発注・購買の実務——取引先を選ぶときに見るところ
レッスン5:発注・購買の実務——取引先を選ぶときに見るところ
このレッスンで学ぶこと
- 新規取引先の登録状況を、いつ・どうやって確認すればよいかを理解する
- 見積もりの「税込同額」が、実質的なコストとして同じ意味にならない理由を理解する
- 登録事業者と免税事業者のコスト差を、簡単な試算で比較できるようになる
- 稟議書や申請フォームに何を書けばよいかを把握する
- 既存取引先の登録状況が変わったときの気づき方を身につける
前回のレッスンでは、2026年10月の制度変更を金額の例とともに扱いました。今回は、その知識を発注・購買の実務にどう活かすかを見ていきます。新しい取引先を選ぶ場面、見積もりを比較する場面での具体的な着眼点を扱います。
新規取引先の登録状況をいつ・どう確認するか
新しい取引先と取引を始めるとき、登録状況を確認する最適なタイミングは、契約を締結する前です。見積もりを依頼する段階、あるいは複数の候補から選定する段階で確認しておけば、契約後になって「実はコストが想定より高かった」という事態を避けられます。
確認方法はレッスン2で扱った通り、見積書や請求書のサンプルに登録番号が記載されているかを見る、または国税庁の公表サイトで番号を検索するという方法です。購買担当者であれば、新規取引先を登録する際の社内フォームに「登録番号の有無」を確認項目として最初から組み込んでおくと、確認漏れを防げます。
あわせて、見積もりを依頼する段階で、実際の請求書のフォーマットを事前に見せてもらえないか尋ねておくのも有効です。契約後に届いた請求書に必要な項目が抜けていて、後から修正を依頼するよりも、契約前にフォーマットを確認しておくほうが、双方にとって手間が少なくて済みます。とくに、初めて取引する相手や、これまで法人との取引経験が少ない個人事業主が相手の場合には、この一手間が後々のやり取りを減らします。
💡 ポイント 「登録しているかどうか」を確認することと、「登録していない取引先とは取引しない」という判断は、まったく別の話です。確認はあくまで情報収集であり、取引の可否を機械的に決めるものではありません。
見積依頼のときの尋ね方
見積もりを依頼する際、登録状況を直接尋ねることに抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし、多くの取引先はすでにこの質問に慣れており、率直に尋ねて問題ありません。実際に使える尋ね方の例を紹介します。
「お見積もりのご依頼にあたり、恐れ入りますが、適格請求書発行事業者としてのご登録の有無を教えていただけますでしょうか。ご登録がある場合は登録番号もあわせてお知らせいただけますと幸いです」
このように、事務的な確認事項として尋ねる分には、失礼にはあたりません。避けたいのは、「登録していないなら発注しません」といった、確認と選定基準を一体化させた伝え方です。まずは情報として尋ね、選定は別の基準もあわせて総合的に判断する、という順序を意識してください。
ある購買担当者の失敗から学ぶ
ある会社の購買担当者は、複数の候補から新しいデザイン会社を選ぶ際、価格とデザインの実績だけを基準に決定し、登録状況を確認しないまま契約を結びました。半年後、経理部門から「この取引先からの請求書には登録番号の記載がなく、想定していたコスト計算と差異が出ている」という指摘を受けました。契約自体をやり直すことはできず、その年度の予算計画に狂いが生じる結果になりました。
その後、この会社では、新規取引先の稟議フォームに「登録状況の確認」欄を必須項目として追加しました。翌年からは、契約前の段階で経理部門が試算を行えるようになり、同様の予算のずれは発生しなくなりました。この事例が示すのは、登録状況の確認を後回しにすると、契約後に修正できない形でコストのずれが発生してしまうということです。
見積もり比較で「税込同額」が同じ意味にならない理由
複数の取引先から見積もりを取ったとき、税込金額が同じであれば「条件は同じ」と考えがちです。しかし、取引先が登録事業者かどうかによって、自社が実質的に負担するコストは変わります。
具体的に考えてみましょう。ある業務委託の仕事について、A社(登録事業者)とB社(未登録の免税事業者)の両方から、税込11万円(消費税1万円を含む)という同じ金額の見積もりが届いたとします。
| 取引先 | 見積金額(税込) | 控除できる消費税額 | 自社の実質的な負担額 |
|---|---|---|---|
| A社(登録事業者) | 11万円 | 1万円(全額控除) | 10万円 |
| B社(未登録・2026年10月以降) | 11万円 | 7,000円(70%控除) | 10万3,000円 |
見積金額はどちらも同じ11万円ですが、実質的な負担額で見るとA社のほうが3,000円安くなります。これは、B社から仕入れた消費税の一部が控除できないため、その分だけ自社の実質的なコストが増えるためです。見積もりを比較する際は、表面上の金額だけでなく、この実質的な負担額の違いを意識しておくと、より正確な比較ができます。
📝 補足 この差額は、取引先が悪いから生じるものではありません。免税事業者であること自体は法律で認められた立場であり、何の問題もありません。あくまで、自社側のコスト計算上、こうした差が生じるという事実を知っておくことが目的です。
3社の見積もりを並べて考える
もう少し実務に近い形で考えてみましょう。ある会社が、社内報の制作を外部のライターに依頼するにあたり、C社・D社・E社の3社から見積もりを取ったとします。
| 取引先 | 見積金額(税込) | 登録状況 | 実質的な負担額(目安) |
|---|---|---|---|
| C社 | 22万円 | 登録事業者 | 20万円 |
| D社 | 20万円 | 未登録(免税事業者) | 約18万7,000円 |
| E社 | 21万円 | 登録事業者 | 約19万1,000円 |
表面上の見積金額を比べると、C社とD社の差は2万円です。ところが、実質的な負担額で比べ直すと、その差は約1万3,000円まで縮まります。D社が未登録であるために生じる控除の差が、見積金額の差の一部を打ち消す形になるためです。それでも実質的な負担額はD社がもっとも低く、順位そのものが逆転するわけではありません。一方、C社とE社はどちらも登録事業者なので、実質的な負担額の差は見積金額の差とほとんど変わりません。このように、実質的な負担額まで踏まえて比較すると、見積金額の差がそのまま自社のコスト差になるとは限らないことがわかります。もちろん、最終的な選定では、価格以外にも品質・納期・実績といった要素も考慮する必要があります。あくまで「価格を横並びで比較する際の1つの視点」として活用してください。
登録事業者と免税事業者のコスト差を試算する
購買担当者として、取引先を比較検討する際に使える簡単な試算方法を紹介します。免税事業者から仕入れる場合、その取引金額に含まれる消費税額のうち、控除できない部分がそのまま自社の追加コストになります。2026年10月以降であれば、消費税額の30%が控除できない部分にあたります。
| 取引金額(税込) | 含まれる消費税額(目安) | 控除できない部分(30%) | 追加コストの目安 |
|---|---|---|---|
| 5万5,000円 | 5,000円 | 1,500円 | 約1,500円 |
| 33万円 | 3万円 | 9,000円 | 約9,000円 |
| 110万円 | 10万円 | 3万円 | 約3万円 |
この試算はあくまで概算であり、正確な金額は経理での計算に委ねる必要があります。ただし、購買担当者が「おおよそどれくらいのコスト差になりそうか」を頭の中でイメージできるようになると、見積もりを比較する際の判断材料が1つ増えます。取引金額が大きくなるほど、この差も大きくなる点を意識しておきましょう。
🔰 初学者の方へ 正確な計算式を覚える必要はありません。「免税事業者からの仕入れは、税込金額の消費税部分のうち、一定割合が実質的に自社の追加コストになる」というイメージだけ持てれば十分です。
稟議・申請フォームに書くべきこと
新規取引先との契約や、一定額以上の発注を行う際には、多くの会社で稟議書や申請フォームの提出が求められます。インボイス制度を踏まえると、以下の項目を書き添えておくと、後工程の経理での確認がスムーズになります。
- 取引先の名称と、登録事業者かどうかの区分
- 登録事業者の場合は登録番号
- 未登録の場合、その取引先を選んだ理由(専門性、価格、継続性など)
- 想定される年間の取引金額の目安
- 契約期間や更新の予定時期
とくに、未登録の取引先を選ぶ理由を一言添えておくことは重要です。「なぜこの取引先を選んだのか」が記録として残っていれば、後から社内で説明を求められたときにも、スムーズに答えられます。価格が安いから、専門性が高いから、長年の取引実績があるからなど、理由はさまざまで構いません。大切なのは、判断の根拠が記録として残っていることです。
取引先選定の最終チェックリスト
稟議書を提出する前に、次の項目を一通り確認しておくと安心です。
- 登録事業者かどうかを確認したか
- 登録番号を国税庁の公表サイトで検索し、実在することを確かめたか(高額・新規取引の場合)
- 未登録の場合、その取引先を選んだ理由を一言でも記録したか
- 想定される年間の取引金額の見込みを書いたか
- 見積もりが複数ある場合、実質的な負担額の視点でも比較したか
- 契約期間や更新時期を確認し、次回の見直しタイミングを意識したか
- 経理部門に情報を共有する必要があるかを確認したか
すべての取引先に対してこの7項目を毎回厳密に行う必要はありません。取引金額の大きさや継続性に応じて、確認の丁寧さを調整すればよいでしょう。少額かつ単発の取引であれば、1と3だけを意識すれば十分な場合もあります。大切なのは、7項目をチェックリストとして機械的にこなすことではなく、「なぜこの取引先を選んだのか」を自分の言葉で説明できる状態にしておくことです。
既存取引先の登録状況が変わったときの気づき方
登録状況は一度確認したら終わり、というものではありません。取引先が後から登録することもあれば、逆に登録を取りやめることもあります。とくに、契約の更新時期や、取引先から新しい請求書フォーマットが送られてきたタイミングは、登録状況の変化に気づきやすい機会です。
| 気づきやすいタイミング | 確認のポイント |
|---|---|
| 契約更新の時期 | 前回確認した登録番号に変わりがないか |
| 請求書のフォーマットが変わったとき | 登録番号の記載が新たに追加・削除されていないか |
| 取引先から価格改定の相談があったとき | 登録状況の変化が理由になっていないか |
| 年に1回程度の定期的な取引先の棚卸し | 主要取引先の登録状況を一覧で見直す |
すべての取引先について毎月確認する必要はありません。取引金額が大きい取引先や、継続的な取引が見込まれる取引先を中心に、契約更新のタイミングなど自然な区切りで確認する運用が現実的です。
購買部門と経理部門への連携
発注・購買の担当者が把握した取引先の登録状況は、経理部門と共有されて初めて意味を持ちます。逆に、経理部門が把握している経過措置のスケジュールや、控除できる割合の情報は、購買部門が発注の判断をする際の材料になります。
この連携がうまくいっていない会社では、購買部門が個別に取引先を選び、経理部門がその後から請求書を処理する中で初めて登録状況に気づく、という流れになりがちです。これでは、コストの試算を発注前に行うことができません。理想的には、新規取引先の登録や、一定額以上の発注を行う際に、購買部門から経理部門へ登録状況を共有する仕組みを作っておくことです。
⚠️ 注意 「経理が最終的にチェックしてくれるはずだから、発注段階では気にしなくてよい」という考え方は、望ましくありません。発注段階で気づける情報を発注段階で共有することが、後工程の手戻りを減らし、会社全体のコスト管理を正確にします。
ある会社の連携の作り方
ある中堅企業の購買部門では、四半期に一度、経理部門と「外注先の登録状況棚卸し会議」という短い打ち合わせを設けています。購買側が主要な外注先の一覧と登録状況の変化を共有し、経理側がその年度の経過措置の適用状況や、控除できなかった金額の実績を共有します。この場で「特定の取引先への発注が年間の上限額に近づいている」といった気づきがあれば、次の発注計画に反映させます。
この会議は30分程度で終わる簡単なものですが、担当者同士が顔を合わせて話すことで、フォームへの記入だけでは伝わりにくいニュアンス(取引先の事情、価格交渉の経緯など)も共有できると、購買担当者は話していました。制度対応というと大がかりな仕組みを想像しがちですが、こうした小さな定例の場を設けることが、実務上はもっとも効果的な連携方法になることがあります。
よくある質問
Q. 登録状況を確認したら、取引先から「なぜ聞くのか」と不審に思われました。どう説明すればよいですか。
多くの場合、事務的な確認であることを伝えれば十分理解してもらえます。「自社の経理処理のために、すべての取引先に確認させていただいている項目です」と伝えると、特定の取引先だけを疑っているわけではないことが伝わりやすくなります。
Q. 少額の取引でも毎回登録状況を確認すべきですか。
取引金額が小さく、単発の取引であれば、毎回厳密に確認する必要はありません。継続的な取引や、一定額を超える発注に絞って確認するなど、自社の実情に合わせた運用で構いません。
Q. 取引先の登録状況を確認した記録は、どれくらいの期間残しておけばよいですか。
明確な保存期間が定められているわけではありませんが、契約書や見積書などの取引記録と同じ期間、あわせて保管しておくのが実務上はわかりやすい運用です。詳しい保存期間の考え方は経理に確認してください。
まとめ
このレッスンでは、以下のことを学びました。
- 新規取引先の登録状況は、契約前の見積もり段階で確認するのが望ましい
- 見積金額が同じでも、登録事業者と免税事業者では自社の実質的な負担額が異なる
- 免税事業者からの仕入れは、消費税額の一定割合が実質的な追加コストになるとイメージできる
- 稟議書には、登録状況とその取引先を選んだ理由を書き添えておくとよい
- 登録状況は変わることがあるため、契約更新などの節目で確認する習慣を持つ
- 購買部門と経理部門が情報を共有する仕組みがあると、発注段階でのコスト試算がしやすくなる
次のレッスンでは、免税事業者との取引で越えてはいけない線を扱います。登録を促すこと自体は問題ないものの、一方的な価格引き下げや取引停止の示唆がどのような問題になりうるかを見ていきます。
確認クイズ
このレッスンの理解度をチェックしましょう。