リスクと課題——起きる前と起きた後
レッスン6:リスクと課題——起きる前と起きた後
このレッスンで学ぶこと
- リスクと課題(イシュー)の決定的な違いを説明できる
- リスクを特定するための観点を把握する
- 発生確率×影響度マトリクスでリスクの優先度を判断できる
- リスクへの4つの対応戦略(回避・転嫁・軽減・受容)を使い分けられる
- リスク登録簿の書き方を理解する
- 課題管理表を、起票から担当・期限・クローズまで運用できる
レッスン5では、依存関係とクリティカルパスを踏まえてスケジュールを組む技術を扱いました。どれだけ丁寧に計画を立てても、プロジェクトが計画どおりに進むことはまずありません。今回は、「まだ起きていないが起きるかもしれないこと」と「すでに起きてしまったこと」を、それぞれ表で管理する技術を学びます。
リスクを洗い出さなかったプロジェクトで起きること
具体的な場面で考えてみましょう。あるオフィス移転プロジェクトで、担当チームは「新オフィスの契約」「什器・設備の手配」「引越し・移転作業」というレッスン3で扱ったWBSの3つの成果物について、それぞれのワークパッケージを分解し、レッスン4・5で扱った見積とスケジュールをきれいに組み上げていました。誰の目にも、しっかり計画された、よくできたスケジュールに見えました。
ところが、移転の2週間前になって、契約していた引越し業者から「トラックの手配が難しく、希望日には対応できない」という連絡が入りました。移転シーズンと重なり、引越し業者の繁忙期だったのです。担当チームは、この可能性をまったく想定しておらず、急いで代わりの業者を探しましたが、条件に合う業者が見つかるまでに1週間を要し、結局、移転日を延期せざるを得ませんでした。
このプロジェクトのスケジュール自体には、何の誤りもありませんでした。WBSの分解も、見積もりも、依存関係の整理も、すべて丁寧に行われていました。欠けていたのは、「計画どおりに進まない可能性のある出来事を、あらかじめ洗い出し、備えておく」という視点です。本レッスンで扱うリスクと課題の管理は、この視点を補うための技術です。
リスクと課題(イシュー)の決定的な違い
プロジェクトの現場で、「リスク」と「課題」という言葉が、しばしば同じ意味で使われてしまうことがあります。しかし、この2つには、決定的な違いがあります。
リスクは、まだ起きていないが、起きる可能性がある不確実な出来事を指します。「印刷会社の繁忙期と重なり、納期が遅れるかもしれない」「会場の予約が、ほかの団体と競合してキャンセルになるかもしれない」——これらはすべて、「起きるかもしれない」という未来に対する予測です。
課題(イシュー)は、すでに実際に発生してしまい、対応が必要な問題を指します。「印刷会社から、納期が3日遅れるという連絡が来た」「予約していた会場が、ほかの団体の予約と重複していたことが判明した」——これらは、すでに起きてしまった事実です。
この違いは、対応の性質を大きく分けます。リスクへの対応は「起きないようにする、あるいは起きたときの影響を小さくするための、事前の備え」であるのに対し、課題への対応は「すでに起きたことに、今すぐ手を打つための、事後の対処」です。
| リスク | 課題(イシュー) | |
|---|---|---|
| 時制 | まだ起きていない(未来) | すでに起きた(過去・現在) |
| 性質 | 不確実(起きるかどうかわからない) | 確実(すでに事実として存在する) |
| 対応の目的 | 発生を防ぐ、影響を小さくする | 今すぐ解決する |
| 管理する表 | リスク登録簿 | 課題管理表 |
💡 ポイント あるリスクが実際に発生してしまったら、そのリスクは「リスク登録簿」から「課題管理表」へと移動します。プロジェクトが進むにつれて、リスクの一部が課題に変わっていく、という関係を意識しておくと、2つの表の使い分けが理解しやすくなります。
リスクを特定する観点
リスクへの対応を考える前に、まずリスクそのものを洗い出す必要があります。何もない状態から「リスクを挙げてください」と言われても、なかなか思いつかないものです。次の観点に沿って考えると、見落としを減らせます。
- 外部要因:天候、取引先の状況、法令の改正、社会情勢の変化など、プロジェクトの外側にあり、自分たちでコントロールできない要因
- リソース要因:担当者の急な異動や休職、予算の削減、必要な設備や資材の調達難など、人・モノ・カネに関わる要因
- 技術要因:使用するシステムや設備の不具合、初めて扱う技術や手法への習熟不足など
- スケジュール要因:レッスン4で扱った見積もりの外れ、レッスン5で扱ったクリティカルパス上の作業の遅延など
- 関係者要因:関係部門との合意形成の難航、承認プロセスでの想定外の差し戻しなど
洗い出しの場面では、レッスン3で作成したWBSを見返しながら、「このワークパッケージで、何がうまくいかない可能性があるか」を1つずつ確認していく方法が効果的です。WBSという「作業の地図」があることで、抜け漏れのないリスクの洗い出しがしやすくなります。
🔰 初学者の方へ リスクの洗い出しは、1人で行うより、複数のメンバーで行うほうが効果的です。担当する作業が違えば、見えているリスクも違います。レッスン4で紹介したプランニングポーカーと同じように、複数の視点を集めることで、見落としを減らせます。
発生確率×影響度マトリクス
洗い出したリスクをすべて同じ重さで扱うと、対応の手が回らなくなります。そこで、それぞれのリスクについて、「どのくらいの確率で発生しそうか」と「発生した場合、どのくらいの影響があるか」の2軸で評価し、優先度をつけます。この評価に使う道具が「発生確率×影響度マトリクス」です。
発生確率と影響度を、それぞれ「高・中・低」の3段階で評価し、掛け合わせてマトリクスに配置します。
flowchart TB
subgraph Matrix["発生確率 × 影響度マトリクス"]
direction LR
subgraph Top["影響度:高"]
Q1["確率:低 × 影響:高<br/>注意深く監視"]
Q2["確率:高 × 影響:高<br/>最優先で対応"]
end
subgraph Bottom["影響度:低"]
Q3["確率:低 × 影響:低<br/>記録のみ"]
Q4["確率:高 × 影響:低<br/>簡便な対策を用意"]
end
end
図1:発生確率と影響度をそれぞれ高低で評価し、4つの象限に分けます。発生確率も影響度もともに高いリスクは最優先で対応し、両方とも低いリスクは記録にとどめる、というように、対応の濃淡をつけます。
新商品発売プロジェクトを例にすると、「印刷会社の繁忙期と重なり納期が遅れる」というリスクは、時期によっては発生確率が高く、クリティカルパス上の作業であれば影響度も高くなるため、最優先で対応すべきリスクに位置づけられます。一方、「会場の看板が強風で倒れる」というリスクは、発生確率は低いものの、起きた場合の影響が大きければ、注意深く監視する対象になります。
📝 補足 発生確率と影響度を「高・中・低」の3段階ではなく、1〜5の数値で評価し、掛け算したスコアで優先順位をつける方法もあります。プロジェクトの規模やチームの好みに応じて、扱いやすい評価方法を選んでください。
先ほどのオフィス移転プロジェクトを振り返り、複数のリスクをマトリクスに配置してみましょう。
| リスク | 発生確率 | 影響度 | 配置される象限 |
|---|---|---|---|
| 引越しシーズンと重なり、業者の手配が難航する | 高 | 高 | 最優先で対応 |
| 新オフィスのネットワーク工事が、建物の管理会社の都合で遅れる | 中 | 高 | 注意深く監視 |
| 什器の一部が、カタログ品切れで納期が延びる | 中 | 低 | 簡便な対策を用意 |
| 引越し当日に雨天となり、搬出入がやや手間取る | 高 | 低 | 簡便な対策を用意 |
このように一覧化すると、「引越しシーズンと重なり業者の手配が難航する」というリスクこそ、先ほどのエピソードで実際に発生した課題の原因であり、本来であれば最優先で対応すべきリスクだったことがわかります。マトリクスに配置する作業そのものが、「見落としてはいけないリスクはどれか」を関係者間で共有する機会になります。
4つの対応戦略——回避・転嫁・軽減・受容
優先度をつけたリスクには、それぞれ対応方針を決めます。リスクへの対応戦略は、大きく4つに整理できます。
- 回避:リスクの原因そのものをなくす対応。「特定の印刷会社の繁忙期が心配なら、別の時期に余裕を持って発注する、あるいは別の印刷会社を選ぶ」というように、リスクが発生する状況自体を避ける
- 転嫁:リスクによる影響を、自分たち以外に移す対応。「会場の設備トラブルに備えて、保険に加入する」「外部業者との契約に、納期遅延時の補償条項を盛り込む」というように、リスクの負担先を変える
- 軽減:リスクの発生確率や影響度を小さくする対応。「印刷会社への発注を、通常より早い段階で行い、遅延の影響を吸収できる余裕を持たせる」というように、完全になくせないリスクの度合いを下げる
- 受容:対応コストがリスクの影響を上回る場合などに、あえて対応せず、発生したら都度対処する対応。「発生確率も影響度も低いリスクに、事前対応の手間をかけない」という判断
| 戦略 | 考え方 | 例 |
|---|---|---|
| 回避 | リスクの原因をなくす | 繁忙期を避けて早期に発注する |
| 転嫁 | 影響を他者に移す | 保険加入、契約への補償条項の追加 |
| 軽減 | 発生確率・影響度を下げる | 早めの着手で遅延の余裕を持たせる |
| 受容 | あえて対応せず、発生時に対処する | 影響の小さいリスクは記録のみにとどめる |
⚠️ 注意 すべてのリスクに回避や転嫁で対応しようとすると、コストと手間が際限なく膨らみます。発生確率×影響度マトリクスで優先度の低いリスクは、受容という選択肢を積極的に取ることも、リスク管理の重要な判断の1つです。
「引越しシーズンと重なり、業者の手配が難航する」という最優先リスクに、4つの戦略をどう当てはめられるか、具体的に考えてみましょう。
- 回避:引越しシーズンを避け、繁忙期の前後に移転日をずらす
- 転嫁:繁忙期対応の保証がついた契約プランを選び、業者側に手配のリスクを負ってもらう
- 軽減:繁忙期に入る前の早い段階で、複数の業者に仮予約を入れておき、直前になって慌てて探す事態を避ける
- 受容:移転日を動かせない事情がある場合、多少の遅延リスクを受け入れたうえで、遅延時の代替スケジュールをあらかじめ用意しておく
実際のプロジェクトでは、この4つから1つだけを選ぶのではなく、複数を組み合わせることもあります。例えば、「軽減」として早期の仮予約を行いつつ、それでも間に合わなかった場合に備えて「受容」の立場で代替スケジュールも用意しておく、という二段構えの対応も現実的です。
リスク登録簿
洗い出したリスク、評価結果、対応戦略を1つの表にまとめたものが「リスク登録簿」です。リスク登録簿は、プロジェクトの立ち上げ段階で作成し、進行中も定期的に見直します。
リスク登録簿に含める代表的な項目は、次のとおりです。
| 項目 | 内容の例 |
|---|---|
| リスクID | R-01 |
| リスクの内容 | 印刷会社の繁忙期と重なり、印刷が遅延する |
| 発生確率 | 高 |
| 影響度 | 高 |
| 対応戦略 | 軽減 |
| 具体的な対応 | 通常より1週間早く発注し、遅延の余裕を確保する |
| 責任者 | 販促担当・田中 |
| 状況 | 監視中 |
リスク登録簿は、一度作って終わりの文書ではありません。プロジェクトの進行にあわせて、新しいリスクが見つかれば追加し、状況が変わったリスクは評価を更新し、実際に発生してしまったリスクは、次に説明する課題管理表へと移します。
💡 ポイント リスク登録簿は、定例の進捗確認のたびに、5分でもよいので見直す時間を設けることをおすすめします。「新しいリスクは出てきていないか」「対応中のリスクの状況は変わっていないか」を定期的に確認する習慣が、リスクを放置しない仕組みを作ります。
先ほどのオフィス移転プロジェクトのエピソードに、もしリスク登録簿があったなら、どう変わっていたでしょうか。プロジェクトの立ち上げ段階で「引越しシーズンと重なり業者の手配が難航する」というリスクが登録簿に記録され、発生確率と影響度がともに高いと評価されていれば、軽減策としての早期の仮予約や、回避策としての移転時期の調整が、直前になって慌てるのではなく、余裕のある段階で検討されていたはずです。リスク登録簿は、単なる書類作成の手間ではなく、こうした「気づくのが遅れたことによる混乱」を防ぐための、具体的な備えです。
課題管理表——起票から担当・期限・クローズまで
リスクが実際に発生した場合や、想定していなかった問題が発覚した場合は、「課題管理表」で管理します。課題管理表は、起票された課題を、担当者と期限を明確にしながら、解決(クローズ)まで追跡するための表です。
課題管理表の運用は、次の4つの段階で進みます。
- 起票:課題を発見した人が、内容を簡潔に記録する。「いつ」「何が」「どの程度」起きているかを具体的に書く
- 担当:誰がこの課題に対応するかを決める。担当者が決まっていない課題は、対応が始まらないまま放置されがちなため、起票と同時に担当を決めるのが望ましい
- 期限:いつまでに対応するか、あるいはいつまでに状況を確認するかの目安を決める
- クローズ:対応が完了し、課題が解消したことを確認して、表を締める
課題管理表の一例を示すと、次のようになります。
| No. | 起票日 | 内容 | 担当者 | 期限 | 状況 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 6月15日 | 印刷会社から、繁忙期のため納期が3日遅れると連絡あり | 田中 | 6月18日 | 対応中(代替の印刷会社に見積依頼中) |
| 2 | 6月20日 | 会場の予約が、別団体の予約と重複していたことが判明 | 佐藤 | 6月22日 | クローズ(会場側の手違いと判明、当初どおり確保) |
課題管理表を運用することで、「誰が」「いつまでに」対応するのかが明確になり、課題が担当者の頭の中だけで抱え込まれる事態を防げます。また、クローズした課題も記録として残しておくことで、後から「あのときはどう対応したか」を振り返る材料にもなります。
📖 もっと詳しく 課題の深刻度によっては、担当者だけで解決できず、上位の責任者への報告や、判断を仰ぐ必要が生じる場合があります。誰に、どの段階で相談するかという、より踏み込んだ報告・相談の設計については、プロジェクトの推進や運営を専門に扱う、より実践的な教材で詳しく学べます。本コースでは、課題を表に載せて可視化し、担当と期限を明確にするところまでを扱います。
リスクと課題を扱ううえでの心構え
最後に、リスクと課題を扱ううえでの心構えを2つ確認しておきます。
1つ目は、「リスクを洗い出すことは、悲観的になることではない」という点です。リスクを事前に言葉にしておくことは、いざそのリスクが発生したときに、慌てず、あらかじめ考えていた対応をすぐに実行できることにつながります。リスクを直視しないことは、楽観的な態度ではなく、単なる準備不足です。
2つ目は、「課題は、隠すほど大きくなる」という点です。小さな課題のうちに表に載せて共有すれば、周囲から助言や協力を得やすくなります。一方、「自分でなんとかできるはず」と抱え込んだ課題は、対応が遅れるほど、影響の範囲が広がっていきます。課題管理表に載せることは、責任の放棄ではなく、むしろプロジェクトを前に進めるための最初の一歩です。
🔰 初学者の方へ 「こんな些細なことを課題管理表に載せてよいのだろうか」とためらう必要はありません。載せるかどうか迷ったら、載せておくほうが安全です。実際にクローズできる課題であれば、すぐに解決済みとして表を締めれば済むだけの話です。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- リスクはまだ起きていない不確実な出来事、課題(イシュー)はすでに発生し対応が必要な問題であり、両者は管理する表も対応の性質も異なる
- リスクの洗い出しには、外部要因・リソース要因・技術要因・スケジュール要因・関係者要因という観点が役立つ
- 発生確率×影響度マトリクスで、リスクの対応優先度を判断する
- リスクへの対応戦略には、回避・転嫁・軽減・受容の4つがある
- リスク登録簿は、リスクの内容・評価・対応戦略・責任者・状況を一覧化した表である
- 課題管理表は、起票・担当・期限・クローズの4段階で運用し、課題を担当者の頭の中に抱え込ませない
次のレッスンでは、計画したスケジュールに対して、実際の進捗をどう確認し、遅れが出たときにどう手を打つかという、実行のコントロールの技術を扱います。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。