「誰にとっての何か」を決める——ポジショニングと差別化
レッスン2:「誰にとっての何か」を決める——ポジショニングと差別化
このレッスンで学ぶこと
- セグメンテーションとターゲティングの最小限を理解する
- ポジショニングを言葉にする方法を身につける
- 差別化を機能・情緒・自己表現という 3 つの軸で捉えられるようになる
- 「誰に向けないか」を決める重要性を説明できる
レッスン1では、ブランドを相手の頭の中にある「らしさ」の蓄積として捉える見方と、本コースが扱う範囲を確認しました。本レッスンからは、いよいよ実務の中身に入ります。最初のテーマは、ブランディングのすべての土台となる「誰にとっての何かを決める」という作業、ポジショニングと差別化です。
セグメンテーションとターゲティングの最小限
「誰にとっての何か」を決めるには、まず「誰に」の部分を整理する必要があります。マーケティングの世界では、これをセグメンテーションとターゲティングという 2 つの作業に分けて考えます。
セグメンテーションとは、市場全体を、共通の特徴を持つグループに分ける作業です。年齢や地域といった基本的な属性で分けることもあれば、価値観や利用シーンといった行動面で分けることもあります。
ターゲティングとは、分けたグループの中から、自社が重点的に向き合う相手を選ぶ作業です。すべてのグループに同じように向き合おうとすると、結局どのグループにも刺さらないメッセージになりがちです。
本コースでは、この 2 つの手法そのものを詳しく解説することはしません。ブランディングの文脈で押さえておくべきなのは、次の 1 点だけです。
セグメンテーションとターゲティングは、「誰に向けて何を約束するか」を決めるための準備作業である
準備作業を終えたら、次はいよいよ「何を約束するか」、つまりポジショニングを言語化する段階に進みます。
ポジショニングとは何か
ポジショニングとは、選んだ相手の頭の中で、自社や自社の商品が「どのような位置」を占めるかを決め、それを実現する活動を指します。
ここで重要なのは、ポジショニングが「自社視点の宣言」ではなく、「相手の頭の中での位置取り」だという点です。自社がどれだけ「私たちはこういう会社です」と主張しても、相手の頭の中に別の位置が形成されてしまえば、ポジショニングは成立していません。
ポジショニングを考える出発点は、次の 3 つの問いです。
- 誰にとっての存在か(ターゲット)
- その相手にとって、何を約束する存在か(提供価値)
- 競合と比べて、なぜ自社が選ばれるのか(違いの理由)
この 3 つが明確になって初めて、相手の頭の中に、意図した位置が形成されやすくなります。
次の図は、3 つの問いがどのように 1 つの位置取りへと合流していくかを表しています。
flowchart TD
A[誰にとっての存在か] --> D[意図した位置取り]
B[何を約束する存在か] --> D
C[なぜ選ばれるのか] --> D
D --> E[相手の頭の中に形成される位置]
3つの問いはどれか 1 つが欠けても、位置取りは不安定になります。ターゲットが曖昧なまま提供価値だけを語っても相手に届きませんし、違いの理由が弱ければ、他社との比較で埋もれてしまいます。
💡 ポイント ポジショニングは、一度決めたら終わりではありません。市場の変化や競合の動きに応じて、定期的に点検する必要があります。ただし、頻繁に変えすぎると、相手の頭の中の位置が定まらなくなります。レッスン7で扱うリブランディングは、このポジショニングを見直す大きな契機の 1 つです。
差別化の 3 つの軸
「なぜ自社が選ばれるのか」を考える際、差別化の要素を整理する枠組みとして、機能・情緒・自己表現という 3 つの軸で捉える考え方があります。
機能的な差別化
商品やサービスが持つ、具体的な機能や性能による違いです。処理速度が速い、価格が安い、耐久性が高いといった、比較検証できる違いがこれにあたります。
機能的な差別化は説得力が高い一方、競合に模倣されやすいという弱点があります。ある機能が優れていても、競合が追いつけば差はなくなります。
情緒的な差別化
相手が感じる、安心感・信頼感・親しみやすさといった、感情面での違いです。同じ機能を持つ商品でも、「このブランドなら安心できる」という感覚が、選ばれる理由になることがあります。
情緒的な差別化は模倣されにくい反面、積み上げに時間がかかります。一朝一夕には作れない分、一度築けると競合との違いが長続きしやすくなります。
自己表現的な差別化
その商品やブランドを選ぶことで、相手が「自分はこういう人間だ」と感じられる違いです。環境に配慮した選択をしている自分、先進的な選択をしている自分、といった自己像に訴えかける要素がこれにあたります。
自己表現的な差別化は、相手の価値観と強く結びつくため、深い関係を築きやすい一方、相手を選ぶ側面が強くなります。
📝 補足 3 つの軸は、どれか 1 つだけを選ぶものではありません。多くの強いブランドは、機能的な裏付けを土台にしながら、情緒や自己表現の要素を重ねています。ただし、すべてを同時に強く打ち出そうとすると、メッセージがぼやけます。どの軸を主軸に置くかを決めることが実務上の判断です。
業種による軸の選び方の違い
どの軸を主軸に置くかは、業種や商品の性質によって傾向が変わります。
- 消費財のように、購入の判断が短時間で行われる商品では、情緒的な差別化が主軸になりやすい傾向があります。棚の前で機能を比較検討する時間は限られているためです
- BtoB のソフトウェアのように、複数の担当者が時間をかけて検討する商品では、機能的な差別化が主軸になりやすい傾向があります。導入の判断には、社内での説明責任が伴うためです
- サービス業のように、相手との継続的な関わりが前提となる業態では、自己表現的な差別化が効きやすい傾向があります。相手が「このサービスを選んでいる自分」に価値を感じる場面が多いためです
これらはあくまで傾向であり、絶対の法則ではありません。同じ業種でも、狙うターゲットによって主軸は変わります。重要なのは、自社の状況に照らして、どの軸が相手に最も響くかを検証しながら決めることです。
「誰に向けないか」を決める
ここで、本コースの中核メッセージの 2 つ目に立ち返ります。「誰にとっての何かを決めるとは、誰に向けないかを決めることでもある」というメッセージです。
多くの企業が陥りやすい失敗は、「できるだけ多くの人に受け入れられたい」という発想です。この発想は一見合理的に思えますが、実際にはポジショニングを曖昧にします。すべての人に好かれようとするメッセージは、誰の頭の中にも強い位置を作れません。
ある国内の日用品メーカーの例で考えると、幅広い年代に向けた商品説明を作った結果、若年層にも高齢層にも「なんとなく自分向けではない」と感じられてしまうことがあります。逆に、特定の生活シーンを持つ人に向けて明確に語ったほうが、結果的にその周辺の層にも届きやすくなるという現象がしばしば見られます。
「誰に向けないか」を決めることは、その相手を軽視することではありません。限られた資源とメッセージを、狙った相手に確実に届けるための、戦略的な選択です。
⚠️ 注意 「向けない相手」を決めると、その相手からの反発や、社内での「機会を狭めているのでは」という懸念が出ることがあります。しかし、狭めているのは対象ではなく、メッセージの散漫さです。狙いを絞ったメッセージのほうが、結果として広く届くことは珍しくありません。
ポジショニング・ステートメントの型
決めたポジショニングを、社内で共有しやすい形に言語化する型があります。次のような構文が代表的です。
〔ターゲット〕にとって、〔ブランド名〕は、〔競合カテゴリ〕の中で、〔提供価値〕を約束する存在である。なぜなら、〔違いの理由〕だからである。
この型を使う目的は、美しい広告コピーを作ることではありません。社内の関係者が、狙う相手・提供する価値・違いの理由について、共通の理解を持つための作業です。ポジショニング・ステートメントは、通常は外部に公開せず、社内の判断の拠り所として使います。
書き方のコツを 3 つ挙げます。
- ターゲットは具体的な人物像ではなく、共通する状況や価値観で表現する
- 提供価値は、機能だけでなく、情緒や自己表現の要素も含めて検討する
- 違いの理由は、自社が主張したいことではなく、相手が納得できる根拠にする
🔰 初学者の方へ ポジショニング・ステートメントを初めて書くと、あれもこれも詰め込みたくなります。しかし、詰め込むほど、相手の頭の中の位置はぼやけます。1 文で言い切れないなら、まだ決めきれていないというサインです。中核メッセージの 3 つ目、「ブランドは足し算では強くならない。減らすほど輪郭が出る」を思い出してください。
競合の定義を広げすぎない
ポジショニングを考えるうえで、意外と見落とされがちなのが「競合をどう定義するか」です。
比較の対象を、同じ業種・同じ商品カテゴリの企業だけに限定すると、視野が狭くなることがあります。相手が実際に比較検討している対象は、業種の垣根を越えることも珍しくありません。例えば BtoB 企業の場合、同業他社だけでなく、社内での内製という選択肢も、実質的な競合になり得ます。
一方で、競合の定義を広げすぎると、今度は焦点がぼやけます。「あらゆる企業が競合になり得る」という発想では、差別化の議論が抽象的になりすぎて、実務に落とし込めません。
実務的な指針としては、次の 2 種類を区別して整理するとよいでしょう。
- 直接競合:同じカテゴリで、同じ相手を狙う企業
- 間接競合:異なるカテゴリだが、相手の同じ課題や予算を奪い合う存在
ポジショニングを言語化する際は、まず直接競合を基準に「違いの理由」を固め、そのうえで間接競合との違いも点検する、という順序が扱いやすくなります。
| 分類 | 定義 | 例(BtoB 業務ソフトの場合) |
|---|---|---|
| 直接競合 | 同じカテゴリで、同じ相手を狙う企業 | 同種の業務ソフトを提供する他社 |
| 間接競合 | 異なるカテゴリだが、同じ課題や予算を奪い合う存在 | 表計算ソフトでの自作運用、社内システムの内製 |
| 潜在競合 | 現時点では競合していないが、将来参入し得る存在 | 隣接領域で近い顧客層を持つ企業 |
潜在競合まで含めて考え始めると際限がなくなるため、通常のポジショニング検討では直接競合と間接競合の 2 つを基準にし、潜在競合は市場環境を点検する際に補助的に参照する程度にとどめるのが実務的です。
ポジショニングでよくある失敗
ポジショニングの検討でよく見られる失敗を、3 つ挙げておきます。
失敗 1:抽象的すぎる言葉でまとめる
「高品質」「お客様第一」といった言葉は、ほぼすべての企業が使える表現であり、差別化の役に立ちません。どの企業にも当てはまる言葉は、結局どの企業のことも指していないのと同じです。抽象的な言葉を使う場合は、その言葉が自社に固有の意味を持つよう、具体的な行動や仕組みと結び付けて説明する必要があります。
失敗 2:社内の願望を並べる
「若い世代にも、年配の方にも、法人にも、個人にも選ばれたい」というように、社内の希望をすべて盛り込むと、狙いが定まらないステートメントになります。ポジショニングは、選ばれたい相手の願望リストではなく、現実的に選び取る意思決定です。
失敗 3:競合との比較を避ける
「他社と比較されたくない」という心理から、違いの理由をあいまいにしてしまうことがあります。しかし、相手は必ず何かと比較して選択します。比較を避けたポジショニングは、相手の判断材料を用意していないのと同じであり、結果的に価格の安さだけで選ばれる状態を招きやすくなります。
⚠️ 注意 3 つの失敗はいずれも、「決めることへの恐れ」から生まれます。何かを決めるということは、別の何かを選ばないということです。中核メッセージの 2 つ目を思い出し、「向けない相手」を明確にする勇気を持つことが、ポジショニングを機能させる鍵になります。
💡 ポイント 競合の定義は、市場の状況によって変わり続けます。一度定義した競合を固定的に考えるのではなく、定期的に見直す姿勢が必要です。この点は、レッスン8で扱う追跡調査の考え方ともつながります。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- セグメンテーションとターゲティングは、「誰に向けて何を約束するか」を決めるための準備作業である
- ポジショニングとは、相手の頭の中での位置取りであり、自社視点の宣言ではない
- 差別化には機能・情緒・自己表現という 3 つの軸があり、多くの強いブランドはこれらを重ねている
- 「誰にとっての何かを決める」とは、「誰に向けないか」を決めることでもある
- ポジショニング・ステートメントは、社内の判断の拠り所として言語化するものである
- 競合は直接競合と間接競合に分けて整理すると、実務に落とし込みやすい
次のレッスンでは、決めたポジショニングを複数のブランドでどう並べるか、ブランドアーキテクチャという考え方を扱います。1 つの企業が複数のブランドを持つとき、それぞれをどう関係づけるかという実務です。ここで決めた「誰にとっての何か」は、以降のレッスンすべての土台になり続けます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。