に応じたエスカレーションの3段階で対処する
次のレッスンでは、プロジェクトを横断的に支援するPMOとの連携と、問題が起きたときのエスカレーションの設計を扱います。
確認クイズ
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