ブランドアイデンティティとトーン&マナー
レッスン4:ブランドアイデンティティとトーン&マナー
このレッスンで学ぶこと
- ブランドパーソナリティを言葉にする方法を理解する
- トーン&マナーを、使う言葉と使わない言葉で定義できるようになる
- 識別体系の設計思想を理解する
- ブランドガイドラインに書くべき内容を把握する
レッスン3では、複数のブランドをどう並べるか、ブランドアーキテクチャを学びました。本レッスンからは、決めたポジショニングを、実際にどう形にするかという段階に入ります。最初のテーマは、ブランドの中身を言葉と見た目で表現する、ブランドアイデンティティとトーン&マナーです。
ブランドアイデンティティとは
ブランドアイデンティティとは、企業がブランドについて「相手にこう見られたい」と意図する姿を、整理して言語化したものです。
レッスン1で確認した通り、ブランドの実体は「相手の頭の中にある印象」です。しかし、その印象を意図的に育てるためには、まず自社の側で「どう見られたいか」を明確にしておく必要があります。ブランドアイデンティティは、いわば相手に届ける前の設計図にあたります。
ブランドアイデンティティを構成する代表的な要素として、次の 2 つがあります。
- ブランドパーソナリティ:ブランドを人にたとえたときの性格
- トーン&マナー:その性格が、言葉や見た目にどう表れるかの規範
次の図は、ポジショニングから、ブランドガイドラインに至るまでの、内容が具体化していく流れを表しています。
flowchart LR
A[ポジショニング] --> B[ブランドパーソナリティ]
B --> C[トーン&マナー]
B --> D[識別体系]
C --> E[ブランドガイドライン]
D --> E
この図が示す通り、ポジショニングが決まっていない状態で、いきなりトーン&マナーや識別体系を考え始めると、土台のない設計になります。順序を守ることが、遠回りに見えて実は近道です。
順番に見ていきましょう。
ブランドパーソナリティの言語化
ブランドパーソナリティとは、ブランドをもし人間にたとえるなら、どのような性格の持ち主かを言語化したものです。「誠実」「先進的」「親しみやすい」といった性格の言葉で表現します。
なぜ、わざわざ人間の性格にたとえるのでしょうか。理由は、相手が企業や商品に対して抱く印象が、実際に人間関係と似た構造を持つためです。相手は、信頼できる人と付き合いたいと感じるのと同じように、信頼できるブランドを選びたいと感じます。性格という言葉に置き換えることで、社内の関係者が共通のイメージを持ちやすくなります。
言語化の手順
ブランドパーソナリティを言語化する際は、次のような手順で進めると扱いやすくなります。
- 性格を表す言葉を、思いつく限り挙げる(10〜20 語程度)
- その中から、ポジショニングと矛盾しない言葉を絞り込む
- 絞り込んだ言葉のうち、特に重要な 3〜5 語を選ぶ
- 選んだ言葉それぞれについて、「何をすればその性格らしいか」「何をすればその性格らしくないか」を具体的に書き出す
最後の 4 番目の手順が特に重要です。「誠実」という言葉だけでは、具体的な行動には落とし込めません。「約束した納期は必ず守る」「不利な情報も隠さず伝える」といった、具体的な行動として言い換えることで、初めて実務で使える基準になります。
💡 ポイント 中核メッセージの 3 つ目、「ブランドは足し算では強くならない。減らすほど輪郭が出る」は、ここでも当てはまります。性格を表す言葉を欲張って 10 個も選んでしまうと、結局どれも中途半端になります。3〜5 語に絞ることで、輪郭がはっきりします。
トーン&マナーの定義のしかた
ブランドパーソナリティが決まったら、それを実際の言葉や見た目にどう表すかを定めます。これがトーン&マナーです。
トーン&マナーを定義する際、抽象的な言葉だけで終わらせないことが重要です。「親しみやすい文章にする」とだけ書いても、書き手によって解釈が割れます。実務で機能するトーン&マナーは、「使う言葉」と「使わない言葉」を対で示す形にします。
使う言葉と使わない言葉
次のような形式で整理すると、関係者の間で解釈のずれが少なくなります。
| 観点 | 使う | 使わない |
|---|---|---|
| 人称 | 「私たち」「皆さま」 | 過度にへりくだった敬語表現 |
| 文末 | 言い切りの表現 | 曖昧な言い回しの多用 |
| 専門用語 | 説明を添えて最小限に使う | 説明なしの専門用語の羅列 |
| 数字の見せ方 | 具体的な数字で語る | 「非常に」「かなり」など抽象的な強調 |
この表はあくまで一例であり、実際には自社のブランドパーソナリティに応じて、観点も内容も変わります。重要なのは、「使う」と「使わない」の両方を書くことです。使ってよい言葉だけを並べると、書き手は結局迷いますが、避けるべき表現まで示されていると、判断の速度が上がります。
📝 補足 トーン&マナーは、文章のスタイルだけでなく、写真の選び方、色の使い方、話し言葉のトーンなど、あらゆる表現に及びます。本レッスンでは主に言葉の面を中心に扱いますが、実際のガイドラインでは視覚表現のトーンも合わせて定義します。
場面ごとの調整
トーン&マナーは、すべての場面でまったく同じである必要はありません。相手や場面に応じて、トーンの強弱を調整する余地を持たせることが、実務上は現実的です。
例えば、公式サイトのトップページでは端正な言葉遣いを保ちつつ、交流サイトの投稿ではやや砕けた表現を許容する、といった調整です。ただし、この調整はブランドパーソナリティの範囲内で行うべきものであり、場面ごとにまったく別の性格を演じるべきではありません。「誠実」という性格が土台にあるなら、砕けた表現を使う場面でも、誠実さそのものは崩さない、という考え方です。
識別体系の設計思想
ブランドパーソナリティとトーン&マナーが「言葉」の設計だとすれば、識別体系は「見た目」の設計にあたります。名前・ロゴ・色・書体といった、目に見える要素の集合です。
ここで強調しておきたいのは、識別体系を設計する際の出発点は、デザインのセンスではなく、ブランドパーソナリティだという点です。「誠実」という性格を持つブランドであれば、色や書体もその性格を裏切らない選択が求められます。派手な色使いや遊び心のある書体が悪いわけではありませんが、性格と矛盾する見た目を選ぶと、相手の頭の中に生まれる印象がちぐはぐになります。
識別体系の設計で押さえておくべき視点を、3 つ挙げます。
- 一貫性:あらゆる媒体で、同じ要素が同じように使われているか
- 識別性:競合と並んだときに、瞬時に見分けられるか
- 拡張性:将来、新しい商品や媒体が増えても、破綻せずに応用できるか
⚠️ 注意 識別体系は、担当者の好みで細部が少しずつ変わっていくことがよくあります。ロゴの余白の取り方、色の微妙な濃淡、書体のわずかな違い——これらの積み重ねが、数年後には「同じブランドなのに、媒体によって印象が違う」という状態を生みます。細部までルール化しておくことが、一貫性を守る土台になります。
色と書体が伝える印象
色や書体そのものにも、相手が受け取る印象の傾向があります。例えば、寒色系の色は落ち着きや信頼感を、暖色系の色は親しみやすさや活力を連想させやすいと言われます。書体についても、直線的な書体は端正さや先進性を、丸みを帯びた書体は柔らかさや親しみやすさを連想させやすい傾向があります。
ただし、これらはあくまで一般的な傾向であり、文化や業界、時代によっても受け取られ方は変わります。色や書体を選ぶ際に大切なのは、一般的な印象の傾向を参考にしつつ、最終的には自社のブランドパーソナリティと照らして判断することです。「信頼感を出したいから寒色系」という単純な当てはめではなく、「誠実さという性格を、この色でどう表現できるか」という順序で考える姿勢が求められます。
🔰 初学者の方へ 色や書体の選定は、ブランディングの中でも特に主観が入りやすい領域です。担当者の個人的な好みと、ブランドパーソナリティに基づく判断を混同しないよう、選定の理由を必ず言葉で説明できるようにしておくことをおすすめします。「なんとなく良い」という理由だけで選ばれた要素は、後から一貫性が崩れる原因になりがちです。
ネーミングの考え方
識別体系の中でも、名前は特に重要な要素です。ネーミングを考える際の基本的な観点を、4 つ紹介します。
- 発音のしやすさ:声に出して読みやすいか、聞き間違えにくいか
- 意味の連想:名前から、提供価値やパーソナリティが連想できるか
- 拡張の余地:将来、事業や商品ラインアップが広がっても使い続けられるか
- 識別性:既存の競合や、紛らわしい名前と混同されないか
ある食品メーカーが新商品の名前を検討した例で考えると、商品の特徴をそのまま説明する名前と、パーソナリティを連想させる造語との間で、社内の意見が対立することがよくあります。前者は理解しやすい反面、他社にも模倣されやすく、後者は独自性を出しやすい反面、覚えてもらうまでに時間がかかります。どちらが正解ということではなく、ポジショニングに照らして、どちらの性質を優先するかを判断する必要があります。
名前を考える段階では、アイデアを幅広く出すことが大切ですが、候補を絞り込む最終段階で、必ず確認すべき事実があります。それは、その名前をすでに他社が使っていないか、商標として調査する必要があるという点です。どれだけ魅力的な名前を考えついても、そこで衝突が見つかれば、その名前は使えません。
📖 もっと詳しく 調査の具体的な進め方や、出願の手続きについては、コンプライアンス関連の入門コースの領域です。本コースでは、ネーミングの発想と、決定前に確認が必要だという事実の指摘にとどめます。
ブランドガイドラインに何を書くか
ブランドパーソナリティ、トーン&マナー、識別体系——これらを整理し、社内外の関係者が参照できる形にまとめたものが、ブランドガイドラインです。
ブランドガイドラインに盛り込むべき代表的な項目を整理します。
- ブランドの目的とポジショニング(誰にとっての何かという要約)
- ブランドパーソナリティ(3〜5 語の性格と、その説明)
- トーン&マナー(使う言葉・使わない言葉の一覧)
- 識別体系のルール(ロゴの使用規定、色の指定、書体の指定)
- 良い例と悪い例(実際の表現を並べた具体例)
最後の「良い例と悪い例」は、特に実務での効果が高い項目です。抽象的なルールの説明だけでは、読み手によって解釈が割れます。実際の文章や画像を並べて「これは良い例、これは避けるべき例」と示すことで、判断の速度が格段に上がります。
ブランドガイドラインの運用や、判断に迷ったときにどう使うかについては、レッスン6で詳しく扱います。
💡 ポイント ブランドガイドラインは、一度作って終わりの文書ではありません。実際に運用する中で、想定していなかった場面が必ず出てきます。そのたびに項目を追加し、育てていくものだと捉えてください。
アイデンティティ設計でよくある失敗
ブランドアイデンティティの設計で、よく見られる失敗を 2 つ挙げておきます。
失敗 1:流行の見た目を追いかける
同業他社や、話題になっている他業界の見た目を参考にしすぎると、自社のブランドパーソナリティとは無関係に、見た目だけが変わっていきます。結果として、数年後には「なぜこの色やこの書体を選んだのか」を誰も説明できない状態になりかねません。参考にすること自体は悪くありませんが、最終的な判断基準は、あくまで自社のパーソナリティであるべきです。
失敗 2:デザイナー任せにして言語化を省く
パーソナリティやトーン&マナーの言語化を省き、「良い感じにお願いします」とデザイナーに丸投げしてしまうケースも見られます。デザイナーの技術がどれだけ高くても、依頼側が「誰にとっての何か」を言語化していなければ、出来上がったものが本当にブランドに合っているかを判断する基準がありません。発注する側が、ポジショニングとパーソナリティを言葉で持っておくことが、良い識別体系を作るための前提条件です。
⚠️ 注意 制作会社や代理店に発注する立場の方にとって、この 2 つの失敗は特に注意が必要です。発注時にブランドパーソナリティとトーン&マナーを言語化して渡せるかどうかで、成果物の質と、修正のやり取りにかかる時間が大きく変わります。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- ブランドアイデンティティとは、企業が「相手にこう見られたい」と意図する姿を言語化したものである
- ブランドパーソナリティは、性格を表す言葉を 3〜5 語に絞り、具体的な行動と結び付けて言語化する
- トーン&マナーは、「使う言葉」と「使わない言葉」を対で示すことで、実務で機能する基準になる
- 識別体系の設計は、デザインのセンスではなくブランドパーソナリティを出発点にする
- ネーミングを最終決定する前には、既存の名称との衝突がないか、事前の調査が必要であるという事実を押さえておく
- ブランドガイドラインには、ポジショニング・パーソナリティ・トーン&マナー・識別体系・具体例を盛り込む
次のレッスンでは、顧客向けだけでなく、働く場としての「らしさ」、エンプロイヤーブランディングを扱います。採用の場面でどう語るかという、見落とされやすいテーマです。
確認クイズ
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