もうひとつの進め方と、次の一歩
レッスン8:もうひとつの進め方と、次の一歩
このレッスンで学ぶこと
- スクラムの3つのロール・5つのイベント・3つの成果物を理解する
- スプリント・プロダクトバックログ・ベロシティ・バーンダウンチャートの意味を把握する
- デイリースクラムとレトロスペクティブの進め方を理解する
- カンバンとWIP制限の考え方を理解する
- ウォーターフォールと適応型の使い分けの判断軸を持つ
- KPTとYWTによるふりかえりの技法を身につける
- 修了後に学びを深めるための情報源を知る
レッスン7では、進捗を出来高で捉え、遅れに対応する実行のコントロール技術を扱いました。レッスン2から7まで扱ってきたスコープ・WBS・見積・スケジュール・リスク・進捗管理は、いずれもレッスン1で紹介したウォーターフォール型の発想に基づく道具です。最後のレッスンでは、これとは異なるもうひとつの進め方である「適応型」の代表格、スクラムを扱います。あわせて、ふりかえりの技法と、本コース修了後の学習の方向を案内します。
スクラムとは何か
レッスン1で、適応型は「短い期間の作業を繰り返しながら、途中で得たフィードバックをもとに計画を調整していく進め方」だと説明しました。スクラムは、この適応型の考え方を、具体的な役割・会議体・成果物として体系化した、代表的な実践方法です。もともとはソフトウェア開発の現場で広まった手法ですが、その考え方は、企画立案や商品開発など、さまざまなプロジェクトに応用されています。
スクラムは、「3つのロール」「5つのイベント」「3つの成果物」という、シンプルな骨格で構成されています。
3つのロール
スクラムでは、チームのメンバーが、次の3つの役割のいずれかを担います。
- プロダクトオーナー:何を作るべきかの優先順位を決める責任者。後述するプロダクトバックログの管理を担う
- スクラムマスター:チームがスクラムの進め方に沿って円滑に活動できるよう支援する役割。障害物の除去や、チームの自律的な動きを支える
- 開発者:実際に成果物を作り出すメンバー。スクラムでは、特定の専門分野に閉じず、チーム全体で成果物の完成に責任を持つという考え方が特徴
3つのロールは、上下関係を表すものではなく、それぞれ異なる責任を担う機能の分担です。プロダクトオーナーが「何を」「どの順番で」作るかを決め、開発者が「どう作るか」を判断し、スクラムマスターがチームの動きやすさを支える、という役割分担になっています。
📝 補足 スクラムマスターという名前が独特なため、「管理者」のような役割を想像しがちですが、実際の役割はむしろ逆です。指示や管理を行うのではなく、チームが自律的に動けるよう、障害物を取り除いたり、進め方の相談に乗ったりする、支援型の役割です。
3つの成果物
スクラムでは、次の3つの成果物を通じて、チームの状況を可視化します。
- プロダクトバックログ:作るべきものすべてを、優先順位順に並べた一覧。プロダクトオーナーが管理し、プロジェクトの進行にあわせて随時更新される
- スプリントバックログ:後述する1回のスプリントで取り組むと決めた作業の一覧。プロダクトバックログの中から、優先順位の高いものを選んで構成される
- インクリメント:あるスプリントの終わりまでに完成した、実際に使える状態の成果物
プロダクトバックログは、レッスン2で扱ったスコープの記述と似た役割を持ちますが、決定的な違いがあります。ウォーターフォール型のスコープは、プロジェクトの初期に固めて、大きな変更は変更管理プロセスを経て慎重に扱うのに対し、プロダクトバックログは、優先順位の入れ替えや項目の追加・削除を、継続的に行うことが前提とされています。
5つのイベント
スクラムでは、活動を一定の周期(スプリント)で区切り、その中に4つの会議体を組み込みます。あわせて5つのイベントとして整理されます。
- スプリント:1〜4週間程度の固定された期間。この期間の中で、計画・実行・確認・ふりかえりの一連の活動を行う
- スプリントプランニング:スプリントの開始時に、プロダクトバックログから今回取り組む項目を選び、スプリントバックログを作成する会議
- デイリースクラム:毎日決まった時間に行う、短時間(15分程度)の進捗共有の場。後ほど詳しく扱う
- スプリントレビュー:スプリントの終わりに、完成したインクリメントを関係者に見せ、フィードバックを得る会議
- スプリントレトロスペクティブ:スプリントの終わりに、チームの進め方そのものをふりかえり、次のスプリントに向けた改善点を話し合う会議。後ほど詳しく扱う
これらのイベントが、一定のリズムで繰り返される様子を図で示すと、次のようになります。
flowchart LR
A[スプリントプランニング] --> B[スプリント実行<br/>デイリースクラムを毎日]
B --> C[スプリントレビュー]
C --> D[スプリントレトロスペクティブ]
D --> A
図1:スプリントプランニングで始まり、スプリント期間中は毎日デイリースクラムを行い、期間の終わりにスプリントレビューとスプリントレトロスペクティブを行って、次のスプリントプランニングへとつながる、一定のリズムを示しています。
スプリント・ベロシティ・バーンダウンチャート
スクラムを運用するうえで、進捗を把握するための道具がいくつかあります。
ストーリーポイントは、プロダクトバックログの各項目について、作業の大きさや複雑さを、時間ではなく相対的な数値で見積もる単位です。レッスン4で扱った三点見積やプランニングポーカーは、もともとこのストーリーポイントを見積もる場面で広く使われてきた技法です。
ベロシティは、1回のスプリントで、チームが完了できたストーリーポイントの合計を指します。複数のスプリントを重ねることで、「このチームは、1スプリントあたりおおよそこれくらいの量を完了できる」という実績値が見えてきます。ベロシティが安定してくると、「残りのプロダクトバックログを完了させるには、あと何回のスプリントが必要か」という見通しを立てやすくなります。
バーンダウンチャートは、スプリント期間中に、残っている作業量がどのように減っていくかを示すグラフです。横軸に日付、縦軸に残作業量を取り、理想的な減り方を示す直線と、実際の減り方を示す線を重ねて表示します。実際の線が理想の線より上にあれば遅れており、下にあれば計画より早く進んでいることを示します。
flowchart TB
subgraph Chart["バーンダウンチャートの読み方"]
direction TB
A["理想線より実績線が上<br/>→ 計画より遅れている"]
B["理想線より実績線が下<br/>→ 計画より進んでいる"]
end
図2:バーンダウンチャートは、理想的な進み方を示す線と、実際の進み方を示す線を比較することで、一目でスプリントの進行状況を把握できるようにする図です。
💡 ポイント ベロシティとバーンダウンチャートは、どちらも「見積もりの正確さ」を追求するための道具ではありません。むしろ、「今のペースなら、いつごろ何が完成しそうか」という見通しを、繰り返しの実績データから立てるための道具です。レッスン4で扱った「見積は当てるものではなく、外れ方を設計するもの」という発想と、根っこは同じです。
デイリースクラムとレトロスペクティブ
5つのイベントのうち、毎日行われる「デイリースクラム」と、スプリントの終わりに行う「スプリントレトロスペクティブ」は、特に重要な役割を持ちます。
デイリースクラムは、15分程度の短い時間で、チームメンバーが「昨日やったこと」「今日やること」「困っていること」を共有する場です。進捗確認そのものが目的ではなく、チームメンバーどうしが日々の状況を同期し、困りごとを早期に共有することが目的です。レッスン6で扱った「課題は隠すほど大きくなる」という考え方は、このデイリースクラムの狙いとも重なります。
スプリントレトロスペクティブは、完成した成果物ではなく、チームの進め方そのものをふりかえる場です。「今回のスプリントで、うまくいったことは何か」「うまくいかなかったことは何か」「次のスプリントで、何を変えるか」を話し合い、チームが自分たちの働き方を継続的に改善していく仕組みです。
🔰 初学者の方へ デイリースクラムは、上司への進捗報告の場と誤解されがちですが、本来はチームメンバー同士が状況を共有し合う場です。管理者が細かく詰問する場になってしまうと、本来の目的から外れてしまいます。
カンバンとWIP制限
適応型の進め方には、スクラム以外にも、「カンバン」という考え方があります。カンバンは、作業の状態を「未着手」「対応中」「完了」といった列に分けたボードで可視化し、作業の流れを管理する方法です。
スクラムがスプリントという固定期間で作業をまとめて計画するのに対し、カンバンはスプリントのような期間の区切りを持たず、作業が1つ完了するたびに、次の作業を随時取り込んでいく、より流動的な進め方です。
カンバンで特に重要な考え方が「WIP制限」です。WIPは、Work In Progressの略で、「対応中」の状態にある作業を指します。WIP制限とは、「対応中」の列に置ける作業の数に、あらかじめ上限を設けることです。例えば、「対応中の列には、同時に3件までしか置かない」というルールを設けると、メンバーは新しい作業に手を広げる前に、まず今取り組んでいる作業を完了させることを優先するようになります。
WIP制限がない状態では、複数の作業に同時に手を出し、どれも中途半端なまま「対応中」の列に積み上がっていく現象が起きがちです。WIP制限は、この状態を防ぎ、1つずつ確実に完了させていくことを促す仕組みです。
⚠️ 注意 カンバンという言葉は、業務の見える化ツール(タスクを列に分けて表示する画面)を指す場合と、本レッスンで扱うWIP制限を伴う運用手法を指す場合とで、使われ方に幅があります。本コースでは、後者の、スクラムと並ぶ適応型の進め方としてのカンバンに絞って扱っています。
ウォーターフォールと適応型の使い分け
レッスン1で紹介した2つの系統に、スクラムとカンバンという具体的な進め方が加わったところで、あらためて使い分けの判断軸を整理しておきます。
| 判断の観点 | ウォーターフォール型が向く場面 | 適応型(スクラム・カンバン)が向く場面 |
|---|---|---|
| ゴールの確からしさ | 最初からゴールと仕様がほぼ確定している | 走りながらゴールの解像度が上がっていく |
| 関係者の数 | 多くの部門・外部業者が関わり、事前調整が必要 | 少人数のチームで完結しやすい |
| 変更の頻度 | 変更が少なく、後戻りのコストが大きい | 変更が多く、小さく試して調整したい |
| 進捗の単位 | 工程表上の予定と実績の差分 | 一定期間ごとに完成した成果物の量 |
実務では、プロジェクト全体をどちらか一方に統一する必要はありません。例えば、新商品発売プロジェクト全体はウォーターフォール型のWBSとガントチャートで大枠を管理しつつ、パッケージデザインの試作のように、繰り返し試して調整したい部分だけ、短いスプリントに区切って適応型で進める、という組み合わせも実務ではよく行われます。
📖 もっと詳しく ウォーターフォール型と適応型を、プロジェクトの性質にあわせて意図的に選択・組み合わせる考え方は、しばしば「テーラリング(仕立てる、調整する)」と呼ばれます。レッスン1で触れたPMBOKガイド第7版の原則ベースへの転換も、この「決まった型を機械的になぞるのではなく、状況に応じて仕立てる」という発想と軸を一にしています。
KPTとYWT——ふりかえりの技法
スプリントレトロスペクティブのように、活動をふりかえる場面で使える、具体的な技法を2つ紹介します。どちらもウォーターフォール型・適応型を問わず、プロジェクトの節目や、コース全体の終わりにも活用できます。
KPTは、Keep(継続すること)・Problem(問題点)・Try(次に試すこと)の3つの観点でふりかえる技法です。「うまくいっていて続けたいこと(Keep)」「うまくいかず改善が必要なこと(Problem)」「次に新しく試したいこと(Try)」を、この順番で書き出していきます。ProblemからTryへの流れが明確なため、改善のアクションにつながりやすいのが特徴です。
YWTは、日本語の「やったこと」「わかったこと」「次にやること」の頭文字を取った技法です。「Y(やったこと)」で事実を確認し、「W(わかったこと)」でそこから得られた気づきや教訓を言語化し、「T(次にやること)」で具体的な行動に落とし込みます。KPTが「継続」と「問題」を分けて考えるのに対し、YWTは時系列で「事実→気づき→行動」とシンプルに整理できるのが特徴です。
| 技法 | 観点 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| KPT | 継続すること・問題点・次に試すこと | 定期的に繰り返すふりかえり(スプリントの終わりなど) |
| YWT | やったこと・わかったこと・次にやること | 単発の取り組みの終わりのふりかえり(プロジェクトの終結など) |
新商品発売プロジェクトが完了した際のふりかえりを、YWTで整理する例を示します。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| やったこと | WBSで作業を分解し、三点見積で工数を見積もり、ガントチャートでスケジュールを管理した |
| わかったこと | パッケージデザインの確認工程で、想定より差し戻しが多く、見積もりの悲観値が甘かった |
| 次にやること | 次回のプロジェクトでは、デザイン確認の見積もりに、今回の実績を踏まえた悲観値を反映する |
💡 ポイント ふりかえりは、犯人探しの場ではありません。KPTのProblemや、YWTのわかったことは、個人の失敗を責めるためではなく、次のプロジェクトの見積もりや計画の精度を上げるための、貴重な材料として扱ってください。
ツールの地図
本コースでは、WBS・ガントチャート・リスク登録簿・スプリントバックログといった道具を、表計算ソフトを使って手を動かしながら学べるように設計してきました。実務では、これらの管理を支援する専用のツールも数多く存在します。代表的なものとして、Backlog、Asana、Jira、Trello、Notion、Microsoft Projectなどが挙げられます。
これらのツールは、それぞれ得意とする進め方(ウォーターフォール型に強いもの、カンバンやスクラムに強いものなど)や、価格体系、対象とする組織の規模が異なります。本コースでは、特定のツールの操作方法や、価格・機能の比較には立ち入りません。重要なのは、ツールを使いこなす前に、本コースで学んだWBS・見積・スケジュール・リスク管理の考え方そのものを、自分の手で組み立てられるようになることです。考え方が身についていれば、どのツールを使う場面でも、入力する項目の意味を理解しながら扱えるようになります。
🔰 初学者の方へ 「結局、どのツールを使えばよいのか」と迷ったら、まずは使い慣れた表計算ソフトで十分です。本コースで扱ったWBS・ガントチャート・リスク登録簿・課題管理表は、いずれも表計算ソフトで再現できます。専用ツールへの移行は、チームの規模が大きくなり、表計算ソフトでの管理が煩雑になってきたタイミングで検討すれば十分間に合います。
修了後の情報源
本コースは、プロジェクトマネジメントの入門として、スコープ・WBS・見積・スケジュール・リスク・進捗管理・スクラムという一本道を扱ってきました。さらに学びを深めたい方に向けて、次の2つの方向性を紹介します。
1つ目は、PMIが発行する「PMBOKガイド」を、原著や解説書籍で読み進める方向です。レッスン1で扱った12の原則と8つのパフォーマンス領域を、より体系的に学べます。PMIの資格試験に挑戦することも、体系的な知識を整理する1つの動機づけになります。
2つ目は、スクラムやカンバンといった適応型の実践を、専門の書籍やコミュニティで深める方向です。スクラムの考え方を体系化した「スクラムガイド」は、公式サイトで無料で公開されており、スクラムの原典として参照されています。
いずれの方向に進むにしても、本コースで扱った「頭の中の段取りを、図と表に変換する」という基本の型は、応用の土台であり続けます。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- スクラムは、適応型の考え方を体系化した実践方法であり、3つのロール(プロダクトオーナー・スクラムマスター・開発者)、5つのイベント(スプリント・スプリントプランニング・デイリースクラム・スプリントレビュー・スプリントレトロスペクティブ)、3つの成果物(プロダクトバックログ・スプリントバックログ・インクリメント)で構成される
- ストーリーポイントは相対的な見積単位、ベロシティは1スプリントで完了できる量の実績値、バーンダウンチャートは残作業量の推移を示すグラフである
- デイリースクラムは日々の状況共有、スプリントレトロスペクティブはチームの進め方そのものをふりかえる場である
- カンバンはWIP制限によって、複数の作業に同時に手を広げず、1つずつ確実に完了させることを促す
- ウォーターフォール型と適応型は、ゴールの確からしさ・関係者の数・変更の頻度によって使い分け、プロジェクトの一部だけを組み合わせることもできる
- KPTとYWTは、それぞれ異なる観点でふりかえりを行う技法であり、ふりかえりは犯人探しではなく、次への改善材料を得るための場である
本コースでは、レッスン1で「プロジェクトマネジメントとは、頭の中の段取りを、他人と共有できる図と表に変換する技術である」という背骨を掲げ、スコープを固め、WBSで分解し、見積もり、スケジュールを組み、リスクと課題を管理し、進捗をコントロールし、最後にもうひとつの進め方まで、8つのレッスンを通して積み上げてきました。計画どおりに進むプロジェクトは、この世に存在しません。けれども、ズレに早く気づける計画は、誰にでも作れます。ここで学んだ図と表の技術を、明日からの仕事の中で、ぜひ実際に手を動かして試してみてください。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。