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スキルアップカレッジ

社員との関係——古参幹部と「先代ならこうした」

レッスン3:社員との関係——古参幹部と「先代ならこうした」

このレッスンで学ぶこと

  • 「自分が採用していない社員を率いる」という承継特有の前提を理解する
  • 古参幹部の 3 つのタイプと、それぞれへの向き合い方を身につける
  • 「先代ならこうした」と言われたときの応答の考え方を身につける
  • 退路がなく評価者もいないという後継者固有の重さを理解する
  • 承継を社内外にいつ、どのような順序で伝えるべきかを理解する

前回のレッスンでは、退任しない先代とどう向き合うかを扱いました。本レッスンでは、後継者が向き合うもう一つの重要な関係——社員との関係を扱います。この関係は、一般的な新任管理職が経験するものとは、根本的に前提が異なります。

自分が採用していない社員を率いるという前提

一般的な組織では、管理職は自分がまったく関わっていない社員だけでなく、自分自身が採用に関わった社員も含めてチームを率います。組織が育つ過程で、管理職は少しずつ「自分が選んだ人たち」の比率を増やしていくことができます。

事業承継では、この前提が大きく崩れます。後継者が経営を引き継いだ時点で、社員のほとんどは先代が採用した人たちです。とりわけ長く勤める古参の幹部社員は、後継者が生まれる前から、あるいは後継者がまだ子どもだったころから、その会社で働いてきた人たちです。後継者にとっては「自分が率いる社員」ですが、社員にとっては「先代が育てた自分たちの会社に、後から現れた若い経営者」という構図で見えていることが少なくありません。

この非対称は、後継者の努力だけで簡単に解消できるものではありません。時間をかけて信頼を積み上げていく必要がありますが、その前に、まずこの非対称そのものを正しく認識しておくことが出発点になります。「自分は社長なのだから、社員は従うはずだ」という前提に立つと、社員の側の心理とずれが生じます。

⚠️ 注意 「役職が人を動かす」という発想は、後継者にとって危険な誤解です。肩書は最終的な意思決定の権限を与えますが、社員の信頼までは自動的に与えません。信頼は、後継者が現場でどう振る舞い、どう判断してきたかの積み重ねによって、後から付いてくるものです。


古参幹部の 3 つのタイプ

長年会社を支えてきた古参幹部、いわゆる「番頭」的な存在は、後継者にとって最も重要な向き合い方を求められる相手です。古参幹部の反応は、大きく 3 つのタイプに分けて考えると、対応の見通しが立てやすくなります。

第 1 のタイプは、協力型です。先代の代から会社を支えてきた経験を、後継者のために積極的に活かそうとするタイプです。このタイプの幹部は、後継者にとって最も心強い存在ですが、注意点もあります。協力の熱意が強すぎると、後継者が自分で判断する前に幹部が先回りして答えを出してしまい、後継者が経営判断の経験を積む機会を奪ってしまうことがあります。協力型の幹部には、感謝を伝えつつも、「まず自分の考えを聞いてほしい」と役割を明確に伝えることが有効です。

第 2 のタイプは、様子見型です。後継者を否定するわけでも積極的に支持するわけでもなく、しばらく距離を置いて様子を見るタイプです。多くの古参幹部は、このタイプに当てはまります。過去に何人もの新しい方針や取り組みが立ち消えになるのを見てきた経験から、「今度の社長も、しばらく様子を見てから判断しよう」という慎重な姿勢を取ります。様子見型の幹部には、焦って結果を求めるのではなく、一貫した言動を積み重ねることで、少しずつ信頼を得ていく対応が必要です。

第 3 のタイプは、抵抗型です。後継者の方針に対して、明確に異を唱えるタイプです。抵抗の背景には、先代への忠誠心、自分の立場が脅かされる不安、後継者の経験不足への懸念など、さまざまな理由があります。抵抗型の幹部への対応で重要なのは、抵抗そのものを敵視しないことです。抵抗の裏にある具体的な懸念を聞き出し、その懸念に正面から答えることで、抵抗が協力に変わることもあります。ただし、会社の方向性を左右するほどの抵抗が続く場合は、役割や配置の見直しを検討する必要も出てきます。

flowchart LR
  A[古参幹部]
  B[協力型<br/>熱意が強すぎる注意]
  C[様子見型<br/>一貫した言動で信頼を得る]
  D[抵抗型<br/>懸念を聞き出し正面から答える]

  A --> B
  A --> C
  A --> D

図1:古参幹部の 3 つのタイプ。同じ幹部でも局面によってタイプが変化することもある

📝 補足 一人の幹部が、常に同じタイプであり続けるとは限りません。承継の初期は様子見型だった幹部が、後継者の判断の積み重ねを見て協力型に変わることもあれば、逆に協力型だった幹部が、ある出来事をきっかけに様子見型に戻ることもあります。タイプ分けは固定的なレッテルではなく、その時々の状態を理解するための道具として使ってください。


「先代ならこうした」と言われたときの応答

後継者が経営判断を下すたびに、「先代ならこうしなかった」「先代のときはこうだった」という言葉を投げかけられる場面は、承継の初期にほぼ必ず訪れます。この言葉に、どう応答するかが、後継者と社員の関係を大きく左右します。

避けたい応答は 2 つあります。一つは、先代を否定する応答です。「先代のやり方は古い」「もうそういう時代ではない」という反応は、たとえ経営判断として正しくても、先代を長く支えてきた社員の心情を傷つけ、反発を招きます。もう一つは、過度にへりくだる応答です。「先代の言う通りにします」と安易に撤回してしまうと、後継者としての判断が信頼されず、次に別の意見が出るたびに同じことが繰り返されます。

望ましい応答の型は、先代の判断を尊重しつつ、状況の違いを説明することです。「先代がそう判断したのには理由があったと思います。ただ、今は取引先の状況が変わっていて、こういう事情があります」というように、先代の判断を否定せず、状況の変化を根拠に自分の判断を説明します。これにより、社員は「否定された」のではなく「状況に応じて判断が更新された」と受け止めやすくなります。

💡 ポイント 「先代ならこうした」への応答の基本形は、「先代の判断を否定しない」「状況の違いを具体的に示す」「自分の判断の理由を説明する」の 3 点です。この型を繰り返し実践することで、社員は少しずつ「この後継者は先代を尊重しながら、自分の頭で考えて判断している」と理解していきます。


自分の側近を早く作ることの危険

後継者が孤立感を早く解消しようとして、自分に近い社員を早期に重用してしまう場面があります。同世代の社員、以前から気心の知れた社員などを、承継直後から重要なポジションに引き上げたくなる気持ちは自然なものです。しかし、この動きには危険が伴います。

第 1 の危険は、既存の序列を急に崩すことへの反発です。長年の勤続年数や実績によって築かれてきた社内の序列を、後継者の個人的な近しさだけで塗り替えると、これまで会社を支えてきた古参幹部の不満を招きます。

第 2 の危険は、後継者自身が「裸の王様」になるリスクです。自分に近い人間ばかりを重用すると、周囲は後継者に耳障りの良い意見ばかりを伝えるようになりがちです。異論や懸念が届きにくくなり、後継者は自分の判断の偏りに気づく機会を失います。

第 3 の危険は、社内に「新旧の派閣」という構図を作ってしまうことです。後継者を支持する新しい側近のグループと、先代の時代から会社を支えてきたグループとの間に、目に見えない対立の構図が生まれると、組織全体の一体感が損なわれます。

⚠️ 注意 自分に近い人間を重用したくなる気持ちそのものは、否定されるべきものではありません。問題は、その動きを「実績に基づく評価」ではなく「個人的な近しさ」だけで進めてしまうことです。側近を作るのであれば、まず既存の幹部の評価と配置を丁寧に見極めたうえで、実績に基づいた登用として進めることが望まれます。


退路がなく、評価者もいないという重さ

一般的な組織で管理職として働く人には、退路があります。ある部署でのマネジメントがうまくいかなくても、別の部署に異動する、あるいは別の会社に転職するという選択肢が、現実的な範囲で存在します。また、上司や人事部門という評価者がいて、管理職としての働きぶりを、定期的に第三者の視点で評価してもらえます。

後継者には、この 2 つがどちらもありません。会社を経営することが立場そのものであるため、経営がうまくいかなくても「異動する」という選択肢はなく、多くの場合、会社そのものが自分の人生と一体化しています。そして、後継者を評価する上司はいません。株主総会という仕組みはありますが、株式の過半数を先代や親族が握っている段階では、実質的な評価機能を果たさないことも多くあります。

この「退路がなく、評価者もいない」という状況は、後継者に独特の重圧を与えます。一般的な新任管理職向けの助言の多くは、「まずは観察に徹し、失敗してもやり直せる」という前提を暗黙のうちに置いていますが、後継者にとって、この前提はそのままでは当てはまりません。

だからこそ、後継者には、社内の評価に代わる「外部の視点」を意図的に持つことが重要になります。社外の経営者仲間、顧問税理士や顧問弁護士との対話、後のレッスンで扱う支援機関の活用などが、その具体的な手段です。「誰にも評価されない」状態を放置せず、自分から評価とフィードバックを求めに行く姿勢が、後継者に求められます。

🔰 初学者の方へ 「退路がなく、評価者もいない」と聞くと、不安に感じるかもしれません。しかし、多くの後継者が同じ重さを経験し、それぞれの方法で乗り越えてきました。大切なのは、この重さを一人で抱え込まないことです。社外に相談できる相手を持つことは、弱さの表れではなく、経営者としての備えです。


親族社員の扱い

承継を巡る社員関係の中でも、特に難しいのが親族社員の扱いです。後継者の兄弟姉妹や親戚が、すでに会社で働いているケースは珍しくありません。親族社員は、一般の社員とは異なる期待と不安を同時に抱えていることがあります。

期待とは、「自分も経営に関わる機会があるのではないか」「自分の待遇はほかの社員より優遇されるはずだ」といった思いです。不安とは、「後継者に選ばれなかった自分は、これからどういう扱いを受けるのか」という思いです。この期待と不安のバランスをどう扱うかは、承継の初期段階で後継者が向き合う難題の一つです。

親族社員の役割、給与、評価の基準を、一般の社員と同じ基準で明確にしておくことは、社内全体の納得感を保つうえで重要です。親族だからという理由だけで特別な待遇を与えると、一般の社員から不公平感を持たれます。逆に、親族だからという理由で正当な評価を控えると、親族社員自身の不満につながります。基準を明確にし、それを一貫して適用する姿勢が、双方への公平な対応につながります。

📝 補足 親族社員の労務上の扱い(給与体系や評価制度の設計そのもの)については、中小企業経営に関する入門教材で扱われる一般的な労務管理の論点と重なる部分があります。本コースでは、承継特有の「期待と不安の心理」に絞って扱っています。


承継を社内外に伝える順序

承継の事実を、いつ、誰に、どういう順序で伝えるかは、後継者と先代がともに慎重に検討すべき論点です。伝える順序を誤ると、「聞いていなかった」という不満が生まれ、その後の信頼構築に影響します。

社内への伝え方の基本は、役職の重い順、または関係の深い順に、段階的に伝えることです。まず経営幹部に、次に管理職に、最後に一般社員全体に伝えるという段階を踏むと、それぞれの層が心構えを持つ時間を確保できます。全社員に一斉に発表する場を設ける場合でも、その前に主要な幹部には個別に事前共有をしておくことで、幹部が「自分は蚊帳の外だった」と感じることを防げます。

社外への挨拶も、順序が重要です。一般的には、最も関係の深い取引先や、融資を受けている金融機関から優先的に、先代とともに直接訪問して伝えるという進め方が丁寧とされています。文書やメールだけで済ませるのではなく、先代と後継者がそろって挨拶に伺うことで、取引先は「先代からのお墨付きを得た後継者」として後継者を認識しやすくなります。この挨拶回りは、レッスン 2 で扱った「取引先紹介」の総仕上げの意味合いも持ちます。

💡 ポイント 承継を伝える順序の基本は、「関係の深い相手から」「先代と後継者がそろって」「文書だけでなく直接」の 3 点です。伝える相手が多い場合でも、この 3 点を意識することで、承継の事実が唐突な印象を与えることを防げます。


抵抗型の幹部との対話——具体的な進め方

抵抗型の幹部への対応は、後継者にとって最も神経を使う場面です。ここでは、対話を進めるうえでの具体的な手順を、架空のやり取りをもとに示します。

ある製造業で、後継者が新しい受発注システムの導入を提案したところ、長年経理を担当してきた古参の幹部が強く反対したとします。「今のやり方で何十年も問題なく回ってきた。わざわざ変える必要があるのか」という反応です。ここで後継者が「もう決まったことなので」と押し切ると、表面的には従っても、心理的な溝は深まります。

望ましい進め方は、まず反対の理由を具体的に聞き出すことです。「何十年も問題なかった」という言葉の裏には、「新しいシステムを覚える負担が大きい」「今のやり方に慣れた取引先とのやり取りが変わることへの不安」「自分の役割が失われるのではという懸念」など、複数の具体的な理由が隠れていることがあります。抽象的な反対意見を、具体的な懸念に分解することが最初の一歩です。

次に、懸念ごとに、対応できる部分とできない部分を分けて伝えることです。「操作を覚える負担については、移行期間を長めに取り、外部の講習も手配する」「取引先とのやり取りの変更については、影響が出そうな取引先を一緒にリストアップしてほしい」というように、具体的な懸念に対して具体的な対応を示すと、抽象的な反対が、解決可能な課題に変わっていきます。

最後に、決定権が誰にあるかを、丁寧に、しかし明確に伝えることです。すべての懸念に応えたとしても、最終的な決定は経営判断として後継者が行うという事実を、感情的にならずに伝えます。「懸念はすべて取り入れたうえで、最終的には私の判断で進めます」という姿勢は、幹部の意見を無視しているのではなく、意見を踏まえたうえで責任を引き受けるという姿勢として伝わります。

📖 もっと詳しく 抵抗型の幹部との対話がうまくいかない典型的な原因は、後継者が「反対されている」ことそのものに感情的に反応してしまうことです。反対は、多くの場合、会社への愛着や長年の経験に基づく懸念から生まれています。反対の裏にある動機を理解しようとする姿勢そのものが、対話の質を大きく左右します。


承継直後によくある失敗パターン

これまでの内容を踏まえ、承継直後の社員関係で特によく見られる失敗パターンを、5 つに整理します。自分の状況と照らし合わせて確認してください。

失敗パターン 1:役職の力だけで押し通そうとする。「自分は社長なのだから」という前提で指示を出し続けると、表面的な服従は得られても、社員の本音の協力は得られません。

失敗パターン 2:先代を頼りすぎて、自分の判断を示さない。逆に、判断のたびに「会長に確認します」と先代に頼りすぎると、社員は後継者を「まだ独り立ちしていない存在」として見続けます。適切な範囲で自分の判断を示すことも重要です。

失敗パターン 3:様子見型の幹部を、抵抗型と誤認する。様子見型の幹部は、明確な反対を示さないだけで、実際には冷静に後継者の判断を観察しています。この静かな観察を「無関心」や「非協力」と誤解し、距離を置いてしまうと、信頼構築の機会を逃します。

失敗パターン 4:一部の幹部だけと親密になり、ほかの幹部との接点を減らす。気の合う幹部とばかり話す時間が増えると、ほかの幹部は疎外感を覚え、様子見型から抵抗型に転じることがあります。

失敗パターン 5:承継の周知を後回しにする。社内外への周知を先延ばしにすると、噂が先に広まり、後継者が自分の言葉で説明する前に、不正確な情報が社内外に浸透してしまいます。

💡 ポイント 5 つの失敗パターンは、いずれも「役職への過信」「先代への過度な依存」「一部の相手への偏り」「伝達の後回し」という共通点を持ちます。これらは特別な会社だけに起きることではなく、承継の初期に多くの後継者が陥る、ごく一般的な落とし穴です。


まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 後継者は自分が採用していない社員を率いるという前提に立ち、役職だけでは信頼は得られない
  • 古参幹部は協力型・様子見型・抵抗型の 3 タイプに分けて考えると、対応の見通しが立てやすい
  • 「先代ならこうした」への応答は、先代の判断を否定せず、状況の違いを具体的に説明する
  • 自分に近い社員を早期に重用すると、既存の序列への反発や裸の王様化のリスクがある
  • 後継者には退路も評価者もなく、社外に評価とフィードバックを求める姿勢が重要になる
  • 親族社員には期待と不安が同居し、一般社員と同じ基準を一貫して適用することが公平につながる
  • 承継の周知は、関係の深い相手から、先代とともに、直接伝えることが基本になる

次のレッスンでは、承継後の変革をどの順序で進めるべきかを扱います。何から変え、何を残すべきか、老舗の考え方、そして「90 日ではなく 3 年で考える」理由について学びます。


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