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スキルアップカレッジ

事業を理解する——人事が読むべき数字と構造

レッスン2:事業を理解する——人事が読むべき数字と構造

このレッスンで学ぶこと

  • 事業モデルをシンプルな問いで読み解く方法を身につける
  • P/LとKPIを、人の課題の言葉に変換する視点を持つ
  • 業績会議で実際に語られていることを、人事の視点から聞き取れるようになる
  • 人事の提案が事業部に通らない典型的な理由を理解する

前回のレッスンでは、本コースが扱う範囲と扱わない範囲を確認し、Ulrich の 4 役割モデルを土台に、HRBPが事業の言葉と人事の言葉を往復させる通訳であることを学びました。今回は、その翻訳の材料となる「事業を理解する」ための具体的な読み方を扱います。

なぜ人事が事業を理解する必要があるのか

事業部に配属された人事担当者の多くが、最初につまずくのはここです。人事の知識は十分にあるのに、事業部の会議で交わされる会話についていけません。売上、粗利、稼働率、歩留まりといった言葉が飛び交う中で、自分だけが違う言語を話しているような感覚を持つ人も少なくありません。

事業を理解するというと、財務や経営学の専門知識を身につけることだと考える人もいますが、本コースが扱うのはそこまで高度な話ではありません。必要なのは、事業がどう成り立っていて、何を大事にしていて、今どこに困っているのかを、大まかにでも自分の言葉で説明できる状態です。専門家として財務分析をする必要はなく、事業部の言葉を聞いたときに、それが人の課題とどうつながるかを直感的に想像できる程度の理解で十分です。

💡 ポイント 事業理解の目的は、事業の専門家になることではありません。事業部の会話を聞いたときに、その奥にある人の課題を想像できる状態を作ることが目的です。この理解がなければ、次のレッスンで扱う組織診断も、経営課題の翻訳も、空回りしてしまいます。

事業モデルの読み方

事業モデルを理解する出発点として、次の 4 つの問いで整理する方法があります。特別な分析ツールは必要なく、事業部の人に聞いたり、社内資料を読んだりするだけで、大まかな輪郭をつかめます。

1 つ目は、誰に売っているのかという問いです。法人向けか個人向けか、既存顧客が中心か新規開拓が中心か、顧客の数は多いか少ないかによって、事業の性質は大きく変わります。

2 つ目は、何を売っているのかという問いです。モノを売っているのか、サービスを売っているのか、1 回限りの取引か継続的な契約かによって、必要とされる人材のスキルや働き方が変わります。

3 つ目は、どうやって届けているのかという問いです。自社の営業が直接売るのか、代理店を通すのか、Web経由で完結するのかによって、必要な組織の形が変わります。

4 つ目は、どこで利益を生んでいるのかという問いです。売上の規模で稼ぐ事業なのか、利益率の高さで稼ぐ事業なのかによって、優先される行動や評価される成果が変わります。

flowchart LR
  A[誰に売っているか] --> E[事業モデルの輪郭]
  B[何を売っているか] --> E
  C[どう届けているか] --> E
  D[どこで利益を生むか] --> E

図1:事業モデルを読み解く 4 つの問いです。これらは互いに独立しているのではなく、組み合わさって 1 つの事業の輪郭を作ります。人事担当者がこの輪郭をつかんでおくと、事業部の会話の背景を推測しやすくなります。

📝 補足 これらの問いに対する答えは、事業部の資料や中期計画を読めば、ある程度は把握できます。それでも、資料だけで理解した気になるのではなく、実際に事業部の人に「この事業は、何で利益を生んでいるのですか」と直接尋ねてみることを勧めます。資料には書かれていない、現場の実感がこもった答えが返ってくることが多いためです。

P/LとKPIを人の話につなぐ

事業部の会議では、P/L、つまり損益計算書の数字が頻繁に話題になります。売上、原価、粗利、販管費、営業利益といった項目を、細かく分析できる必要はありません。人事担当者にとって重要なのは、これらの数字の動きが、どんな人の課題と結びついているかを想像できることです。

例えば、売上は伸びているのに営業利益が伸び悩んでいるという状況があったとします。この数字だけを見れば、コスト管理の問題に見えます。けれども、その背景を掘り下げると、経験の浅い営業担当者が増え、値引きに頼った受注が増えているという人の課題が隠れていることがあります。数字の変化を、そのまま人の変化に置き換えて考える習慣を持つことが、翻訳の第一歩になります。

KPI、つまり重要業績評価指標についても同じ発想が使えます。事業部が追いかけているKPIが何であるかを知っておくと、その事業部が今、何を優先しているかが見えてきます。稼働率を重視している事業部であれば、人が足りているかどうかへの関心が強くなりますし、新規顧客獲得数を重視している事業部であれば、営業担当者の育成スピードへの関心が強くなります。

事業側の数字 数字が示す状況の例 想像できる人の課題の例
営業利益率の低下 値引きに頼った受注が増えている 経験の浅い営業担当者が増えている可能性
稼働率の低下 受注に対して人が足りていない 採用や配置転換が追いついていない可能性
離職率の上昇 特定の部署で退職が続いている 業務負荷やマネジメントに課題がある可能性
新規顧客獲得数の伸び悩み 開拓の勢いが鈍っている 営業の育成や案件の割り振りに課題がある可能性

表 1:事業側の数字と、そこから想像できる人の課題の対応例です。数字だけを見て結論を出すのではなく、あくまで仮説を立てるための手がかりとして扱う姿勢が重要になります。数字から即座に原因を断定する態度は、レッスン3で扱う診断の質を下げる原因にもなります。

⚠️ 注意 表に挙げた対応関係は、あくまで想像するための手がかりであり、確定した因果関係ではありません。営業利益率が下がっている理由は、値引き以外にも原材料費の高騰や為替の影響など、人の課題とは無関係な要因である場合も多くあります。数字を見て仮説を立てたら、必ず現場での確認を経る必要があります。

事業計画のサイクルを知る

事業理解を深めるうえで、もう 1 つ押さえておきたいのが、事業部がどんなサイクルで計画を立て、見直しているかという流れです。多くの事業部は、年度単位の事業計画を軸に、四半期ごとの進捗確認、月次の業績会議という階層構造で運営されています。この階層を知らないまま人事の施策を提案すると、事業部にとって「今それどころではない」タイミングにぶつかってしまうことが少なくありません。

年度の事業計画は、多くの場合、前年度の後半から準備が始まります。この時期の事業部は、来期の予算や人員計画を固めるために、通常よりも多くの時間を社内の議論に割いています。人事側から見れば、この時期こそ来期の人員体制や育成投資について事業部と対話する好機になりますが、同時に、事業部にとっては最も忙しい時期でもあります。声をかけるタイミングを一歩間違えると、歓迎されない相談として扱われてしまいます。

四半期ごとの進捗確認では、年度計画に対する実績のずれが議論されます。ずれが大きい場合、事業部は軌道修正の打ち手を検討する段階に入ります。人の課題が打ち手の候補として挙がることもあれば、「今は人の話をしている場合ではない」という空気になることもあります。

📝 補足 事業計画のサイクルは、業種や企業規模によって細部が異なります。すべてを正確に把握しようとするよりも、まずは自分が関わる事業部が「今、計画のどの段階にいるか」を大まかにつかむことを優先してください。担当者に直接尋ねれば、多くの場合は率直に教えてもらえます。

業績会議で何が語られているか

事業部の業績会議に出席する機会があれば、そこで語られている内容を注意深く聞くことは、事業理解を深める最も実践的な方法の 1 つです。業績会議では、多くの場合、数字の報告そのものよりも、その数字をどう解釈し、次に何をするかという議論に時間が割かれます。

業績会議でよく交わされる会話には、いくつかのパターンがあります。1 つは、目標未達の理由を巡る議論です。「なぜこの数字に届かなかったのか」という問いに対して、市場環境、競合の動き、営業のやり方など、さまざまな角度から原因が語られます。この議論の中に、実は人の課題が隠れていることが少なくありません。

もう 1 つは、来期に向けた打ち手を巡る議論です。「来期はこの数字をどう伸ばすか」という問いに対して、新規施策、投資判断、体制の見直しなどが語られます。この議論を聞いていると、事業部が今、何に力を入れようとしているのかが見えてきます。

🔰 初学者の方へ 業績会議に初めて出席するとき、専門用語がわからず戸惑うことがあるかもしれません。無理にすべてを理解しようとせず、まずは「今、この事業部が一番気にしていることは何か」だけをつかむことを目標にしてください。細かい数字の意味は、慣れるにつれて自然と理解できるようになります。

業績会議に出席する際、人事担当者が持っておくとよい聞き方があります。数字そのものを追いかけるのではなく、その数字が語られたときの場の空気や、繰り返し出てくる言葉に注目することです。同じ課題が複数回にわたって話題になっている場合、それは事業部にとって根深い問題である可能性が高く、人事として深掘りする価値があります。

事業側の語彙を覚える

事業部との対話を円滑にするために、事業側でよく使われる言葉を覚えておくことも実務上の助けになります。すべての用語を専門家のレベルで理解する必要はありませんが、会話の中で使われたときに戸惑わない程度の理解は持っておきたいところです。

例えば、「歩留まり」という言葉は、投入した資源のうち、実際に成果として得られた割合を指します。製造業であれば生産工程での良品率を指すことが多く、営業であれば商談から受注に至る割合を指すこともあります。「リードタイム」という言葉は、何かを依頼してから実際に完了するまでにかかる時間を指します。「与信」という言葉は、取引先に対してどこまでの信用を与えるかという判断を指します。

これらの言葉を、辞書的に暗記する必要はありません。事業部の会話の中で聞き慣れない言葉が出てきたら、その場で「それはどういう意味ですか」と素直に尋ねる姿勢のほうが、実務上はよほど役に立ちます。知ったかぶりをして会話についていけないまま進めるよりも、率直に質問する人事担当者のほうが、事業部からは信頼されやすいものです。

💡 ポイント 事業側の語彙を覚える目的は、事業部の人と同じように話せるようになることではありません。事業部の言葉を聞いたときに、それを人事の言葉に変換できるようになることが目的です。語彙を増やすことは、そのための材料集めだと考えてください。

事業部でよく使われる言葉の一部を、業種を問わず出会いやすいものに絞って整理しておきます。すべてを一度に覚える必要はなく、実際に会話の中で出会ったときに、少しずつ自分の理解を補っていく形で十分です。

事業側の言葉 大まかな意味
歩留まり 投入した資源のうち、成果として得られた割合
リードタイム 依頼から完了までにかかる時間
与信 取引先に対してどこまでの信用を与えるかの判断
キャッシュフロー 事業を通じて実際に出入りする資金の流れ
損益分岐点 売上と費用が釣り合い、損益がゼロになる水準

表 2:事業部との会話で出会いやすい言葉の例です。厳密な定義を覚えることよりも、会話の中でその言葉がどんな文脈で使われているかを観察することのほうが、実務では役立ちます。

事業部の規模によって変わる関わり方

ここまで扱った事業モデルの読み方、数字の見方、業績会議の聞き方、語彙の覚え方は、事業部の規模にかかわらず共通して使える視点です。ただし、実際の関わり方は、事業部の規模によって少し調整が必要になります。

数十人規模の小さな事業部では、事業責任者との距離が近く、日常的な立ち話の中で事業の状況を把握しやすい利点があります。一方で、専任のHRBPを置くほどの規模ではないことが多く、本コースのレッスン7で扱う兼務の実務が現実的な選択肢になります。数百人規模の大きな事業部では、事業責任者と直接話す機会は限られますが、業績会議や部門横断の会議体が整っている分、公式な場を通じて事業理解を深めやすい利点があります。

🔰 初学者の方へ 自分が担当する事業部の規模がどちらに近いかを意識しておくと、事業理解を深める際にどの方法を優先すべきかの判断がしやすくなります。小さな事業部では日常の対話を、大きな事業部では会議体への参加を、それぞれ優先する形で使い分けるとよいでしょう。

人事の提案が通らない典型的な理由

事業を理解しないまま人事の施策を提案すると、内容がどれだけ正しくても、事業部には届きません。ここでは、人事の提案が通らない典型的な理由を整理します。

第1に、提案が事業の言葉に翻訳されていないことです。「離職率を下げるために、面談の頻度を増やしましょう」という提案は、人事の理屈としては正しくても、事業責任者にとっては「なぜ今、それに時間を割く必要があるのか」が伝わりません。「来期の受注目標を達成するために、経験を積んだ営業担当者の離職を防ぐ必要があります」という形に翻訳して初めて、事業側の意思決定の土俵に乗ります。

第2に、タイミングが事業のリズムに合っていないことです。事業部が来期の予算編成に追われている時期に、人事側の都合だけで新しい制度の説明会を持ちかけても、優先順位は上がりません。事業部の繁忙期や意思決定のサイクルを把握したうえで、提案するタイミングを選ぶ必要があります。

第3に、コストと効果の説明が事業側の基準になっていないことです。人事施策のコストを、事業部が普段使っている基準、例えば投資対効果や回収期間といった尺度に置き換えずに説明すると、事業責任者は判断のしようがありません。

📖 もっと詳しく 提案が通らない理由をさらに深く見立てるには、レッスン4で扱う「経営課題を人事の課題に翻訳する」手順が役立ちます。本レッスンで扱った事業理解は、その翻訳を行うための土台になります。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 事業理解の目的は、事業の専門家になることではなく、事業部の会話の奥にある人の課題を想像できる状態を作ることである
  • 事業モデルは、誰に、何を、どう届けて、どこで利益を生んでいるかという 4 つの問いで大まかに読み解ける
  • P/LやKPIの数字は、そのまま人の課題の仮説に変換して考える習慣を持つとよい。ただし、確定した因果関係ではなく仮説として扱う
  • 業績会議では、数字そのものよりも、繰り返し語られる言葉や場の空気に注目すると、事業部の関心事が見えてくる
  • 事業側の語彙は、知ったかぶりをせず、わからなければ率直に尋ねる姿勢が実務上は有効である
  • 人事の提案が通らない典型的な理由は、事業の言葉への翻訳不足、タイミングのずれ、コストと効果の説明基準のずれである

事業理解は、一度身につければ終わりというものではありません。事業部の状況は四半期ごとに変わり、扱う数字や語彙も、事業の局面によって少しずつ移り変わります。本レッスンで扱った読み方や聞き方を、日々の対話の中で繰り返し使い続けることで、少しずつ精度が上がっていきます。

次のレッスンでは、事業理解を土台に、組織を診断する枠組みを扱います。構造・プロセス・文化・人という 4 つの視点から組織を見立て、症状と原因を切り分ける方法を学びます。


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