インターネットの全体像と、次の一歩
レッスン8:インターネットの全体像と、次の一歩
このレッスンで学ぶこと
- インターネットが「ネットワークのネットワーク」であることを理解する
- AS と IX の役割を説明できる
- 経路の短さが遅延に影響する考え方を理解する
- 家庭からデータセンターまでの、通信全体の通し図を描ける
- 本コース修了後の学習の方向性を把握する
前回のレッスンでは、つながらないときの自己診断という、本コース最大の実践編を学びました。最後のレッスンとなる今回は、視点を切り替えます。1 台の端末から見た旅路ではなく、インターネットという仕組み全体を、少し引いた場所から見渡してみましょう。ここまで積み上げてきた階層・番地・名前・経路の知識が、最後に 1 枚の地図として結びつきます。
これまでの 7 つのレッスンでは、「自分の端末から、目的のサーバーまで」という、1 対 1 の旅路に焦点を当ててきました。実際には、あなたが日々アクセスしている無数のサービスの向こう側にも、同じように番地を持ち、名前を持ち、経路でつながった、無数の端末やサーバーが存在しています。この最終レッスンでは、その全体像に触れたうえで、本コースを締めくくります。
インターネットは「ネットワークのネットワーク」
「インターネット」という言葉を、1 つの巨大な組織が管理する、単一の仕組みだとイメージしている方もいるかもしれません。実際には違います。インターネットは、世界中の無数の組織が、それぞれ独立して管理している、数多くのネットワークが互いに接続し合ってできている、集合体です。
通信事業者が運営するネットワーク、大学や研究機関が運営するネットワーク、大企業が自社のために運営するネットワーク——それぞれが、自分の管理する範囲の中では独自にルーターやスイッチを配置し、独自の判断で運用しています。そうした無数のネットワークが、互いに接続を結び合うことで、結果として「1 つのインターネット」であるかのように振る舞っています。この、ネットワークが集まってできた、より大きなネットワークという構造を指して、「ネットワークのネットワーク」と呼ばれることがあります。
📝 補足 レッスン 4 で学んだルーティングとホップは、実は 1 つの組織の中だけでなく、こうした組織と組織のあいだでも、同じ発想で行われています。次に説明する AS が、その単位です。
AS——自律したネットワークの単位
インターネットを構成する、それぞれ独立したネットワークの単位を、AS(Autonomous System:自律システム)と呼びます。通信事業者や、大規模なクラウド事業者、大学、大企業などが、それぞれ 1 つ、あるいは複数の AS を保有し、独自の判断で経路を管理しています。
それぞれの AS には、世界で重複しない識別番号が割り振られています。ちょうど、レッスン 2 で学んだ IP アドレスが、機器 1 台 1 台を識別する番地であるように、AS 番号は、ネットワークの管理単位そのものを識別する番号だとイメージすると理解しやすくなります。
身近な例で考えると、ある通信事業者が保有する AS の中には、家庭向けの回線につながる、無数の利用者のネットワークがぶら下がっています。別の AS には、ある企業が自社のオフィスやデータセンターのために保有するネットワークが含まれています。さらに別の AS には、クラウド事業者が世界中に展開する設備がまとまっています。あなたが送り出す 1 つのパケットは、こうした性質の異なる複数の AS を、まるで国境をまたぐ旅行者のように越えながら、目的地へと進んでいきます。
AS 同士は、隣接する AS との間で、「このネットワーク宛ての通信は、こちらへ送ってください」という経路の情報を、常にやり取りしています。レッスン 4 で学んだ、ルーターが持つ経路表は、実は 1 つの AS の中だけでなく、この AS 同士のやり取りによっても、日々更新され続けています。あなたの自宅から送り出されたパケットが、レッスン 4 で見たような複数のホップを経て宛先に届くとき、その道のりは、複数の AS をまたいでいることも珍しくありません。
🔰 初学者の方へ AS の内部の仕組みまで理解する必要はありません。ここで押さえたいのは、「インターネットは、それぞれ独立して運営される、たくさんの区画の集まりであり、パケットはその区画をまたぎながら旅をしている」という全体像です。
レッスン 4 で学んだ、家庭内のルーターが持つ経路表を思い出してください。あの経路表は、家庭という小さな範囲の中だけの案内表でした。AS 同士が交わす経路の情報は、これと同じ発想を、地球規模に広げたものだと考えられます。それぞれの AS が、「自分の管理する範囲には、こういう宛先がある」という情報を、隣接する AS へ伝え合い、その情報がリレーのように広がっていくことで、世界中のどこからでも、世界中のどこへでも、経路が組み立てられる状態が保たれています。
IX——ネットワーク同士が出会う場所
AS 同士が経路の情報をやり取りし、実際にパケットを受け渡すためには、物理的にどこかで接続されている必要があります。この、複数の AS が直接顔を合わせて接続する場所を、IX(Internet Exchange:インターネットエクスチェンジ)と呼びます。
IX がない場合、ある通信事業者のネットワークから、別の通信事業者のネットワークへパケットを送るには、間に別の事業者を経由する必要が生じることがあります。IX は、多数の通信事業者やクラウド事業者が、1 か所に集まって直接接続できる場を提供することで、余計な区間を経由せずに、ネットワーク同士を直接つなげられるようにする施設です。
flowchart LR
A["AS 1<br/>通信事業者 A"] --> IX["IX<br/>相互接続点"]
B["AS 2<br/>通信事業者 B"] --> IX
C["AS 3<br/>クラウド事業者"] --> IX
IX --> A
IX --> B
IX --> C
図が示すように、IX は、複数の AS が集まる交差点のような役割を果たしています。IX を介して直接つながることで、経由するホップの数が減り、これから説明する「経路の短さ」にもつながっていきます。
IX がない世界を想像してみましょう。ある国内の通信事業者から、別の国内の通信事業者へパケットを送りたいとき、直接の接続がなければ、いったん海外の設備を経由してから戻ってくる、といった遠回りが必要になるかもしれません。実際には、多くの国や地域に IX が設けられており、国内や近隣の事業者同士が、余計な遠回りをせずに直接つながれるようになっています。IX は、インターネットという広大な仕組みを、効率よく機能させるための、縁の下の設備だといえます。
経路が短いと速い——CDN は 3 行だけ
レッスン 6 で、遅延はデータが届くまでにかかる時間であると学びました。この遅延に大きく影響する要素の 1 つが、経路の長さ、つまりホップの数です。物理的な距離が長く、経由する区間が多いほど、パケットが往復するのにかかる時間は長くなる傾向があります。逆に、経由する区間が少なく、物理的な距離が近いほど、遅延は短くなる傾向があります。IX を介した直接の接続が重視されるのは、この経路の短縮という理由もあります。
配信する内容を、利用者に近い場所にあらかじめ用意しておくことで、経路を短くする仕組みもあります。CDN(Content Delivery Network)と呼ばれるこの仕組みは、遠く離れた 1 台のサーバーまで毎回パケットを送るのではなく、利用者から近い拠点にあらかじめ複製を用意しておくことで、遅延を短くします。仕組みの詳しい設計は、クラウド関連の入門コースの範囲です。
💡 ポイント 「サーバーが遠い国にあるサービスは、なんとなく反応が遅い気がする」という感覚は、経路の長さと遅延の関係から見ると、理にかなった実感です。物理的な距離や、経由する区間の数が、体感の速さに影響しています。
クラウドまでの経路
近年、多くの企業が業務システムをクラウド上に置くようになりました。「クラウド」と聞くと、何か特別な、雲の向こうにある存在のように感じるかもしれません。しかし、ここまでの知識を踏まえると、その実体は決して特別なものではないとわかります。
クラウド事業者のデータセンターも、突き詰めれば、これまで学んできた番地・名前・経路の仕組みでたどり着く、1 つの宛先にすぎません。あなたの端末からクラウド上のサービスへアクセスするときも、これまでのレッスンで学んできた、名前解決、ルーティング、ホップという道のりを、同じようにたどっています。クラウド事業者は、多くの場合、複数の AS を保有し、世界各地に拠点を構え、IX を介して多くの通信事業者と直接つながることで、利用者からの経路をできるだけ短くする工夫をしています。
「クラウドは特別な技術で動いている」という印象を持たれることがありますが、機構の層だけを見れば、あなたが自宅から近所の Web サイトにアクセスするときと、遠く離れたクラウド事業者のデータセンターにアクセスするときとで、たどっている仕組みの土台は変わりません。違うのは、宛先までの物理的な距離や、経由する AS の数、そしてその宛先の中でどのようなサービスが動いているかという、上位の階層の話です。クラウドの内部で、どのような論理的な構成が組まれているかという踏み込んだ話は、クラウド関連の入門コースが専門に扱う領域です。
家庭からデータセンターまでの通し図
最後に、本コース全体で学んできた要素を、1 枚の図にまとめてみましょう。あなたが自宅のパソコンで、あるサービスにアクセスするときの、通信全体の通し図です。
flowchart LR
U["利用者の端末"] --> W["Wi-Fi または有線 LAN"]
W --> R["家庭のルーター<br/>デフォルトゲートウェイ<br/>NAT"]
R --> ISP["ISP"]
ISP --> IX["IX"]
IX --> AS2["相手側の AS"]
AS2 --> DC["データセンターの<br/>サーバー"]
この図の一つひとつの区間に、これまでのレッスンで学んできた知識が対応しています。端末から Wi-Fi や有線 LAN を通る区間は、レッスン 4 と 6 で学んだ、MAC アドレスと電波の世界です。家庭のルーターを通る区間は、レッスン 2 で学んだ NAT と、レッスン 4 で学んだデフォルトゲートウェイの役割です。ISP から先、IX を経て相手の AS へ向かう区間は、このレッスンで学んだ、ネットワークとネットワークをまたぐ旅です。そして、目的地に着く前には必ず、レッスン 3 で学んだ名前解決が、裏側で瞬時に行われています。
📖 もっと詳しく この図の中の、どの区間で問題が起きているかを見極める力こそが、レッスン 7 で学んだ自己診断の力です。「自分だけの症状か」「特定のサイトだけか」という問いは、この通し図のどの区間を疑うべきかを絞り込むための、実践的な道具でした。
この図を眺めると、私たちが日々何気なく行っている「サイトを開く」という操作の裏側に、これほど多くの区間と、それぞれ独立して管理される仕組みが積み重なっていることに、改めて驚かされます。それでも、私たちがこの複雑さを意識せずに使えているのは、それぞれの区間を担う技術者や事業者が、階層ごとに役割を分担し、決められた約束事にしたがって、黙々と動き続けているからです。レッスン 1 で学んだ「プロトコルという共通言語」が、この巨大な分業を、静かに支えています。
中核メッセージの総復習
レッスン 1 で提示した 6 つの中核メッセージを、最後に振り返っておきましょう。
- ネットワークは階層でできている:レッスン 1 で、TCP/IP の 4 階層と OSI の 7 階層を学びました。この階層という物差しは、レッスン 2 から 8 まで、すべてのレッスンの土台になり続けました
- 番地と名前は別物:レッスン 2 と 3 で、IP アドレスというコンピューターのための番地と、ドメインという人間のための名前、そしてその 2 つをつなぐ DNS の仕組みを学びました
- パケットはバケツリレーで運ばれる:レッスン 4 で、ハブ・スイッチ・ルーターという機器の役割分担と、ルーティング・ホップという区間ごとの受け渡しを学びました。このレッスンで学んだ AS 同士の経路のやり取りも、同じバケツリレーの発想が、より大きな規模で繰り返されたものでした
- 速い・遅いには 2 つの意味がある:レッスン 6 で、帯域と遅延という、性質の異なる 2 つの指標を学びました。このレッスンで学んだ、経路の長さと遅延の関係も、この考え方の延長線上にあります
- つながらないときは下から切り分ける:レッスン 7 で、電源と物理・IP・名前・経路・アプリという、5 階層の自己診断の手順を学びました
- 仕組みを知らなくても使えるが、知っていると強い:ネットワークは、意識しなくても使えるように設計されています。それでも、旅路を知っている人だけが、つながらないときに自分で当たりをつけられるという事実を、本コースを通じて繰り返しお伝えしてきました
8 つのレッスンを通じて、この 6 つのメッセージが、それぞれ具体的な知識として積み上がったはずです。「アドレスを打ってから画面が出るまで」という、本コースの副題にある旅路を、いまのあなたは、階層を意識しながらたどれるようになっています。
修了後の学習方向
本コースは、ネットワークという機構の層に的を絞った、基礎のコースです。レッスン 1 で示したとおり、ネットワークに関わる話題は、ここから複数の方向へと広がっていきます。
暗号化の方式や、通信を守る技術、VPN の仕組み、ファイアウォールの種類を、より深く学びたい方は、情報セキュリティ関連の入門コースへ進むと、本コースで学んだ土台の上に、安全性の知識を積み上げられます。クラウド上の論理的なネットワーク構成や、負荷分散、配信の最適化について学びたい方は、クラウド関連の入門コースが、本コースで学んだ番地や名前解決の知識をそのまま活かせる内容になっています。社内ネットワークの設計と運用、アドレスの割り当て設計、無線アクセスポイントの配置といった、実務により近い内容を学びたい方は、情シス関連の入門コースが対象です。通信事業者の産業構造や料金制度、移動通信の世代について関心がある方は、通信・メディア業界関連の入門コースが扱っています。何も信頼しないことを前提にアクセスを設計する考え方や、攻撃者の手口と脅威の動向まで学びを広げたい方は、今後公開予定の入門コースが、それぞれの領域を扱う予定です。
いずれのコースも、本コースで学んだ「アドレスを打ってから画面が出るまでの旅路」を、前提の知識として組み立てられています。ネットワークという言葉に苦手意識を持っていた方が、本コースを通じて、階層・番地・名前・経路という切り口を手に入れたことで、これから先の学びが、以前よりずっと見通しよく進むはずです。
🔰 初学者の方へ どのコースに進むにしても、本コースで学んだ「階層で捉える」という発想は、共通の土台として役立ちます。専門用語が新しく登場しても、「これはどの階層の話だろう」と考える癖がついていれば、迷わずに読み進められるはずです。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- インターネットは、独立して運営される無数のネットワークが接続し合ってできた、ネットワークのネットワークである
- AS は、それぞれ独立して管理される、自律したネットワークの単位
- IX は、複数の AS が直接接続し合う、相互接続の場
- 経路が短いほど遅延は小さくなる傾向があり、CDN はこの経路を短縮する仕組みの 1 つ
- クラウド上のサービスも、これまで学んだ番地・名前・経路の仕組みでたどり着く宛先の 1 つにすぎない
- 家庭からデータセンターまでの通信は、本コースで学んだすべての要素が積み重なった、1 本の旅路である
8 つのレッスンを通じて、アドレスを打ってから画面が表示されるまでの旅路を、階層・番地・名前・経路という切り口でたどってきました。次に「つながらない」という場面に出会ったとき、このコースで身につけた地図を思い出し、下の階層から順に、落ち着いて当たりをつけてみてください。ここまで学習を続けてこられたことに、講師として敬意を表します。お疲れさまでした。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。