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スキルアップカレッジ

カネ③:経営者保証と社長の財布

レッスン4:カネ③:経営者保証と社長の財布

このレッスンで学ぶこと

  • 経営者保証に関するガイドラインの3要素と、経営者保証改革プログラムの4分野
  • 事業性融資推進法と企業価値担保権が、担保や保証のあり方をどう変えようとしているか
  • 役員報酬を期中に動かせない理由と、役員貸付金が会社を痛める仕組み
  • 顧問税理士を「申告書を作る人」から「相談相手」に変えるための問いかけ

前回のレッスンでは、銀行が決算書のどこを見ているかを学びました。債務者区分という銀行内部の評価の考え方、格付を左右する自己資本比率や債務償還年数、実質債務超過の判定で見られる役員貸付金や不良在庫、プロパー融資と信用保証協会付き融資の違いを整理しました。今回は、中小企業の資金調達につきまとう、もう1つの重い現実である経営者保証を取り上げます。あわせて、社長個人の財布と会社の財布の境界線という、地味ですが経営の土台になるテーマも扱います。

経営者保証という「もう1つの決算書」

レッスン1で確認したとおり、中小企業の多くは株主と代表取締役と個人保証人が同一人物です。銀行が会社に融資をするとき、会社の返済が滞った場合に備えて社長個人が連帯保証人になる。これが経営者保証です。会社の決算書がどれだけ整っていても、社長個人の資産や信用も同時に査定されているのが実態です。

信用金庫で融資を担当していたころ、私は会社の決算書と一緒に、社長個人の資産背景にも必ず目を通していました。自宅が担保に入っているか、個人の預金や有価証券はどの程度か、家族の生活はその会社の業績にどこまで左右されるか。会社の財務内容だけでなく、社長個人の財布までもが融資判断の材料になっていました。融資担当者は「会社を見ている」つもりでも、実際には「社長の人生を見ている」場面が少なくありません。

経営者保証には、社長に規律を持たせる効果がある一方で、大きな副作用もあります。会社が窮地に陥ったとき、社長は自宅や個人資産を失う恐怖から、本来なら早く決断すべき事業整理や再生の判断を先延ばしにしがちです。また、後継者候補が「保証を背負ってまで継ぎたくない」と事業承継をためらう一因にもなります。この副作用を減らすための公的な枠組みが、次に説明する経営者保証に関するガイドラインです。

💡 ポイント 経営者保証は、銀行にとっては貸し倒れリスクを減らす仕組みですが、社長にとっては会社の失敗が個人の生活の失敗に直結する仕組みでもあります。この二面性を理解することが、本レッスンの出発点です。

経営者保証に関するガイドラインの3要素

経営者保証に関するガイドラインは、2013年12月に公表された指針です。中小企業団体と金融機関団体が協力して策定したもので、法的な強制力はありませんが、金融機関が融資判断で尊重すべき実務上の指針として広く定着しています。ガイドラインは、会社が一定の要件を満たせば、経営者保証を求めない融資や、既存の保証を見直す余地があるとしています。その要件は、大きく3つの要素に整理できます。

第1の要素は、法人と個人の資産・経理の分離です。会社の経費と社長個人の生活費が明確に区別されているか、会社の資産と社長個人の資産が混同されていないかという観点です。例えば、社長が会社の預金口座から自分の生活費を自由に引き出していたり、会社の経費で個人の買い物をしていたりすると、この要素を満たしにくくなります。逆に、役員報酬という決まった形で社長の取り分を会社から切り離し、その範囲内で生活している状態であれば、分離が保たれていると評価されます。

第2の要素は、財務基盤の強化です。会社が保証に頼らなくても返済能力があると認められるだけの財務内容を持っているかという観点です。十分な自己資本、安定したキャッシュフロー、業績の変動に耐えられる利益水準などが評価の対象になります。レッスン3で扱った格付の考え方と重なる部分が多く、日ごろの財務体質の改善が、そのまま経営者保証を外す土台にもなります。

第3の要素は、適時適切な情報開示です。決算書だけでなく、試算表や資金繰りの状況を、求められる前から自主的に銀行へ開示しているかという観点です。業績が悪化した局面ほど、情報を隠したくなる心理が働きますが、ガイドラインが評価するのはむしろ逆で、悪い情報こそ早く正直に伝える姿勢です。

📝 補足 3つの要素は、どれか1つを満たせば十分というものではなく、3つがそろって初めて銀行側が保証を外す検討に入れる材料になります。特に法人と個人の資産・経理の分離は、日々の経理処理の積み重ねでしか作れないため、思い立ってすぐに整えられるものではありません。

経営者保証改革プログラムの4分野

経営者保証に関するガイドラインが実務でなかなか浸透しないという課題を受けて、国は経営者保証改革プログラムという取り組みを進めています。このプログラムは、経営者保証に依存しない融資慣行を広げるための施策を、4つの分野に整理して打ち出しているものです。

第1の分野は、スタートアップ・創業です。新しく会社を作る段階から経営者保証を前提にしないことで、創業のハードルを下げる狙いがあります。創業時は事業実績がなく、個人の信用に頼らざるを得ない場面が多いため、この段階での支援策が特に重視されています。

第2の分野は、民間金融機関の融資です。銀行が経営者保証を求める際には、なぜ保証が必要なのかを社長に対して具体的に説明することが求められるようになっています。これまでは「慣習だから」「うちの内部ルールだから」で済まされがちだった保証の要否について、根拠を言葉にすることを金融機関に促す狙いがあります。

第3の分野は、信用保証付融資です。信用保証協会が関わる融資についても、経営者保証を求めない、または保証料を上乗せすることで保証を外せる選択肢を広げる取り組みが進められています。レッスン3で扱った信用保証協会付き融資は、もともと会社の信用力を保証協会が補う仕組みですが、そこに社長個人の保証まで重ねて求める必要があるかという議論です。

第4の分野は、中小企業のガバナンスです。社長1人の判断に頼らない体制、つまり取締役会や監査役といった機関の実質的な機能、経理の透明性といった経営の質そのものを高めることで、保証に頼らない信用力を作っていく方向性です。この分野は、レッスン6で扱う番頭づくりや幹部会議の話ともつながってきます。

🔰 初学者の方へ 「改革プログラム」という言葉から、何か1つの法律や制度を思い浮かべるかもしれませんが、実態は複数の施策の束です。金融機関向けの働きかけ、信用保証の仕組みの見直し、中小企業自身の体質改善という、異なる角度からのアプローチが同時に進んでいると理解してください。

事業性融資推進法と企業価値担保権——担保のあり方を変える新制度

経営者保証改革プログラムと並んで押さえておきたいのが、事業性融資推進法にもとづく企業価値担保権という新しい制度です。この制度は、2026年5月25日に施行されます。

これまでの融資の担保は、不動産や個別の資産を対象にするのが基本でした。工場の土地建物、機械設備といった特定の資産に抵当権を設定し、それでも足りない部分を経営者保証で補うという構造です。会社の価値の中心が、特許やブランド、技術力、顧客との関係といった「目に見えない資産」にある会社にとっては、不動産のような担保になる資産が乏しく、結果として経営者保証への依存度が高まりやすい構造がありました。

企業価値担保権は、会社の総財産を一体として担保にする、信託の仕組みを用いた新しい制度です。個別の不動産や設備だけでなく、事業そのものが生み出す将来の収益力を含めて担保として評価する発想に立っています。これにより、不動産担保や経営者保証に依存しない融資を後押しする趣旨で制度が設計されています。

📖 もっと詳しく 企業価値担保権は、金融機関にとっても新しい実務です。制度の施行直後は、対応できる金融機関や実際の運用の広がりに差が出ることが見込まれます。自社に関係がありそうだと感じたら、まずはメインバンクの担当者に「企業価値担保権を使った融資に対応する予定はあるか」と尋ねてみるのが実務的な一歩です。

この制度がすぐにすべての中小企業の経営者保証をなくすわけではありません。ただし、不動産のような担保になる資産を持たない会社にとっても、事業の実力そのものを担保として評価してもらえる道が開かれた点は、資金調達の選択肢を広げる変化として押さえておく価値があります。

役員報酬を期中に動かせない理由

社長の財布に関わるもう1つの重要な論点が、役員報酬の決め方です。「今月は業績が良いから役員報酬を増やそう」「今月は資金繰りが厳しいから減らそう」といった調整は、税務上、簡単にはできません。

その背景にあるのが、定期同額給与という考え方です。役員報酬を会社の経費として認めてもらうには、原則として毎月同じ金額を支払い続ける必要があります。事業年度の途中で金額を変更すると、その変更部分が経費として認められなくなる場合があります。つまり、会社の利益が増えても、役員報酬を経費として自由に増やすことで税負担を調整するといった動きが、制度上できない仕組みになっています。

なぜこのような仕組みがあるのでしょうか。もし役員報酬を期中に自由に動かせるとしたら、業績の良い月に報酬を大きく引き上げて会社の利益を圧縮し、税負担を軽くするといった調整が可能になってしまいます。定期同額給与の考え方は、こうした利益調整を防ぐための仕組みだと理解すると、経営判断の場面で腹落ちしやすくなります。

実務上、役員報酬の金額は、事業年度が始まってから一定の期間内に決めるのが基本で、いったん決めた金額は、その事業年度の間は基本的に据え置きます。次に見直せるのは、次の事業年度が始まるタイミングです。業績の見通しが立ちにくい創業初期や、成長のスピードが速い時期には、この「1年間動かせない」という制約が窮屈に感じられることがあります。

⚠️ 注意 業績が急に悪化した場合など、一定の要件を満たせば期中でも役員報酬を減額できる場合があります。ただし、その要件や手続きは細かく、判断を誤ると経費として認められなくなるリスクがあります。役員報酬の変更を検討する際は、必ず事前に顧問税理士に相談してください。

役員貸付金が会社を痛める仕組み

経営者保証や役員報酬と並んで、社長の財布と会社の財布が混同されやすい典型例が、役員貸付金です。役員貸付金とは、会社から社長個人へお金を貸し付けている状態を指します。決算書の勘定科目としては「短期貸付金」や「長期貸付金」に、相手先が役員であることを示す注記が付く形で表れます。

役員貸付金がなぜ問題になるのかは、2つの視点で理解しておく必要があります。

第1の視点は、銀行からの評価です。レッスン3で扱った実質債務超過の判定では、役員貸付金は「回収の見込みが乏しい資産」として、実質的な資産から除外して評価されることがあります。会社の帳簿上は資産として計上されていても、銀行の目には「社長個人へのお金の流出」と映り、決算書全体の信頼性を下げる要因になります。役員貸付金の残高が大きい会社ほど、格付や債務者区分の評価で不利になりやすいのはこのためです。

第2の視点は、税務上の扱いです。会社が社長に無利息、または低い利率でお金を貸している場合、税務上は一定の利息を受け取ったものとみなされる場合があります。会社側では受け取っていない利息に対して課税されるという、実態にそぐわない負担が生じることがあり、税務調査でも指摘されやすい項目の1つです。

役員貸付金が発生する経緯は、社長が個人的な資金需要のために会社から一時的に借り入れる、あるいは接待交際費や旅費交通費のうち私的な支出を精算せずに貸付金として処理してしまう、といったケースが典型です。1回1回は小さな金額でも、積み重なると数百万円、数千万円という残高に膨らみ、決算書の見え方を大きく損ないます。

⚠️ 注意 役員貸付金は、いったん残高が積み上がると解消に時間がかかります。役員報酬を増やして返済に充てようとしても、報酬を増やせば社長個人の所得税や社会保険料の負担も増えるため、思うようには進みません。発生させない経理の習慣を、日ごろから徹底することが最善の対策です。

顧問税理士を「相談相手」に変える5つの問いかけ

多くの中小企業にとって、顧問税理士は最も身近な専門家です。ところが、多くの社長は顧問税理士を「決算書と申告書を作ってくれる人」としか捉えておらず、年に1度、決算の報告を受けるだけの関係にとどまっています。経営者保証や役員報酬、役員貸付金といった論点は、税務と資金繰りと銀行対応が交差する領域であり、顧問税理士を経営の相談相手として活用できるかどうかで、会社の備えが大きく変わります。

顧問税理士との関係を変えるために、次の5つの問いかけを使ってみてください。

1つ目は、「今期の決算を、銀行の担当者が見たらどう評価すると思いますか」という問いです。税理士は日ごろから多くの会社の決算書を見ているため、銀行目線での評価の勘所を持っていることが多いです。

2つ目は、「経営者保証を外すには、うちの会社は何が足りませんか」という問いです。この問いは、法人と個人の資産・経理の分離、財務基盤の強化、適時適切な情報開示という3つの要素のうち、自社がどこで弱いのかを具体的に洗い出すきっかけになります。

3つ目は、「役員報酬は、今の水準で税務上・資金繰り上、無理がありませんか」という問いです。役員報酬は一度決めると1年間動かせないため、期首のタイミングで一緒に検討する価値があります。

4つ目は、「同業他社と比べて、うちの数字で気になる点はありますか」という問いです。税理士は複数の顧問先を担当していることが多く、同業種の一般的な水準との比較から、自社では気づきにくい弱点が見えてくることがあります。

5つ目は、「来期、資金繰りが厳しくなるとしたら、どの時期にどんな理由で起きそうですか」という問いです。レッスン2で扱った資金繰り表の作成を、税理士と一緒に見直すきっかけにもなります。

💡 ポイント これらの問いかけに共通するのは、過去の実績報告ではなく、未来の判断材料を求めている点です。決算報告を「聞くだけの時間」から「一緒に考える時間」に変えることで、顧問税理士は申告書を作る人から、経営の相談相手へと役割が広がります。

講師の現場メモ

信用金庫で融資を担当していたころ、経営者保証を外せた会社と外せなかった会社の違いを、何十件も見てきました。外せた会社に共通していたのは、決算が終わるとすぐに試算表を持って窓口に来る社長でした。業績が良い月も悪い月も関係なく、毎月同じリズムで数字を見せに来る。最初のうちは正直、面倒に感じる社長もいましたが、数年続けると、こちらの評価は確実に変わっていきました。数字を隠さない相手には、融資担当者も無理な保証を求めにくくなるものです。

逆に、経営者保証を外せなかった会社に共通していたのは、決算書の提出が申告期限ぎりぎりで、しかも役員貸付金の残高が年々増えている会社でした。ある社長は、会社の預金と個人の預金の口座を実質的に1つの財布のように使っていて、私が「この貸付金は何のご資金でしょうか」と尋ねても、はっきりした答えが返ってきませんでした。経理上の分離ができていない会社は、どれだけ利益を出していても、銀行から見ると「本当の実力が見えない会社」に映ります。

経営相談員に転じてからは、経営者保証をめぐる社長の心理の重さを、より近い距離で感じるようになりました。ある事業承継の相談で、後継者候補の息子さんが「保証を背負うなら継ぎたくない」とはっきり口にした場面に立ち会ったことがあります。先代の社長は「保証は当たり前のもの」として引き受けてきましたが、次の世代にとっては、それが継承の最大の壁になっていました。経営者保証に関するガイドラインや改革プログラムが少しずつ社会に浸透してきた背景には、こうした現場の声の積み重ねがあります。

制度が整っても、日々の経理と情報開示の積み重ねがなければ、保証を外す検討のテーブルにすら乗りません。次のレッスンからは、カネの話を離れ、中小企業のもう1つの大きな課題であるヒトの話に移ります。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 経営者保証に関するガイドラインは、法人と個人の資産・経理の分離、財務基盤の強化、適時適切な情報開示という3つの要素で構成される
  • 経営者保証改革プログラムは、スタートアップ・創業、民間金融機関の融資、信用保証付融資、中小企業のガバナンスという4つの分野で施策を進めている
  • 事業性融資推進法にもとづく企業価値担保権は、会社の総財産を担保とする信託の仕組みで、不動産担保や経営者保証に依存しない融資を後押しする狙いがある
  • 役員報酬は定期同額給与という考え方のもとで期中に動かしにくく、役員貸付金は銀行からの評価と税務の両面で会社を痛める
  • 顧問税理士は、5つの問いかけを通じて、申告書を作る人から経営の相談相手へと役割を広げられる

次のレッスンでは、カネの話からヒトの話に移り、大企業と同じ土俵で採用競争をしない発想と、辞められたら代わりがいない前提での組織づくりを扱います。


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