リブランディング——平時に作り替える
レッスン7:リブランディング——平時に作り替える
このレッスンで学ぶこと
- 平時のリブランディングの位置づけを理解する
- リブランディングを行う理由と、行わない理由を整理できる
- 社名変更や事業統合といった契機と、移行期間の運用を理解する
- リブランディングが失敗する典型的なパターンを把握する
レッスン6では、決めたことを日々の判断でぶらさずに守る、一貫性の仕組みを扱いました。本レッスンでは視点を変え、ブランドそのものを作り替える場面、リブランディングを扱います。ここで扱うのは、平時に計画的に行うリブランディングです。何らかの深刻な出来事の後に、失った信頼を立て直すという文脈でのブランドの立て直しは、本コースの範囲には含みません。
リブランディングとは何か
リブランディングとは、既存のブランドについて、ポジショニング・識別体系・名称のいずれか、あるいは複数を、意図的に作り替える活動を指します。
リブランディングには、大きく分けて 2 つの深さがあります。1 つは、ロゴや色といった識別体系だけを更新する、比較的軽いリブランディングです。もう 1 つは、ポジショニングそのものを見直し、場合によっては名称まで変更する、根本的なリブランディングです。
本レッスンで主に扱うのは、後者の根本的なリブランディングです。識別体系だけの更新であれば、レッスン4で扱った識別体系の設計思想を、あらためて適用すれば対応できます。しかし、ポジショニングそのものを見直す場合は、レッスン2で決めた「誰にとっての何か」を、あらためて問い直す作業になります。
💡 ポイント リブランディングは、ブランドが「古くなったから」という理由だけで行うものではありません。時間の経過そのものは、リブランディングの十分な理由にはなりません。次のセクションで、行う理由と行わない理由を整理します。
次の図は、リブランディングを検討する際の、判断の大まかな流れを表しています。
flowchart TD
A[実態と印象のずれを点検する] --> B{ずれは無視できない大きさか}
B -->|いいえ| C[現状のブランドを維持する]
B -->|はい| D{作り替えで解消できるか}
D -->|はい| E[平時のリブランディングを計画する]
D -->|いいえ| F[撤退を含めて経営に判断を委ねる]
この図が示す通り、リブランディングは「変えるか変えないか」の二択ではなく、まずずれの大きさを点検し、そのうえで作り替えと撤退のどちらが現実的かを検討する、段階的な判断です。
リブランディングをやる理由、やらない理由
やる理由になり得るもの
リブランディングを検討する正当な契機として、次のようなものが挙げられます。
- 事業の内容が大きく変わり、既存のポジショニングが実態と合わなくなった
- 複数の企業が統合し、それぞれのブランドを 1 つに整理する必要が生じた
- 狙うべき相手が変わり、既存のブランドでは届きにくくなった
- 既存の名称やロゴが、新しい事業展開の妨げになっている
これらに共通するのは、「実態と、相手の頭の中にある印象との間に、無視できないずれが生じている」という状態です。リブランディングは、このずれを解消するための手段として位置づけられます。
やらない理由になり得るもの
一方で、次のような理由だけでリブランディングに踏み切ることには、慎重であるべきです。
- 単に見た目に飽きた、新しさが欲しいという感覚的な理由
- 経営陣の交代にあわせて、前任者の色を消したいという内部の事情
- 競合が識別体系を刷新したので、自社も追随したいという横並びの発想
これらの理由が悪いというわけではありませんが、これらだけを根拠にリブランディングを行うと、相手にとっては「なぜ変わったのか分からない」という状態になりがちです。相手の頭の中にある印象を作り替えるには、相応のコストと時間がかかります。そのコストに見合うだけの、実態のずれがあるかどうかを、まず点検する必要があります。
⚠️ 注意 「新しくなった感」を出すこと自体を目的にしたリブランディングは、往々にして長続きしません。新しさは、数年経てばまた古くなります。リブランディングの軸に据えるべきは、見た目の新しさではなく、実態とのずれの解消です。
社名変更・事業統合・世代交代という契機
リブランディングの中でも、特に大きな決断となるのが、社名変更を伴うケースです。代表的な契機を 3 つ挙げます。
社名変更
事業の実態が、創業時の社名から大きく離れてしまった場合や、社名が新しい事業展開の妨げになっている場合に検討されます。社名変更は、取引先への通知、契約書類の更新、各種の登録変更など、実務上の負担が非常に大きい決断です。ブランディングの観点だけでなく、法務・総務を含めた全社的なプロジェクトになります。
事業統合
複数の企業や事業部が統合される場合、それぞれが持っていたブランドをどう扱うかが問われます。レッスン3で学んだブランドアーキテクチャの考え方が、ここで直接応用されます。1 つのブランドに統一するのか、複数のブランドを並存させるのか、統合の目的に照らして判断します。
ある製造業の事業統合の例で考えると、統合前にはそれぞれの事業が独自のブランドで長年の取引先を持っていることが少なくありません。この場合、片方のブランドをもう片方に単純に吸収させると、吸収された側の取引先が「軽視された」と感じ、関係が損なわれることがあります。統合の目的が「規模の拡大による効率化」なのか、「新しい価値の提示」なのかによって、統一すべきか、しばらく並存させるべきかの判断は変わります。
世代交代
経営を担う世代が交代するタイミングも、リブランディングの契機になり得ます。ただし、世代交代そのものはリブランディングの理由にはなりません。世代交代にあわせて事業の方向性が実際に変わる場合に、その変化を反映する形でリブランディングが検討されるべきです。
📝 補足 3 つの契機はいずれも、ブランドの都合だけで動くものではなく、経営全体の意思決定と密接に結びついています。ブランド担当者は、これらの契機が経営の議題に上がった段階で、早い時期から関与することが望ましいといえます。後から呼ばれて対応するのでは、選択の幅が狭くなります。
移行期間の二重運用
リブランディングを実行に移す際、多くの場合、旧ブランドから新ブランドへ、一夜にして完全に切り替わるわけではありません。一定の移行期間、旧ブランドと新ブランドが並存する二重運用の期間が発生します。
なぜ二重運用が必要か
相手にとって、見慣れたブランドが突然消えることは、混乱や不安を招きます。特に、長年取引のある相手にとっては、「今までの契約や関係はどうなるのか」という実務的な疑問も生まれます。二重運用の期間は、相手が新しいブランドに慣れるための猶予であると同時に、実務上の移行を滞りなく進めるための準備期間でもあります。
二重運用の設計で押さえるべき点
- 移行の期間をあらかじめ決めておく(延々と続けない)
- 新旧どちらのブランドで発信された情報も、相手が同じ企業のものだと認識できる工夫をする
- 社内の関係者にも、移行のスケジュールを明確に共有する
- 印刷物や契約書類など、切り替えに時間がかかる媒体を早めに洗い出す
移行期間を曖昧にしたまま進めると、いつまでも新旧が混在し、かえって一貫性が損なわれます。レッスン6で扱った一貫性の考え方は、リブランディングの移行期間においても重要な指針になります。
🔰 初学者の方へ 移行期間の長さに、絶対の正解はありません。相手との接点の多さや、契約関係の複雑さによって、必要な期間は大きく変わります。重要なのは、期間を決めずになんとなく並存させるのではなく、いつまでに完全移行するかを明確にしておくことです。
社内合意の取り方
リブランディングは、社外への発信である以前に、社内の合意形成のプロセスです。ここでつまずくと、実行段階に進む前に計画が停滞します。
社内合意を進めるうえで意識すべき点を、3 つ挙げます。
- 早い段階で関係部署を巻き込む:ブランド担当部署だけで検討を進め、完成した案を他部署に提示する進め方は、反発を招きやすくなります。営業・人事・法務など、影響を受ける部署を早い段階から検討に加えることが望ましいといえます
- 変える理由を、実態のずれとして説明する:「新しくしたいから」ではなく、「実態と印象の間に、これだけのずれがある」という事実を根拠に説明することで、感覚的な反対意見に対しても議論の土台ができます
- 既存のブランドへの愛着に配慮する:長年そのブランドに関わってきた社員にとって、変更は単なる業務上の変化ではなく、感情的な出来事でもあります。愛着そのものを否定せず、変える理由を丁寧に共有する姿勢が求められます
💡 ポイント 社内合意に時間をかけることは、遠回りに見えて、実行段階でのつまずきを減らします。合意が不十分なまま見切り発車すると、実行の途中で反対意見が噴出し、計画全体が停滞するリスクが高まります。
社内合意の場では、しばしば「そもそも変える必要があるのか」という根本的な問いが繰り返されます。この問いに対して、その都度感情的な説明で応じるのではなく、レッスン2で学んだポジショニング・ステートメントや、レッスン8で扱う指標のような、共通言語となる資料を用意しておくと、議論が同じ土台の上で進みやすくなります。合意形成そのものも、ブランディングの実務の一部だと捉える姿勢が求められます。
失敗する 3 パターン
リブランディングが失敗する典型的なパターンを、3 つ紹介します。
パターン1:見た目だけを変えて、実態が変わらない
識別体系だけを新しくしても、相手が実際に体験する商品やサービスの中身が変わらなければ、相手の頭の中の印象はいずれ元に戻ります。見た目の変更は、実態の変化を伝えるための手段であって、目的そのものではありません。
パターン2:社内の準備が整う前に発表してしまう
新しいポジショニングやメッセージを対外的に発表したにもかかわらず、社内の体制や商品がそれに追いついていない状態です。本コースの中核メッセージの 4 つ目、「社外に約束したことは、社内で先に実現していなければ嘘になる」がここでも当てはまります。リブランディングは、社外発表がゴールではなく、社内の実態を整えることが先です。
パターン3:既存の顧客との関係を軽視する
新しい相手を獲得するためのリブランディングに集中するあまり、これまで支えてくれた既存の顧客への配慮が後回しになるケースです。新しいポジショニングが、既存の顧客にとって「自分たちはもう歓迎されていないのではないか」という不安を生むと、リブランディングによって新しい相手を得る以上に、既存の相手を失うことにもなりかねません。
⚠️ 注意 3 つのパターンに共通するのは、「変えること」自体に意識が向きすぎて、「変えた後に何が起きるか」への想像が不足している点です。リブランディングの計画段階で、これら 3 つのパターンに当てはまっていないかを、あらかじめ点検しておくことをおすすめします。
撤退という選択
リブランディングを検討する過程では、「作り替える」以外の選択肢も、常に視野に入れておく必要があります。それが、ブランドそのものを畳むという撤退の選択です。
作り替えるコストと、撤退するコストを比較したとき、ずれが大きすぎて作り替えでは埋まらない、あるいは市場そのものが縮小していて、作り替えても展望が開けない、という状況は現実に起こり得ます。そのような状況で無理にリブランディングを進めても、投じた資源が回収できないまま、ずるずると縮小していくことになりかねません。
撤退は、失敗の証明ではありません。レッスン3で扱ったブランドアーキテクチャの議論でも触れた通り、ブランドを増やす判断には、あらかじめ撤退の基準を用意しておくことが望ましいという考え方があります。リブランディングを検討する場面でも、同じ発想が当てはまります。「作り替える」か「畳む」かを、感情ではなく、実態に基づいて判断する姿勢が求められます。
📖 もっと詳しく 撤退の判断は、ブランド担当者だけで下せるものではなく、経営全体の意思決定です。ブランド担当者の役割は、撤退すべきかどうかを最終的に決めることではなく、「このまま続けた場合の実態と印象のずれ」を、正確に経営に伝えることにあります。
撤退を決めた場合も、進め方には配慮が必要です。長年そのブランドを利用してきた相手がいる場合、突然の終了は不信感を招きます。可能な範囲で事前に周知し、移行先がある場合はその案内を丁寧に行うなど、レッスン5で扱った「離職者が語ることもブランドである」という視点と同じように、「撤退したブランドについて相手がどう語るか」もまた、企業の別のブランドや、次の挑戦への印象に影響します。
リブランディングに着手する前の点検事項
ここまでの内容を踏まえ、リブランディングに着手する前に確認しておきたい点を、チェック項目として整理します。
- 実態と印象のずれを、具体的な事実として説明できるか
- そのずれは、識別体系の更新で解消できるものか、ポジショニングの見直しが必要なものか
- 関係部署は、早い段階から検討に加わっているか
- 移行期間の長さと、対象となる媒体は洗い出せているか
- 既存の顧客や取引先への影響を、事前に検討しているか
- 作り替えるコストと、撤退するコストを比較したか
これらの項目に自信を持って答えられない状態で計画を進めると、実行の途中でつまずく可能性が高くなります。着手前の点検に時間をかけることは、遠回りではなく、後戻りのコストを減らすための投資です。
🔰 初学者の方へ リブランディングは、華やかな発表の場面ばかりが注目されがちですが、実務の大部分は、地道な点検と調整の積み重ねです。発表の瞬間だけを成功の基準にせず、移行が落ち着くまでの全体を通して評価する視点を持ってください。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 本レッスンが扱うのは、平時に計画的に行うリブランディングである
- リブランディングをやる理由は、実態と印象の間の無視できないずれである。感覚的な理由だけで踏み切ることには慎重であるべき
- 社名変更・事業統合・世代交代は代表的な契機だが、いずれも経営全体の意思決定と結びついている
- 移行期間の二重運用は、期間を明確に決めたうえで運用する
- 社内合意は、早い段階での巻き込み、実態のずれに基づく説明、既存への愛着への配慮を意識して進める
- 失敗する 3 パターンは、見た目だけの変更、社内準備の不足、既存顧客の軽視である
- 作り替えるコストが見合わない場合、撤退という選択肢も視野に入れる
次のレッスンでは、ここまで決め、形にし、守ってきたブランドの健全性を、どう測り、どう管理していくかを扱います。コース全体の締めくくりです。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。