ヒト①:採用できない前提で組織をつくる
レッスン5:ヒト①:採用できない前提で組織をつくる
このレッスンで学ぶこと
- 大企業と同じ土俵で採用競争をしない発想と、求人票より関係性が効く理由
- 労働分配率という物差しと、社長自身の給料の決め方
- 辞められたら代わりがいない前提での仕事の任せ方
- 親族社員という難題と、社会保険・法定福利費が固定費に効く構造
前回のレッスンでは、経営者保証と社長の財布を取り上げました。経営者保証に関するガイドラインの3要素、経営者保証改革プログラムの4分野、事業性融資推進法にもとづく企業価値担保権、役員報酬や役員貸付金の扱い、顧問税理士との付き合い方を学びました。ここからの2レッスンは、カネの話を離れ、中小企業経営のもう1つの大きな柱であるヒトを扱います。今回はまず、採用という入口の発想を組み立て直すところから始めます。
大企業と同じ土俵で採用競争をしない
社員50〜300名規模の会社の社長から最もよく相談を受けるテーマの1つが、採用です。「求人を出しても応募が来ない」「良い人材はすぐ大企業に流れてしまう」という悩みは、規模の大小を問わず共通していますが、中小企業ではその悩みがより切実です。
ここでまず確認しておきたいのは、大企業と同じ土俵で採用競争をする必要はないという発想です。知名度、給与水準、福利厚生の手厚さ、研修制度の充実度といった項目で正面から競争すれば、多くの場合、中小企業は不利になります。この土俵で勝負を続ける限り、採用の悩みは解決しません。
中小企業には、大企業にはない強みがあります。社長との距離の近さ、意思決定の速さ、任される仕事の幅の広さ、成果が見えやすい環境などです。大企業では入社数年間は決められた範囲の業務しか任されないことが多いのに対し、中小企業では若手でも早い段階から裁量のある仕事を任される場面が多くあります。採用活動では、この違いを「弱み」ではなく「強み」として言語化し、大企業とは異なる軸で候補者に訴求する発想が重要です。
面接の場でも、この強みは具体的な言葉で伝わって初めて意味を持ちます。「アットホームな職場です」「風通しの良い社風です」といった抽象的な表現だけでは、候補者の心には届きません。「入社半年で担当のお客様を任され、値決めまで自分で判断している社員がいる」「先月入った社員のアイデアが、翌週にはもう社内の仕組みに反映された」といった、実際にあった具体的な出来事を語れるかどうかが、抽象的な言葉との差を生みます。社長自身が、自社で起きた小さな成功体験を採用の場で語れるように、日ごろから社員の活躍ぶりに目を向けておくことも、採用活動の一部だと考えるとよいでしょう。
💡 ポイント 採用競争で大企業と同じ物差しを使うと、中小企業は常に不利な比較にさらされます。「規模で勝てないなら、違う土俵で戦う」という発想の転換が、採用の悩みを解く最初の一歩です。
土俵を変えるという発想は、募集する人材像そのものにも当てはまります。大企業は、特定の専門領域を深く極めた人材を、細分化された配属先に迎え入れる採用を得意とします。これに対して中小企業に向くのは、1人で複数の役割を柔軟にこなせる人材、変化の多い環境を面白がれる人材、指示を待つより自分で考えて動ける人材です。募集要項に「即戦力」「経験3年以上」といった条件を並べるだけでは、こうした資質を見極められません。面接では、これまでの職務経験の詳細よりも、「決められた手順がない仕事にどう向き合ってきたか」を尋ねるほうが、中小企業に合う人材かどうかの判断材料になります。
求人票より関係性が効く理由
大企業と異なる土俵で戦うと決めたとき、有効な手段の1つが、求人票に頼らない採用、いわゆる紹介やつながりを通じた採用です。求人サイトや求人票は、初めて会う相手に自社の魅力を短時間で伝える手段としては限界があります。給与や勤務条件といった条件面の比較で判断されやすく、条件で見劣りする中小企業には不利に働きがちです。
一方、社員や取引先、同業者からの紹介であれば、事情はまったく異なります。紹介者はすでに会社の実態を知っているため、候補者に対して「この会社は何が魅力で、何が大変か」を、条件面だけでなく実感を伴って伝えられます。候補者側も、信頼している紹介者の言葉を通すことで、入社前の不安を大きく減らせます。結果として、紹介による採用は、求人票を経由した採用よりも、入社後のミスマッチが少なく、定着率も高くなる傾向があります。
紹介やつながりを通じた採用を仕組みとして機能させるには、いくつかの工夫が必要です。社員に対して紹介を依頼する際は、単に「知り合いはいませんか」と聞くだけでなく、どんな人材を求めているかを具体的に伝えることが大切です。取引先や同業者とのネットワークも、日ごろから良好な関係を築いておくことで、いざというときの紹介につながります。地域の商工会議所や業界団体の集まりに顔を出すことも、直接の採用活動には見えなくても、長期的には有効な人脈づくりになります。
📝 補足 紹介による採用は、社員紹介制度として謝礼を設ける会社もあります。制度化することで、社員が積極的に候補者を探しやすくなる効果がありますが、謝礼の有無にかかわらず、日ごろから「良い人がいたら誘いたくなる会社」であることが、紹介採用が機能する前提になります。
依頼の仕方1つで、紹介の広がり方は変わります。「誰かいたら教えて」とだけ伝えるより、「経理の実務経験が2〜3年あって、細かい確認作業を面倒がらない人を探している。前の職場で近い経験をした知り合いに心当たりはないか」と具体的に伝えるほうが、社員の記憶に残り、後日ふとした会話で候補者につながることがあります。求める人物像を、業務内容と一緒に言語化して社員に共有しておくことが、紹介を単なる思いつきではなく、日常的に機能する仕組みに変える鍵になります。
労働分配率という物差しと社長自身の給料の決め方
採用の話を進める前に、社長として押さえておきたい物差しが、労働分配率です。労働分配率とは、会社が生み出した付加価値のうち、どれだけを人件費に配分しているかを示す指標です。
- 労働分配率=人件費÷付加価値(粗利)
付加価値とは、売上から仕入や外注費など外部への支払いを差し引いた、会社が自ら生み出した価値を指します。人件費には、社員の給与だけでなく、社長自身の役員報酬、社会保険料の会社負担分、賞与なども含めて考えるのが基本です。
労働分配率は、業種によって適正な水準が大きく異なります。人手を多く使う業種と、設備や仕入への依存度が高い業種とでは、同じ利益水準でも労働分配率の姿はまったく違って見えます。したがって、他社との単純な比較よりも、自社の労働分配率の推移を毎年見比べることのほうが実務的な意味を持ちます。労働分配率が年々上がっているなら、人件費の伸びに付加価値の伸びが追いついていない状態であり、価格転嫁や生産性の改善を検討するサインです。
労働分配率という物差しは、社員の給与水準だけでなく、社長自身の役員報酬を決める場面でも役に立ちます。社長の役員報酬を、社員全体の人件費とは切り離された「別枠」として考えてしまうと、労働分配率の実態が見えにくくなります。社長自身の報酬も人件費の一部として位置づけ、会社全体の労働分配率のバランスの中で決めるという発想を持つことが、健全な経営判断につながります。
計算の感覚をつかむため、簡単な数字で確認してみます。ある会社の年間の付加価値が5,000万円、人件費の総額が2,500万円だとすると、労働分配率は2,500万円÷5,000万円で50%です。翌年、付加価値が5,500万円に伸びた一方で人件費が3,000万円に増えたなら、労働分配率は3,000万円÷5,500万円でおよそ55%となり、数字の上では人件費の伸びが付加価値の伸びを上回ったことが見えてきます。この年に新しく社員を1人採用したのか、それとも既存社員の給与を引き上げたのかによって、次の年に取るべき打ち手は変わります。採用を増やすなら、その分だけ付加価値も伸ばせる見通しがあるかを、労働分配率の推移を見ながら判断することが大切です。
⚠️ 注意 業績が良い時期に社長の役員報酬を大きく引き上げると、レッスン4で扱った定期同額給与の仕組みにより、翌期はその水準を1年間動かしにくくなります。役員報酬は、当面の業績だけでなく、労働分配率の推移や翌期の見通しも踏まえて決める視点が必要です。
辞められたら代わりがいない前提での仕事の任せ方
中小企業では、特定の業務が特定の社員に強く依存する状態、いわゆる属人化が起きやすい環境にあります。人数が限られているため、1つの業務を複数人で分担する余裕がなく、「この仕事はあの人にしかできない」という状態が自然に生まれてしまいます。
属人化そのものを完全になくすことは、中小企業の現実的な人員体制では難しい場合が多くあります。むしろ現実的な発想は、属人化を前提としつつ、「その社員が急に辞めても、会社が止まらない」ための備えを作ることです。
備えの第1は、業務の棚卸しです。誰が、どんな業務を、どういう手順で行っているかを、まず社長自身が把握することから始めます。日々の業務の中で「あの人がいないと分からない」と感じる場面をリストアップするだけでも、リスクの所在が見えてきます。
備えの第2は、簡易なマニュアル化です。完璧な業務マニュアルを最初から作ろうとすると、着手が遅れがちです。まずは、業務の手順を箇条書きで書き出す、取引先の連絡先や過去のやり取りの経緯を記録に残すといった、最低限の引き継ぎ情報を文書化するところから始めます。
備えの第3は、意図的な業務の共有です。特定の業務を1人だけに任せきりにせず、定期的に別の社員を同席させる、代理対応できる社員をあらかじめ決めておくといった工夫です。ふだんは主担当が対応し、月に一度は副担当が同じ業務を経験する、といった仕組みを作るだけでも、いざというときの空白を小さくできます。
属人化への備えが遅れると、どのような事態が起きるかを、具体的な場面で考えてみます。ある卸売業の会社では、主要な取引先とのやり取りを、入社15年のベテラン社員が1人で担っていました。価格交渉の経緯、担当者との人間関係、過去のクレーム対応の記録は、すべてその社員の頭の中にしかありませんでした。その社員が体調を崩して長期の休養に入ったとき、会社は取引先への対応に大きく戸惑い、価格改定の交渉が止まり、担当者との関係もぎくしゃくしてしまいました。もし日ごろから取引先ごとの経緯を簡単なメモにまとめ、社長や別の社員が目を通せる状態にしていれば、これほど大きな混乱にはならなかったはずです。属人化への備えは、社員本人のためというより、会社を守るための投資だと捉えると、着手の優先順位が上がります。
🔰 初学者の方へ 属人化対策というと、大がかりな仕組みづくりを想像するかもしれませんが、まずは「その社員が1週間休んだら何が困るか」を書き出すことから始めれば十分です。困りごとが具体的に見えれば、対策も具体的に立てやすくなります。
親族社員という難題
中小企業の組織づくりでよく直面するのが、親族社員という難題です。社長の配偶者や子ども、兄弟姉妹が会社で働いているケースは珍しくありません。親族社員は、会社への忠誠心が高く、長期的に会社を支える存在になり得る一方で、役割・給与・評価の線引きが曖昧になりやすいという難しさを抱えています。
役割の線引きでは、親族社員に与える役職や責任範囲が、実力にもとづいているのか、それとも血縁にもとづいているのかが、周囲の社員から常に見られています。実力に見合わない役職を親族社員に与えると、周囲の社員の不満につながり、優秀な人材の離職を招くことがあります。
給与の線引きでは、親族社員の給与が、同じ役割・同じ経験年数の一般社員と比べて明らかに高い、あるいは逆に低いといった不整合が生じやすくなります。給与額そのものよりも、「なぜその金額なのか」を社長自身が説明できるかどうかが重要です。市場相場や社内のほかの社員の水準と照らし合わせて、説明できる根拠を持っておくことが望ましい姿勢です。
評価の線引きでは、親族社員に対しては業務上の指摘がしにくく、評価が曖昧になりがちです。家庭内の関係が職場に持ち込まれ、公私の境界が崩れることも少なくありません。この問題への実務的な対応としては、親族社員についても、ほかの社員と同じ基準で評価する姿勢を明確にすること、評価や指摘は感情的な場ではなく、業務の場として区切って行うことが挙げられます。
親族社員が入社してくる典型的な場面は、後継ぎとして子どもが入社するケースです。この場合、周囲の社員は「いずれ社長になる人」として親族社員を見るため、日々の業務での振る舞いを、一般社員以上に注意深く観察しています。入社してすぐに幹部と同等の待遇を与えると、実力が伴っていないうちから周囲の反発を招きやすくなります。逆に、後継ぎであることをあえて隠し、一般社員とまったく同じ扱いを続けると、いずれ経営を引き継ぐ準備としては物足りない場合もあります。実務的には、入社当初は現場の業務を一般社員と同じ条件で経験させ、役割や待遇を引き上げるタイミングと基準を、社長があらかじめ決めておく方法が現実的です。「入社何年目で、どんな成果を上げたら、どの役職に就く」という筋道を、本人にも周囲にも早い段階で共有しておくと、後々の不満を防ぎやすくなります。
⚠️ 注意 親族社員の処遇は、社長本人にとっては家族の問題でもあり、感情的な判断が入りやすい領域です。だからこそ、給与や役割の根拠を、口頭ではなく明文化しておくことが、後々のトラブルを防ぐ実務的な備えになります。
社会保険と法定福利費が固定費に効く構造
採用を考える際、給与の額面だけでなく、社会保険と法定福利費という、会社が追加で負担するコストも無視できません。社員を雇用すると、会社は給与に加えて、健康保険料や厚生年金保険料などの社会保険料の会社負担分を負担する義務を負います。これらをまとめて法定福利費と呼びます。
法定福利費の特徴は、業績の良し悪しにかかわらず発生する固定費であるという点です。売上が落ち込んだ月でも、社員を雇用している限り、法定福利費の負担はほぼ変わらず発生し続けます。レッスン2で扱った資金繰り表を作る際には、給与だけでなく、この法定福利費も毎月の固定的な支出として織り込んでおく必要があります。
採用を検討する場面では、「給与としていくら払えるか」だけでなく、「法定福利費を含めた総額でいくらの固定費が増えるか」という視点を持つことが欠かせません。1人採用するたびに、給与とは別枠で追加の固定費が発生するという認識がないまま採用を進めると、後になって資金繰りを圧迫する要因になります。労働分配率を計算する際にも、法定福利費を人件費に含めて考えることで、より実態に近い数字が得られます。
例えば、月給25万円で社員を1人採用するとき、社長が資金繰り表に織り込むべき固定費は25万円だけではありません。会社負担分の社会保険料を加えると、実際の負担額は月給よりも一回り大きくなります。「月給25万円だから、資金繰りに響くのも月25万円」という感覚のまま採用計画を立てると、法定福利費の上乗せ分を見落とし、資金繰り表の予定と実績が毎月少しずつずれていく原因になります。正確な負担額は、加入している保険の種類や社員の年齢によっても変わるため、採用の予算を組む段階で、顧問社会保険労務士や顧問税理士に概算を確認しておくと安心です。
📝 補足 社会保険や法定福利費の具体的な料率は、制度改正によって変わることがあります。自社の負担額を正確に把握したい場合は、顧問社会保険労務士や顧問税理士に確認するのが確実です。
本レッスンの範囲について
就業規則の作成、36協定の締結、人事評価制度の設計といった実務は、専門性が高く、それぞれに独立した学習領域があります。これらの詳細な設計手法については、人事労務関連の実践コースなど、専門に扱う教材を参照してください。本コースでは、中小企業の社長が押さえておくべき「組織づくりの発想」に絞って解説を続けます。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 大企業と同じ土俵で採用競争をせず、社長との距離の近さや裁量の大きさといった中小企業ならではの強みを訴求する
- 求人票よりも紹介やつながりを通じた採用のほうが、ミスマッチが少なく定着率も高くなりやすい
- 労働分配率は人件費を付加価値で割った物差しで、社長自身の役員報酬も含めて考える
- 属人化を前提に、業務の棚卸し・簡易なマニュアル化・意図的な業務の共有で「辞められても止まらない」備えを作る
- 親族社員は役割・給与・評価の線引きを明文化することが、トラブルを防ぐ実務的な備えになる
- 社会保険と法定福利費は業績にかかわらず発生する固定費で、採用のたびに総額で考える視点が必要
次のレッスンでは、社長がすべての社員の顔と名前を知っている限界を超え、権限を委譲して番頭を育てる方法を扱い、ワンマン経営から抜け出す道筋を学びます。
確認クイズ
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