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スキルアップカレッジ

免税事業者との取引で越えてはいけない線

レッスン6:免税事業者との取引で越えてはいけない線

このレッスンで学ぶこと

  • 「登録してください」と伝えること自体は問題にならないことを理解する
  • 一方的な取引価格の引き下げや取引停止の示唆が、独占禁止法・下請法上の問題になりうる理由を理解する
  • 問題になりにくい伝え方と、問題になりやすい伝え方を、具体例で見分けられるようになる
  • フリーランス新法が取引にどう関わるかを把握する
  • 交渉の記録を残す意味と、迷ったときの相談先を理解する

前回のレッスンでは、発注・購買の実務として、取引先の登録状況をどう確認し、コストをどう試算するかを扱いました。今回は、確認した結果として「取引先が登録していない」とわかったときに、その先どう向き合うかを扱います。ここには、知らないうちに法律上の問題を引き起こしてしまう落とし穴があります。

「登録してください」と伝えること自体は問題ない

まず、もっとも誤解されやすい点から確認します。取引先に「インボイスの登録を検討してもらえませんか」と伝えること自体は、違法ではありません。多くの会社が、取引先に登録を促す連絡をしており、これ自体は通常の商取引の範囲内の行為です。

問題になるのは、「登録するかどうか」という取引先の判断に対して、こちらが一方的に不利益な対応を押しつける場合です。次の節で、具体的にどのような行為が問題になるのかを見ていきます。

💡 ポイント 「登録を促すこと」と「登録しないなら不利益を与えること」は、まったく別の行為です。この2つを混同しないことが、本レッスンの出発点です。

一方的な価格引き下げ・取引停止の示唆が問題になる理由——独占禁止法と下請法

取引先が免税事業者のままでいることを理由に、発注側が一方的に「今後は取引価格を大幅に下げる」「登録しないなら取引をやめる」と通告することは、独占禁止法の「優越的地位の濫用」や、下請法の規定に触れる可能性があります。

優越的地位の濫用とは

独占禁止法には、取引上優位な立場にある事業者が、その立場を利用して相手に不当な不利益を与えることを禁じる規定があります。発注側の会社のほうが規模や取引の依存度で優位な立場にある場合、免税事業者である取引先に対して、十分な協議をせずに一方的な条件変更を押しつけると、この規定に触れる可能性が出てきます。

下請法との関係

下請法は、発注者と受注者の間に一定の資本金の差があるなど、特定の条件に当てはまる取引に適用される法律です。免税事業者である個人事業主や中小企業への発注が、この条件に当てはまる場合、代金の減額や不当なやり直しの要求などが禁止行為として定められています。インボイス制度を理由にした一方的な代金減額も、この禁止行為に該当する可能性があります。

公正取引委員会は、関係省庁とともに「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」を公表しており、この中で、免税事業者との取引においてどのような行為が問題になりやすいかが具体的に示されています。詳しい制度としての独占禁止法・下請法の全体像はコンプライアンス関連の入門コースに譲りますが、本レッスンでは「インボイス制度をきっかけに、どんな行為が問題になりやすいか」に絞って扱います。

問題になりやすい行為の類型

このQ&Aで取り上げられている行為の類型を、いくつか紹介します。

  • 取引価格の一方的な引き下げ:登録していないことを理由に、これまでの取引価格から一方的に消費税相当額を差し引いて支払う
  • 取引の停止の示唆:登録しなければ今後の取引を打ち切ると一方的に通告する
  • 協力金・手数料などの名目での負担の要求:登録しないことを理由に、名目を変えて追加の負担を求める
  • 合理的な理由のない、急な取引条件の変更:十分な協議や周知期間を設けずに、条件を変更する

いずれの類型にも共通するのは、「取引先の事情や協議を経ずに、一方的に不利益を押しつけている」という点です。逆に言えば、双方が十分に話し合い、対等な立場で合意した結果であれば、価格や条件の見直し自体は問題になりません。「話し合ったかどうか」が、大きなわかれ目になります。

⚠️ 注意 「法律に詳しくないから大丈夫」という考え方は通用しません。担当者が悪気なく発した一言が、後から問題として扱われることがあります。次の節で紹介する伝え方の違いを、必ず押さえておいてください。

やってよい伝え方・やってはいけない伝え方の対比

抽象的な説明だけでは実感が湧きにくいため、具体的な伝え方の例を、問題になりにくいものと、問題になりやすいものに分けて紹介します。

場面1:登録を検討してほしいと伝える

問題になりやすい伝え方

「インボイスに登録してもらえないと、今後の取引を続けるかどうか考え直さないといけません。今月中に返事をください」

この伝え方は、登録するかどうかの判断に対して、取引停止という不利益を一方的に示唆しています。しかも検討期間が極端に短く、取引先が十分に考える余地を与えていません。

問題になりにくい伝え方

「弊社としては、インボイス登録をご検討いただけると助かります。もちろん、登録されるかどうかは貴社のご判断で問題ございません。ご不明な点があれば、いつでもご相談ください」

この伝え方は、登録を促しつつも、最終的な判断は取引先に委ねる姿勢を示しています。相談に応じる姿勢を添えることで、一方的な通告という印象を避けられます。

場面2:価格の見直しを相談する

問題になりやすい伝え方

「御社が登録していない分、消費税を控除できないので、来月から一律で10%値引きしてください。これは決定事項です」

一方的に金額と実施時期を決めてしまっており、取引先との協議の余地がありません。

問題になりにくい伝え方

「インボイス制度の影響で、弊社の負担が一部増えている状況です。今後の価格について、双方が納得できる形で一度お話しさせていただけないでしょうか」

こちらの事情を説明した上で、協議の場を設けることを提案しています。最終的に価格を見直すこと自体は問題ではなく、双方の合意のもとで進めるプロセスが重要です。

比較のポイント 問題になりやすい伝え方 問題になりにくい伝え方
判断の主体 こちらが一方的に決める 取引先の判断を尊重する
協議の有無 協議せず通告する 話し合いの場を設ける
検討期間 極端に短い、または示さない 十分な期間を確保する
不利益の示し方 取引停止・大幅減額を示唆する 不利益を前提にしない

場面3:複数の取引先に一斉に案内を送る

社内の取引先が多い場合、1社ずつ個別に連絡するのではなく、一斉に案内文書を送ることもあります。この場合も、文面の作り方には注意が必要です。

問題になりやすい伝え方

「取引先各位。インボイス未登録の場合、来月より一律で取引条件を見直させていただきます。ご了承ください」

すべての未登録の取引先に対して、一律の不利益な条件変更を、協議の余地なく通告している点が問題です。

問題になりにくい伝え方

「取引先各位。インボイス制度に関して、弊社の対応方針をご案内いたします。ご登録の有無にかかわらず、今後も取引を継続させていただく方針に変わりはございません。個別にご相談やご質問がございましたら、担当者までお気軽にお問い合わせください」

一斉送付であっても、個別の相談に応じる姿勢を明示し、不利益を前提にしない文面にすることで、問題になりにくい案内になります。社内で一斉案内を作成する際は、この場面3の視点も踏まえて文面を確認するとよいでしょう。

🔰 初学者の方へ 難しい法律用語を覚える必要はありません。「相手の判断を尊重しているか」「一方的に不利益を押しつけていないか」「十分に話し合う機会を設けているか」の3点を意識するだけで、問題になりやすい伝え方の多くは避けられます。

フリーランス新法との関係

2024年11月1日に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(フリーランス新法)も、免税事業者との取引に関わってきます。この法律は、フリーランス(個人で業務委託を受ける方)との取引を適正化することを目的としており、取引条件の明示や、報酬の支払期日、一方的な取引条件の変更の禁止などを定めています。

取引先がフリーランス(個人事業主)である場合、インボイス制度を理由にした対応であっても、この法律が定める適正な取引のルールに沿って進める必要があります。具体的な適用条件や手続きの詳細はコンプライアンス関連の入門コースに譲りますが、「フリーランスとの取引には、下請法や独占禁止法に加えて、フリーランス新法という別のルールも関わってくる」ということは覚えておいてください。

フリーランス新法は、下請法が主に企業間の取引を想定しているのに対して、個人で業務委託を受けるフリーランスとの取引を幅広くカバーしている点に特徴があります。自社が発注する相手が個人であれば、相手の会社の規模にかかわらずこの法律の対象になる場合があるため、「相手が個人事業主だから下請法は関係ない」と考えていた場合でも、フリーランス新法の対象になっている可能性があります。取引先が個人か法人かを普段から意識しておくことは、この観点からも意味があります。

交渉の記録を残す意味

免税事業者との交渉では、口頭でのやり取りだけで済ませず、記録を残すことが重要です。記録を残す理由は2つあります。

1つ目は、後から「言った・言わない」の争いを避けるためです。価格や取引条件についての合意は、メールや議事録などの形で残しておけば、双方の認識のずれを防げます。2つ目は、自社の対応が適切であったことを、後から説明できる状態にしておくためです。仮に取引先から不満の声が上がった場合でも、協議の経緯が記録として残っていれば、一方的な通告ではなかったことを示せます。

記録に残すべき内容は、特別な書式である必要はありません。交渉の日時、話した内容の要点、双方の合意事項をメールで送り、返信をもらう程度で十分です。具体的には、次のような項目を残しておくと、後から振り返る際に役立ちます。

  • 交渉を行った日時と参加者
  • こちらから伝えた内容の要点(提案・依頼の趣旨)
  • 取引先からの回答や意見
  • 合意した内容、または継続協議となった論点
  • 次回の連絡予定やフォローアップの期限

これらをすべて厳密な議事録として残す必要はなく、交渉後に「本日はお時間をいただきありがとうございました。本日お話しした内容を以下の通り確認させてください」といった形でメールを1本送るだけでも、十分な記録になります。相手からの返信があれば、双方が内容を確認したという証跡にもなります。

迷ったときに誰に相談するか

免税事業者との交渉で、伝え方に迷ったときは、自分の判断だけで進めず、社内の適切な相手に相談することをおすすめします。多くの会社では、法務部門やコンプライアンス部門、あるいは経営層に近い立場の管理職が相談窓口になります。相談窓口が明確でない場合は、直属の上司に一言相談するだけでも、独断で進めるリスクを大きく減らせます。

📝 補足 「相談するほどのことではない」と自分で判断してしまうことが、もっとも避けたい行動です。迷った時点で相談する、という習慣が、会社全体を守ることにつながります。

相談窓口がどこにあるか分からない場合は、レッスン8で扱う社内周知の仕組みづくりを参考にしてください。相談先が明確でない状態こそが、現場が自己判断で動いてしまう最大の原因です。管理職の立場にある方は、自分のチームのメンバーが「誰に相談すればよいかわかっている」状態を作っておくことも、重要な役割の1つです。

講師の現場メモ②

税理士法人で顧問業務をしていたとき、ある製造業のクライアントから相談を受けたことがあります。担当者が善意で「取引先にインボイス登録をお願いする文書」を作成したのですが、その文面に「登録いただけない場合、誠に恐縮ながら次年度の契約更新を見送らせていただく可能性がございます」という一文が入っていました。

この文面を見た瞬間、私はすぐに修正を提案しました。担当者に悪意はまったくなく、「丁寧に伝えているつもりだった」とのことでしたが、この一文は取引停止を示唆する内容であり、公正取引委員会のQ&Aで問題になりうる例として挙げられているパターンに近いものでした。修正案として、「登録の有無にかかわらず、今後も取引を継続させていただく方針です。ご登録をご検討いただける場合は、いつでもご相談ください」という表現に変えることを提案し、最終的にはその形で取引先へ送付されました。

この経験から学んだのは、悪意のない善意の文章であっても、言葉の選び方1つで、意図せず問題になりうる内容になってしまうということです。担当者個人の責任というより、こうした文面を作成する前に誰かがチェックする仕組みがあるかどうかが、会社としての備えになります。取引先への通知文や交渉のスクリプトは、可能であれば複数人の目を通してから送るようにしてください。

その後、このクライアントでは、取引先への通知文をテンプレート化し、法務担当者が事前に確認したものだけを使う運用に切り替えました。個々の担当者の言葉選びのセンスに委ねるのではなく、会社として「安全な伝え方」をあらかじめ用意しておくという発想です。この運用に変えてから、同様の相談は一切上がってこなくなりました。制度対応というと難しく聞こえますが、実際には、こうした地道なテンプレート整備が、もっとも効果的な予防策になることが少なくありません。

まとめ

このレッスンでは、以下のことを学びました。

  • 取引先に登録を促すこと自体は問題にならないが、判断への対応の仕方によっては問題になりうる
  • 一方的な価格引き下げや取引停止の示唆は、独占禁止法の優越的地位の濫用や下請法に触れる可能性がある
  • 問題になりにくい伝え方は、相手の判断を尊重し、協議の場を設け、十分な検討期間を確保する
  • フリーランスとの取引には、下請法・独占禁止法に加えてフリーランス新法も関わる
  • 交渉の記録を残すことで、後の認識のずれや説明責任に備えられる
  • 伝え方に迷ったときは、自分だけで判断せず、社内の相談窓口や上司に相談する

次のレッスンでは、電子データの保存について、全社員がやってはいけない行動を扱います。メールで届いた請求書PDFを個人のフォルダに保存してしまうことの問題と、正しい保存の考え方を、元調査官の視点も交えて見ていきます。


確認クイズ

このレッスンの理解度をチェックしましょう。