株式承継②——事業承継税制・遺留分・種類株式
レッスン6:株式承継②——事業承継税制・遺留分・種類株式
このレッスンで学ぶこと
- 法人版事業承継税制(特例措置)の基本的な仕組みと、直近の期限の変更点を理解する
- 「猶予であって免除ではない」という事業承継税制の性質と、取消事由の存在を理解する
- 経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例(除外合意・固定合意)を理解する
- 種類株式(議決権制限株式・拒否権付株式・持株会社)という選択肢の存在を理解する
- 税理士・弁護士にいつ、何を相談すべきかの目安を理解する
前回のレッスンでは、非上場株式の評価の考え方と、株式が分散している実態を扱いました。本レッスンでは、その株式をどう移転していくかという、制度面の選択肢を扱います。事業承継税制、遺留分の特例、種類株式という 3 つの主要な制度・選択肢を順に見ていきます。
法人版事業承継税制(特例措置)の仕組み
レッスン 5 で見たように、業績が良く資産の多い会社ほど、株式の評価額が高くなり、承継時の贈与税や相続税の負担が重くなる傾向があります。この負担を軽減するために設けられている制度が、法人版事業承継税制です。
この制度の骨子は、後継者が先代から自社株式を贈与または相続によって取得する際に、一定の要件を満たせば、その株式にかかる贈与税・相続税の納税が猶予されるというものです。「特例措置」と呼ばれる拡充版では、対象となる株式数の上限が撤廃され、納税猶予の割合も引き上げられるなど、従来の制度(一般措置)よりも手厚い優遇が受けられます。
この特例措置を利用するためには、事前に「特例承継計画」という書類を都道府県に提出し、確認を受けておく必要があります。特例承継計画には、後継者の氏名や、承継までの経営の見通しなどを記載します。
🔰 初学者の方へ 「納税猶予」という言葉は、税金がかからなくなるという意味ではなく、「今は納めなくてよいが、将来の一定の条件のもとで納める義務が発生する可能性がある」という意味です。この性質については、次の節で詳しく扱います。
期限について——直近の税制改正で変わった点
事業承継税制には、いくつかの重要な期限が定められています。これらの期限は、税制改正によって見直されることがあり、直近では期限の一部が延長されました。ここでは、確認できている範囲の期限を整理します。
法人版事業承継税制(特例措置)の特例承継計画の提出期限は、令和 9 年(2027 年)9 月 30 日です。この期限は、税制改正によって延長された期限です。
一方、法人版事業承継税制(特例措置)における、贈与・相続の適用期限(実際に贈与や相続を実行し、納税猶予の適用を受けられる期限)は、令和 9 年(2027 年)12 月 31 日のままで、変更はありません。
この 2 つの期限を並べると、重要な事実が見えてきます。特例承継計画を提出できる期限が延長された一方で、実際に贈与や相続を実行できる期限は延長されていないため、計画の提出から実行までに残された期間が、大きく短くなっているということです。仮に期限ぎりぎりの令和 9 年 9 月に計画を提出した場合、実行できる期限である同年 12 月末までは、わずか 3 か月程度しか残りません。
⚠️ 注意 「計画の提出期限が延びた」という情報だけを見て、承継の準備を先延ばしにするのは危険です。実行の期限は延びていないため、計画の提出を遅らせるほど、実行までの準備期間が圧縮されます。特例措置の活用を検討している場合は、できるだけ早い段階で税理士に相談し、計画提出と実行のスケジュールを具体的に組み立てることが望まれます。
なお、個人事業主を対象とした「個人版事業承継税制」にも、同様に計画の提出期限と適用期限が定められています。個人版の対象は、法人ではなく個人で事業を営む場合の事業用資産の承継であり、法人版とは制度の対象が異なります。本コースは株式会社としての事業承継を主に想定しているため、個人版の詳細には立ち入りません。自身の事業形態に応じて、税理士に確認してください。
📝 補足 制度の期限は、今後の税制改正によってさらに変更される可能性があります。本レッスンで示した期限は、執筆時点で複数の公的資料により確認できた内容ですが、実際に制度を活用する際は、必ず国税庁や中小企業庁の最新の公式情報、または税理士への確認を通じて、最新の期限を確認してください。
「猶予であって免除ではない」という注意
事業承継税制を検討する後継者が、最も誤解しやすいポイントが、「納税猶予」と「納税免除」の違いです。
納税猶予とは、要件を満たしている間は納税が猶予される(先送りされる)という制度であり、税金そのものがなくなるわけではありません。猶予された税金が最終的に免除されるのは、後継者がさらに次の世代へ株式を承継し、その次の世代も納税猶予の適用を受けるなど、一定の条件を満たした場合に限られます。単純に「何年か経てば自動的に税金が消える」という制度ではありません。
さらに重要なのが、取消事由の存在です。納税猶予の適用を受けた後も、一定の要件を満たさなくなると、猶予が打ち切られ、猶予されていた税金に加えて、利子税という追加の負担とともに、一括で納付を求められることになります。取消事由には、後継者が代表者を退任する、対象株式を譲渡する、会社が資産管理会社に該当するようになるなど、複数のパターンがあります。
⚠️ 注意 事業承継税制は、後継者にとって強力な支援制度である一方、適用を受けた後も継続的な要件の充足が必要な、いわば「条件付きの猶予」です。「猶予を受ければそれで終わり」ではなく、猶予が続く限り、取消事由に該当しないよう、経営の状況を継続的に確認し続ける必要があります。この継続的な管理は、税理士との長期的な連携なしには現実的ではありません。
計画から実行までのタイムラインを描く
前節で見た期限の構造を、時間軸で整理しておきます。特例承継計画を提出できる期限が延びた一方で、実行の期限は変わらないという事実は、後継者にとって「余裕ができた」という受け止めではなく、「準備を急ぐ理由が増えた」という受け止めが実務的には適切です。
flowchart LR
A["承継の検討開始"] --> B["税理士への相談<br/>株式評価の把握"]
B --> C["特例承継計画の作成・提出<br/>期限:令和9年9月30日"]
C --> D["贈与・相続の実行<br/>期限:令和9年12月31日"]
図1:法人版事業承継税制(特例措置)の大まかな流れ。計画提出後、実行までの猶予は限られている
この図が示すように、特例承継計画の提出は、贈与や相続を実行するための「入口」に過ぎません。計画を提出しただけでは制度の恩恵を受けられず、実際に株式の贈与や相続を行い、必要な手続きを完了させて初めて、納税猶予の適用を受けられます。計画の作成には、会社の現状分析や、後継者の経営体制の整理など、一定の準備期間を要するため、期限の直前になって着手すると、間に合わない可能性があります。
⚠️ 注意 「期限までまだ時間がある」と考えて先延ばしにすると、税理士への相談、株式評価の把握、計画書の作成、都道府県への申請、そして実際の贈与・相続の実行という一連のプロセスを、限られた期間に詰め込むことになります。承継の検討を始めたら、できるだけ早い段階で、税理士とともに大まかなタイムラインを描いておくことをお勧めします。
取消事由の具体例
前節で「取消事由」に触れましたが、後継者が特に注意すべき代表的なパターンを、もう少し具体的に見ておきます。制度の詳細な要件は税理士に確認する必要がありますが、大枠を知っておくことで、日々の経営判断における注意点が見えてきます。
一つは、後継者が代表者を退任することです。納税猶予の適用を受けている期間中に、後継者が何らかの事情で代表者の座を退くと、原則として猶予が打ち切られます。承継後に体調を崩す、経営方針の対立で退任するといった不測の事態も、取消事由に該当し得るため、後継者自身の健康管理や、経営の安定も、税務上の観点から重要になります。
もう一つは、対象株式を譲渡することです。納税猶予の対象となった株式を、後継者がさらに第三者へ売却したり、資金調達のために担保に入れたりすると、猶予が打ち切られる可能性があります。
さらに、会社が資産管理会社に該当するようになることも取消事由の一つとされています。事業実態のない資産保有だけの会社とみなされると、制度の趣旨(事業の継続を支援すること)から外れるためです。
📝 補足 取消事由は、この 3 つだけではなく、より細かい要件が複数定められています。納税猶予の適用を受けた後継者は、猶予が続く期間中、定期的に税務署への継続届出書の提出が必要になるなど、事務的な負担も発生します。これらの実務は税理士との継続的な連携を前提とした制度設計になっています。
遺留分を巡る典型的なトラブル
遺留分の民法特例を活用しないまま承継を進めると、どのようなトラブルが起こり得るか、架空の例で見ておきます。ある建設業の会社で、先代に子どもが 2 人おり、長男が後継者として会社の株式のほとんどを贈与されたとします。次男は会社の経営には関与せず、別の職業に就いています。
先代が亡くなった後、次男が「自分にも遺留分がある」と主張したとします。長男が承継した自社株式は、会社の業績が良かったこともあり、高い評価額がついていました。次男の遺留分に相当する金額を、長男が現金で用意しなければならなくなり、会社の運転資金を取り崩して支払う事態に追い込まれる、というケースは、実際に起こり得る典型的なトラブルです。
このようなトラブルを防ぐための備えが、本レッスンで扱った遺留分の民法特例です。先代が生前に、次男を含む推定相続人全員と話し合い、除外合意や固定合意を取り付けておけば、先代が亡くなった後に、株式の評価額を巡る遺留分の主張で会社の資金繰りが揺らぐ事態を防げます。
💡 ポイント 遺留分のトラブルは、先代が亡くなってから表面化することが多く、その時点では対策が手遅れになっています。レッスン 2 で扱った家族会議は、単に感情面の対話の場としてだけでなく、こうした遺留分の対策を検討するきっかけとしても活用できます。
経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例
株式の承継を検討する際、後継者以外の相続人が持つ「遺留分」という権利が、しばしば障害になります。遺留分とは、法律上、一定の相続人に最低限保障されている遺産の取り分です。先代が「後継者にすべての株式を継がせたい」と考えて生前贈与や遺言を用意しても、ほかの相続人(後継者の兄弟姉妹など)が遺留分を主張すると、後継者が承継した株式の一部について、金銭での支払いを求められることがあります。
この問題に対応するために設けられているのが、経営承継円滑化法に基づく「遺留分に関する民法特例」です。この特例には、次の 2 つの合意の型があります。
除外合意とは、後継者が先代から贈与などで取得した自社株式を、遺留分を算定する際の基礎財産から除外する合意です。この合意が成立すると、ほかの相続人は、その株式について遺留分を主張できなくなります。
固定合意とは、後継者が取得した自社株式の評価額を、合意した時点の評価額に固定する合意です。株式の評価額は、レッスン 5 で見たように、会社の業績によって変動します。後継者の経営努力によって株式の評価額が上昇しても、固定合意があれば、上昇分は遺留分の計算に影響しません。この合意がないと、後継者が会社を成長させるほど、遺留分の計算上の負担が増えるという、皮肉な結果を招きかねません。
この特例を利用するためには、先代の推定相続人全員と後継者の合意が必要です。合意が整えば、経済産業大臣の確認と、家庭裁判所の許可を経て、特例の効力が生じます。
💡 ポイント 除外合意と固定合意は、どちらも「ほかの相続人の理解と合意」が前提になる制度です。制度の存在を知っているだけでは活用できず、レッスン 2 で扱った家族会議のような場を通じて、ほかの相続人に承継の計画を丁寧に説明し、納得を得るプロセスが不可欠です。
種類株式という選択肢
株式承継を計画するうえで、もう一つ知っておきたい選択肢が、種類株式です。種類株式とは、普通株式とは異なる特別な権利や制限を持たせた株式を指します。事業承継の文脈では、主に次のような種類株式が選択肢として挙げられます。
議決権制限株式は、議決権の全部または一部を制限した株式です。例えば、経営に関与しない相続人に株式を相続させる際、その株式の議決権を制限しておくことで、経営の意思決定は後継者に集中させつつ、財産としての株式の価値はほかの相続人にも分配する、という設計が可能になります。
拒否権付株式は、株主総会や取締役会の決議事項について、この株式を持つ株主の同意がなければ決議が成立しないという拒否権を持つ株式です。俗に「黄金株」と呼ばれます。先代が引退後も、重要な意思決定に対して一定の関与を残したい場合の選択肢として語られることがありますが、後継者の経営の自由度を制約する側面もあるため、慎重な設計が必要です。
持株会社は、種類株式そのものではありませんが、株式承継の設計でしばしば併せて検討される選択肢です。事業を営む会社の株式を、後継者が個人で保有するのではなく、後継者が支配する別の会社(持株会社)を通じて間接的に保有する構造です。株式の分散を防ぎやすくなる、相続の際の手続きを簡素化しやすくなる、といった利点が語られる一方、設立や運営には相応のコストと専門的な設計が必要です。
📖 もっと詳しく 種類株式や持株会社の活用は、いずれも会社法・税法の両面にわたる高度な専門知識を要する設計です。本コースでは「こうした選択肢が存在する」ということを知っておくレベルに留め、具体的な設計は、事業承継に詳しい弁護士・税理士・司法書士と相談しながら進めることを前提とします。
税理士・弁護士に何をいつ相談するか
本レッスンで扱った事業承継税制、遺留分の特例、種類株式は、いずれも専門家の関与なしには実行できない制度です。後継者として、どのタイミングで、誰に、何を相談すべきかの目安を整理します。
税理士には、承継の検討を始めた早い段階で相談します。現在の株式評価額のおおまかな水準、事業承継税制の活用可否、特例承継計画の提出スケジュールなど、税務に関わる論点全般について、継続的に相談する関係を築くことが望まれます。
弁護士には、遺留分や種類株式など、ほかの相続人や株主との権利関係が絡む論点が見えてきた段階で相談します。特に、推定相続人が複数いる場合や、株式が分散している場合は、早めに弁護士に相談し、法的なリスクを整理しておくことが望まれます。
司法書士には、種類株式の発行や持株会社の設立など、登記に関わる手続きが必要になった段階で相談します。
🔰 初学者の方へ 「まだ具体的に決まっていないから、専門家に相談するのは早い」と感じる後継者は少なくありません。しかし、専門家への相談は、何かを決めるための相談だけでなく、選択肢を知るための相談としても有効です。早めに相談を始めることで、レッスン 5 で見た「計画の提出から実行までの期間の短さ」のような時間の制約にも、余裕を持って対応できます。
相談の場では、税理士や弁護士に一方的に説明を聞くだけでなく、後継者自身が事前に整理した情報(株主構成、会社の資産状況、先代の推定相続人の顔ぶれなど)を持参すると、相談の密度が高まります。専門家は、後継者の会社の内情を最初から知っているわけではありません。前回のレッスンで扱った株主名簿の整備は、この相談の質を高めるための準備としても役立ちます。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 法人版事業承継税制(特例措置)は、要件を満たせば贈与税・相続税の納税が猶予される制度
- 特例承継計画の提出期限は令和 9 年 9 月 30 日に延長されたが、贈与・相続の適用期限は令和 9 年 12 月 31 日のまま変更されておらず、実行までの期間が短くなっている
- 納税猶予は納税免除ではなく、取消事由に該当すると利子税を含めて一括納付を求められる
- 経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例には、除外合意と固定合意があり、推定相続人全員と後継者の合意が必要
- 議決権制限株式・拒否権付株式(黄金株)・持株会社という選択肢が存在し、経営の自由度と株式の分配のバランスを設計できる
- 税理士・弁護士・司法書士には、それぞれの専門性に応じたタイミングで早めに相談することが望まれる
株式承継の 2 つのレッスンを通じて、非上場株式の評価、株式の分散、事業承継税制、遺留分の特例、種類株式という、経済的・法的な側面を扱いました。これらはいずれも、後継者一人で完結できる作業ではなく、専門家との継続的な連携が前提になる領域です。次のレッスンでは、株式と並んでもう一つの重い引き継ぎ対象である、先代の経営者保証を扱います。二重に保証を取らない考え方、承継を金融機関にいつ伝えるかについて学びます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。